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星降る夜


 温泉、サイコー。

 アジトに温泉ってシビアなんだかゆるいんだかよくわかんないけど、半分洞穴になってるから見つかりにくいのかな。

 女性が入浴する時間になったのでみんなで一緒に入っている。男性に比べ時間は限られているからゆっくりしてられないんだけど。

「ここのお湯は普通に透明だねえ」

「だからアジトにしたんじゃん? 台所にそのまま使えるし」

 ダンはこれを『単純泉』と言ってた。ノバフルームのお湯と違って何も入っていないんだそうだ。

 それにしても…女性陣の胸のおっきさはノバフルームで嫌というほど見せつけられ、私は完全敗北なわけなんだけど…。

 実はヴィオラの身体、傷だらけなんだよね。脚は盛大に出してるけど切り傷はあったし、背中にも大きな傷があったりする。

 訊けないから向こうも何も言わないけど、ギャルっぽく明るくふるまっているのに大変な目に遭ってるんだなと思ってる。

「ええ、またフラットが女性を口説いてたんですか?」

 ペティちゃんが声を上げる。ヒルトはため息をついた。「でもペティのいうことを信じたらどうでもよくなったわ…」

「マジでか。女性少ないのにどんだけ飢えてんの。超萎えるんですけど」

 その女性には旦那さんがいて、フラットさんはアジトでボコボコにされたみたい。内部の空気乱さないでほしい。

「サギリはあのイッケメンの彼氏がいるから、いいよねえ~。でもウチの好きピの方がかっこいいんだけど」

「まあ、私のディーは超イケメンですけどね! ヴィオラの好きな人どんだけ?」

 私の事は置いといても、ディーのことを謙遜するわけにはいかない。

「ねえ、今日とかさ、何かしないの?」

 え?

 だってこのアジト、みんなで一緒に雑魚寝だし…何するっていうの。

 ヴィオラは私だけにこそっと言う。

「教えてあげる。トイレの向こう、川を下ったとこにちょっとくぼみがあるんだけどさ…あそこなら誰にも見つからないよ?」

「な、な、なんてことを!」

 私は立ち上がる。みんなに貧弱な身体を見せつけてしまった。

「サギリはスラっとしていいですわねえ。私、最近太ってしまったというか筋肉がたくましくなって」

 エルドリスはしみじみという。

「サギリは小さくて羨ましい…私まだ背が伸びているらしくて…もうやだ…」

 ペティちゃんは自分の頭を抱えている。

「ほめるな! 悲しくなる!」

 顔半分まで沈む。ヴィオラがまた寄ってくる。こ、これ以上何を言うの?

