仕事をしよう
次の朝からアジトはせわしなかった。近衛隊は王都と他の町を見て土地勘をつけ、何が起こっているか視察することに。商人さんたちも案内につく。
ダンはアズー様と「黒いドロドロ」を見に行った。
──残るのはアジトを守る人と、一切の家事を任される女性たちである。
川に出て、私はビビった。
「えええ? 洗濯板でするの?」
ヴィオラと女性たちは溝のついた板を持ち、膨大な洗濯物をごしごし洗い始めた。
「サギリ、他にどうやって洗い物するのさ」
そうだよね。洗濯機なんてもんはないよね。
アイギスちゃんもさっさと洗濯をしている。
私もコツを教えてもらい、手伝うことにした。アジトの人は一日で着替えたりしないから、服はちょっと臭う…。
「なんだろ、これ」
一枚の長い布を持ち上げる。タオルにしては長い。
「下着だけど」
ふんどしみたいなやつかー!! あわてて石鹸をたっぷりつけてごしごし洗った。
5人で洗うのに午前中使ったかもしれない。昼食は朝の残りを温めて食べる。アジトには守備の人を含めて10人ほどだ。
「腰にきた~」膝をついて座るかたちだったけど、どうしても腰を使う。
「サギリは洗い物せんの?」
「しないんだよねえ。仕事は立ちっぱだし」
「つーかサギリって何の仕事してんの? 兵士じゃないし、魔術師かと思ったら魔力ないっつーし」
「そうだ。そうだよ」いろいろ物珍しいことに目移りして忘れかけていたんだ。
「みんな、午後ってヒマある?」
めっちゃくちゃ、仕事したい!
午後、アジトの女性たちは掃除をして、夕食の準備をする。それでもおやつタイムはあるし、火おこしは楽になった。
「ということで、みなさんの髪を切りたいと思うんです。私、美容師なんです!」
じゅうたんの上に持ってきた新聞紙を敷き、いすを置いてまずヴィオラを座らせる。
「前から言ってたけど、美容師って貴族についてる髪切り職人みたいな?」
「うん、似てるけど貴族さんたちまっすぐじゃん? 私はそういう切り方はしないの。メリクールの人の髪は全部私が切ってるの」
銀のクロスを巻く。
「へえ。なるほど、メイクもするわけだ」
ヴィオラのポニーテールをほどくと、明るい砂色のウェーブヘア。自分で背中の真ん中くらいに切ってるみたい。
「ヴィオラはこのまま結んでた方が楽っぽいし、似合うよね。でも量は多いから減らすね」
『祈る』ことはせずに、毛先をそろえて減らしていく。
「手さばきすっげ~」
他の女性も驚いている。
「アズー様たちの職人はナイフでまっすぐ切るのでゆっくりですしね」
ナイフ? 大変だな。レザーっぽい形ならわかるけど。
それにしても仕事ができるってのはいい。毎日切ってないと腕がなまるんだよね。うまく切れなくなっちゃうんだ。
前髪どうしようかな。あってもかわいいんだけど…私が帰ると切れなくなってしまうからな。
その代わり、一日だけのヘアカラーを私と同じように一房つけてみた。
「わあ~! 超かわいい! ピンク! 軽くなったし、気分アガるね」
他の女性も順番にカットしてった。それぞれに髪の質や多さが違う。あまり形は変えず、揃えて量を減らすだけにとどめたんだけど、それでもすごく喜んでくれた。
「ねえねえ! サギリが超すごいことしてんだよ」
ヴィオラは警備している男性にも声をかけた。みな商人さんなので自分で切ったり仲間に切ってもらったり。それなりの短さなんだけど、バラバラな人もいる。
「髪切りってお高いんじゃねえのか」
ルーフスも今日は残っているらしい。
「いいよ。今日は私の腕ならしだし。タダだよ」
「ありがてえなあ」
みんな毎日お風呂に入っているので洗わなくて済むのがいい。
ルーフスはそもそも量が多いのに、ガチャガチャに切ってるから逆に増えてみえるみたいだ。それを揃えて量を減らしていく。
「すごい量の髪が落ちてるのに、長さは変わらねえのか。しかし、ナイフじゃないだけでおっかなびっくりしなくてすむなあ」
「お前、この前耳切られたもんなあ」仲間が言う。
「全くだよ。あれから人に頼むのがおっくうだ」
そういやみんなナイフを使うなあ。ハサミがないのか、と尋ねたら、持ち運びにはナイフの方が重宝するからだとか。
そりゃそうだよね。ハサミじゃ切るものが限られてる。
「あースッキリした! しかもなんか…イイな」
ワッサワサのライオンが、きれいなライオンになった。もともとの形がルーフスに合っているのであまり変えてない。ちょっとワックスをつけてまとめている。
「アイギス、俺どうかな?」
「いいんじゃ、ないかな」
ちっちゃい銀の女の子は笑った。
