アヒルちゃん爆誕
翌日グラインさんは砂色のヨロイをつけ、わざと頭をボサボサにして案内役の商人さんと出かけて行った。ヨロイは兵士を倒したときに奪ったものだそうだ。あれで兵士のフリができるってわけね。
「さて、と」
ダンは外に置いといたバケツをテーブルに置いた。
風がない今のうちに、外で実験するらしい。
エルドリスがバケツを解凍する。私は顔を近づけ、手で仰いで匂いを嗅いだ。きつい臭い。口の中までまとわりつく特有のあの臭いだ!
「これ、石油じゃん!」
「セキユ?」
エルドリスとヴィオラが目を丸くする。アズー様は少し遠くで石に座っていた。
「姉ちゃん、日本では石油はほとんど採れないけど、採れる国の人がどんなだかはわかるよね」
いわゆる『石油王』というやつを頭に思い浮かべた。めちゃめちゃ金持ちでセスナとか乗ってるよね。
「カーディナルはそれが採れるってこと?」
「そう。これをメリクールに持ち込んで工房で精製すればいろんなものが作れる。タイヤのゴムだってもっと良くなるしボディーアーマーも強化できるんだ。うちがこれを買えばカーディナルは儲かるし、こっちは物を作れる。winwinなんだよ」
ダンはエルドリスを見た。「よろしくお願いします」
「わかりました。初めての物ですが、やってみますわ」
ダンがあれこれスマホを見ながら説明すると、エルドリスがうなずく。「複雑ですわねえ」
「まず重いものと軽いものを分ける、程度に考えてください」
エルドリスは手をかざして水色のバリアを作った。
「これは空気を逃さないためのただの水の膜ですわ。普通でも蒸発するので」
その中で石油を少し温めているようだ。蒸発したものが上にたまっていき、それを手でバリアごと分離。置くとそれは液体になる。
アズー様はそれをじっと見ている。
いくつも石油からの気体を分離し、エルドリスは一息ついた。
「これでバケツは半分くらいになったかしら」
「じゃあ、バケツはまた凍らせましょう。危ないんで」
凍ったバケツを降ろし、テーブルには蒸発した物体が並んでいる。
「エルドリスさん、これを…好きな形にしてみてください」
「え?」
「石より柔らかいはず。セラミックを作る要領で熱しながら高速で回してください。すると液体が固まってくるはずです」
「なるほど。そういわれるとコツがわかりますわね」
彼女は膜ごとそれを手にし、魔法をかけた。
膜の中でぐるぐる回った液体が、形になっていく。
ん?この形は…
「冷ましてください」
水の膜が消えた。中からまごうことなきプラスチックのアヒルちゃんがでてきたのである。
「まあ、不思議な素材。触ると不思議な感触ですわね。すべすべしているしやわらかいし」
「なんでアヒル?」
「かわいいかなあって」
アイギスちゃんがアヒルを持ち上げた。「軽い」
「すげえ、触媒がいらない。さすがだな。で、これでスプーンや皿もつくれるはずなんです」
「便利ですわねえ」
そういいながらスプーンなどを作っていく。キャンプでよく見るやつがたくさんできてきたぞ。
アズー様が近づいてきた。スプーンを触る。
「あの厄介ものから…これを?」
「力を入れれば折れちゃうんで丈夫ではないんですが、軽くて落としても割れません。繊維も作れるんですよ」
「私が今日着てる服…あー、下着なんかはだいたい石油で作られてるんだけど」
見せらんないな。「でも、ドレスなんかも作れるよ」
「まあ、ドレスを?」
アズー様はお皿をじっと見た。「素晴らしい原料だ」
「残りの油も使えます。灯油とかガソリンとか…ちょっと物々しいんですけどね。武器にもなりえます。この国ではいらないかと思われますが、メリクールでは暖炉を使いますから灯油は重宝します。俺がメリクール王に伝えれば高値で買い取ってくれるはずです」
「この国にはイヤというほどアレがある。それを買い取ってくれると?」
「はい。鉱山がいらない、とはこれのことなんです」
「お前の言うことがようやく理解できた」彼はダンの手を取った。「これは戦を止める切り札になる。何といえばよいか」
「いやあ、俺は石油が間近で見られて何よりでしたよ」
「じゃあ、メリクールに連絡しなきゃだね」
ポンメルさんに連絡すればいいのかな? 王様もスマホもどき持ってるのかなあ。クリスは持ってるけど。
「一回王国に戻る必要もあるのかな…向こうから文書持って使者を連れてきた方が確実かな」
「お金が動きますものね。時間がかかってしまいますけど」
「私の方は…」アズー様が難しい顔をした。「一回王子にお伺いを立てねばならないが」
彼と王子は友達同士らしい。
「しかし、王都の状況を聞くに、会えるのかどうか」
彼はまた、石に座った。
ディーが普通の人では兵士に太刀打ちできないって言ってたよね。
「私には戦う力がない。体力もない。彼に会う方法がわからぬ。しかし、他の者では王子が信用すまい」
うん…商人さんや近衛隊じゃどうにもならないよね。
私も、この前から思ってたんだ。
ブルトカールで足手まといになってすっころんで、悔しかった。
頑張っても一日じゃ強くなれない。
でも、エルドリスのあの板を見て思ったんだよ。
「ねえ、私、変なこと考えてるんだけど試していい?」