「サギリ、ピュアだね~。でもさあ二人でいるだけでもよくね? メリクールは夜に出歩かないってアスワドにきいたんだけど、ここはカーディナルだしさ」

 ほう。

 私は夕暮れの空を見上げた。それはアリだ。



 アジトの夜は早い。灯りの油がもったいないからだろう。エルドリスに言えば全部解決しそうなんだけど、体力の問題もあるらしい。たしかに睡眠は大事だ。

 私はスマホをつけてそっと起き上がった。女性だけの寝床から静かに動き、近衛の皆さんが寝ている場所へ。

 その中で見慣れたでかい身体を見つける。無防備そうに寝ているが、気配を察知すると起きるんだよねこの人。

「ディー、起きてる? ちょっと外に出ない?」

 やはりすぐ目を開けた。「なんだ、困ったことでもあったのか?」

「そうじゃないけどさ」

 前髪が全部降りてる。少々ラグがあったけど、ゆっくり立ち上がった。

「行こう」


 スマホのライトを最大にして、通路を抜ける。

「うわあ…」

 一面の星空だった。風が少しだけ吹いていて、気持ちいい。空に遮るものは何もない。

 日本の空じゃこうはいかない。

 何となく期待してたんだけど、予想以上だ。

「これは…夜空とは、このように美しいのか」

 ディーもびっくりしている。遠征の時も夜になったらさっさとテントを張って寝てしまうから、空を気にしないらしい。

「ヴィオラに聞いたんだ。デートに最適の場所があるんだって。私たちこっちに来てからハードモードでしょ」

 二つの月も明るくて、スマホがいらない。

 川べりを歩く。背の高いススキのような植物が生えていて、時々揺れた。

「カーディナルは夜に歩いても平気なんだって」

「以前サギリが言っていた、『夜のデート』というわけか」

 空を見上げつつ、時々こちらを見てほほ笑む。「いいな」

 前髪が揺れる。少し幼い感じのディーがかわいい。

「手、つないで?」

 右手を出す。ディーはためらいがちに握る。

「そうじゃないよ」

 私は無理やり恋人つなぎをした。かたい指に自分の指を通すの意外と難しい。

「このようなつなぎ方をするのか?」

「ダンとペティちゃんはやってるってさ」

「そうなのか。なんてつなぎ方だ…なんていうか、その」

「エロい?」

「あけすけに言うな。…その通りだが」

 つないでない逆の手で、顔を隠した。ピュアだなあ。

 しばらく歩くとたしかにくぼんだ場所がある。ここかな、ヴィオラが言ってたのは。

 前に使った跡がある。そのへんの植物を切って敷いて、寝っ転がっても汚れないようにしてあるんだな。うーん。

 ディーは何も考えずに座った。「ここなら空を眺めるのにちょうどいいな」

 ああ~。黙っておこう。私は少々下を気にしつつ座った。

 空は、何も言わない。ただ星が輝いているだけだ。

「私の世界の空だと、星が川みたいに集まっている場所があるの。天の川っていうんだ」

「それはさぞ、美しいのだろうな」

「で、あの星にはね、もしかしたら誰かいるかもしれないんだよ」

「どういうことだ?あれは空に張り付いているのではないのか?」

 おー。そういう考え方なのか。さすがに私も空の星はみんな球体をしててとんでもなく遠くにあることくらい知ってるのだが。

「じゃあ、もっと驚くことを言っちゃおう。私の世界では月に行く人もいるんだよ。普通に地面があるんだって。人は住んでないけど」

「月…に…?!」

 目がチカチカしている。そりゃあ信じられないよねえ。

「サギリの世界は一体なんなのだ…理解が追い付かない」

「まあ、だからさ。このたくさんの星も、それぞれ世界があってさ。それぞれみんなその星で生きてるかもしれないんだよ。そう思うとロマンチックじゃない?」

 私が首を傾けると、ディーがしげしげと見つめる。

「ダンみたいなことを言うんだな」

「私だってたまにはちょっとくらい頭いいこと言うよ?」

 口をとがらせる。すると、指が唇にふれた。

「そういう口もかわいいが、あんまりとがらせるとクセがつくぞ」

 前髪が、前髪と触れる。

「ん…」

 長いキスだ。離れようとしたかと思うと角度を変えてまた触れる。息をするタイミングがわからない。

 手が両方の頬に触れる。

 彼の唇の熱が、伝わってくる。

「ぷはあ」

 さすがに苦しくなって離れてしまった。「もう…」息を乱してその首元によりかかる。

 ディーの腕が包み込んだ。

「すまん、久しぶりでつい」

「鼻で息したらディーに鼻息かかっちゃうじゃん。そんなのダメじゃん。鼻毛、出るかもだし」

「女性に鼻毛は」

「あ り ま す よ ?」

「そ、そうか。というか、そんなことを気にしてたのか」

 ディーが笑うのだが、

「ここは私が笑うとこだよ? どんだけ女性のこと、わかってないのよ」

 ぽんと胸を押す。そのまま二人で倒れる。目の前に、夜空。

 二人でクスクス笑った。ロマンにならなくて、それが私たちらしくって。

「星が落ちてきそう」

「この空が、メリクールでも見られたらな」

 ディーは手を上にあげて開いた。

「どの国も平和になるといいよね」

 すると、すっと星が流れたような気がする。マジ?

「今の、見た?」

「ああ…星が、走っていた?」

 走る、か。そうかもしれない。

「私の世界では流れ星って言うんだけど、走るっていうのもわかるな。いいよね。あれを見ると願い事が叶うって言われてるの。まあ、落ちる間に三回願わなきゃいけないんだけど」

「無理ではないのか?」

 そうだよね。

「そのくらい願い事を叶えるのは難しいってことだよね」

 あれ、また流れ星だ。もしかすると今、私たちは流星群に出会っているのでは?

 あちこちに、雨のように星が流れ始めた。

「わー。やばい。これ、すごく珍しいんだよ」

 異世界じゃなかったら、絶対に見られない空だ。

「これなら願いが叶うかもだよ!」

 私は両手を握って祈った。これだけ降ってるならたくさん願い事してもいいんじゃないかな?

 カーディナルのこと、魔物がいなくなること、みんな幸せになれること、私とディーのこと…

──ああ。

 そして思い出す。私の仕事のこと。

 私、今仕事を休んでいるんだ。

 ちらっとディーを見る。気づいたのか、こちらを見てゆっくり笑った。

「ディーは何を願ったの?」

「願い事を考えていた。…何を願えばいいのか、選びきれなかった」

「謙虚だなあ。こんなに星が降ってるのに」

「俺は、サギリの願いが叶えば十分だな」

 そういうとこが、好きだな。

 手をつないだ。体が冷え切ってしまうまで、私たちは夜空を見ていた。



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