「俺も!」「俺も切ってくれ」
他の人も頼んできた。みんな切りっぱなしでワサワサしている。この砂漠じゃ大変だろう。
短くしてもいいという人は、遠慮なく切らせていただいた。
「すごい、頭が軽いしなんか落ち着いた感じがする」
「これなら頭洗ってもすぐ乾いちまう」
「へえ、サギリ様お仕事されてるんですか」一人だけ近衛のチゼルさんが残っていたようだ。ここの防衛としてありがたい。
「仕事してないと落ち着かなくてさ」
「じゃあ俺も少し伸びてきたんでお願いできますか?」
チゼルさんはペティちゃんと同じときにカットした人だ。クセがないし、兵士のわりに細面なのでミディアムにしてある。たしかに少し、前髪が気になるな。
「…このアジト、温泉あるのによく見つからないよね」クロスを巻いた。
「ああ、アジトの方々に聞きましたけどこの辺は迷いやすいらしいんですよ。ですから普通の人は近寄らないんだとか」
襟足は長め、ざくっとした感じにしてある。それを整える。
「じゃあ、アジトの人はどうやってここに戻るの?」
「勘だと言ってましたね」
「近衛隊だけじゃあ戻れないじゃん」
髪の毛は伸びると量も増える。長さを整えたら減らす。
「でも弟さんがサギリ様の『じーぴーえす』というのがあるから大丈夫だと言ってましたよ」
スマホ便利だな。でもなんで電波通じてるんだろ。国も超えたのに、スマホの機能は変わらない。この世界と私の世界は、よくわからない関係だ。
しばらくして、ダンとエルドリス、そしてアズー様とアスワドさんが戻ってきた。
「姉ちゃん、やったよ! やっぱり俺の思った通りだった」
弟はバケツに黒いドロドロを入れて持ってきた。が、バケツが凍っていてよくわからない。
「なんで凍ってるの?」
「常温でも燃えるからだよ。エルドリスさんに凍らせてもらった」
なにそれ、やばいじゃん。
ダンは明日実験する、と言ってバケツを外に持っていった。
「…何をしているのだ?」
アズー様が私をにらんだ。「お前は雑用をしているのでは?」
「ああ、掃除と夕食はできてるけど?」
「ったく。それならいいが」
呆れるように息をつき、大部屋から通路へ行ってしまった。
あっちには貴族様たちの部屋があるらしい。
(態度、少しはマシになったかな)
「ほーん。それがあんたの仕事か」アスワドさんがニヤリとした。「ウチの職人どもとはえらい違いだ」
「アスワドさんもどう?」
チゼルさんのカットは終わった。
「うーん」肩ほどの割とまっすぐな髪。器用なのかうまくレイヤーが入っていてあまり違和感ないけど。
「俺はいいかな。でもお前…アズー様の髪、切りてえべ」
「ああ…かなり」
わりとイケメンなのに、あのぱっつんはもったいなさすぎる。
「あれを攻略出来たら大したもんだと思うぜ」
ほほう。たしかに、やりがいがある。
「ところであのぱっつんは法律とか戒律関係ないよね?」
「そうだなあ。あれは職人が勝手にまっすぐにしてるだけみたいだからな」
よほどまっすぐに命をかけてるんだろうなあ。
他の人たちもどやどや帰ってきた。もう夕食が近いのか。
「うわあ、ルーフスなんだよそれ、かっこいいじゃねえか」
商人さんたちがルーフスたち護衛組を囲む。ルーフスが明るく笑う。
「いいだろ。サギリに切ってもらったんだぜ?」
「いいなあ、俺も切ってもらえないかな」
「俺も」
私は商人さんに囲まれてしまった。
「待て待て。サギリ、今日は何人カットした?」
後ろからディーが出てきた。私は指を折る。
「うーん…10人いっちゃったかな」
「なら今日はやめておいた方がいいな。腕を壊す」
それもそうだ。私も腕をグルグル回した。
「明日なら切るから、もし切りたい人はみんなで話し合ってここの番をするといいんじゃない?」
「そうだな。あとで話をつけるよ」ルーフスがうなずいた。「しかしサギリ、すげえ腕だなあ。カーディナルにもそんな職人がいればいいのになあ」
自分の頭を触る。
「ナイフは正直、危ないと思うよ」
「そうなんだよなあ…これが商売になるなら…なああんた、切り方を教えたりはできねえのか?」
うーん。私は独立したばかりだし、教えるなんて滅相もないんだけど…。ぱっつんにしないで長さを整えるくらいの事ができるようになれば…前髪とか。
「そうだね。この国が平和になったら、参考になりそうな本を持ってこられそうかな。それからだね」
「よし約束だ。俺もこの国を平和にして、メリクールみたいに文化の豊かな国にしてえ。よろしく頼むな」
ルーフスは白い歯を見せた。そしてもう一度握手。
平和になったら。まずそれが大事だよね。