ぶっ壊せ!
村の隅に馬を留めて、ディーが塀に飛び上がる。
「サギリ」
のばされた手を取ると、グイっと持ち上げられ、抱えられた。そして抱っこされたまま、村へ降りる。
「本当に、サギリは軽くて助かるな」
「は…はあ…なによりです」
ロマンが…胸キュンシチュエーションが…。
そしてマントをぐっと引き下げられた。「お前はちゃんと顔を隠していろよ」
「なんで? 目立つから?」
ピンクのメッシュしてるしなあ。
「さらわれては困る」
真面目な顔をして言わないでよ! さらわれないよ!
村の中は砂色のレンガで作られた建物ばかりだ。メリクールは屋根などが色とりどりだけど、ここはみんな黄土色。人々の服も生成りの貫頭衣がベースだけど、その代わりにベストやスカーフやストールなどで色をまとっている。
しかし彼らの顔は暗い。そして、同じ方向に進んでいる。私たちもその流れに任せて進んでいき、広場についた。
人の高さほどある台の上に、兵士と捕まった人がいる。
そして、台には太い鉄の柱が突き立っていた。兵士がはしごで縄を取り付けている。
わっかがある。あの中に首を入れるんだ。
村の人たちは誰もしゃべらない。不安なんだろう。しかし嫌でも見なきゃいけないんだろう。見ないと、自分も捕まってしまうから。
やっていられないのか、お酒を飲んでいる人もいる。
「あと少しで始まりそうだ。皆位置取りはできているか?」
ディーがスマホもどきに話しかける。みんな、OKの返事が返ってきた。
「村の者はすべて集まったか? 隣近所で、見当たらないのはいないか?」
砂色のヨロイが叫んだ。周りの兵士より鎧が少々いかつい。たぶん隊長とか上官なんだろう。
「では朝予告した通り、これから国に逆らう不届き者を処罰する。これは反乱軍に属し、村の治安を乱していた。王国が戦っているこの非常時に、けしからん!」
縛られた人が兵士に突き出される。
「この者は村で煽情的なビラを配っていた」
もう一人。
「この者は不審な動きをしていると密告があった」
彼はちがう! と叫んでいる。
「そして、先ほど俺に刃向かった者だ」
子供がいる!
「あまりにも卑劣だ。子供でも容赦しない、ということか」ディーがつぶやいた。
『四人か』アスワドさんの言葉。『子供は俺たちが預かる。他はそれぞれ保護する相手を決めといてくれ。隊長は…保護しなくていい。最後にやらかしてくれや』
『了解した』
『あと、兵士たちは殺さねえでくれよ。アズー様はそういうの嫌いだからよ』
それは私にもわかる。うっかりだったとしても死人が出れば、向こうに攻撃する理由を与えてしまう。
「始まった…」
兵士が最初のひとりを処刑台に連れていく。
目隠しをされ、木の踏み台に立たされる。反乱軍の人だから、覚悟はできているのだろう。彼は何も恐れず何も言わない。
首に、縄がかけられる。踏み台を蹴飛ばせば、彼は首をつられ、窒息死するのだ。
「地獄へ行く前に、言い残すことはないか」
上官はニヤニヤと見上げたが、彼はただ、何かを唱えている。宗教の文句だろうか。
「面白くないやつだ。命乞いでもすればいいものを。まあ残りの奴らはすぐに音を上げそうだがな」
子供を含めた残り三人が、身を寄せ合っていた。男の子は、石を投げてごめんなさい…と泣いている。
「では執行する。皆の者、目を開け!この者の罪は、お前らの罪だ。よーく見て、利口になることだな」
そして、踏み台が蹴飛ばされた。
ギシっと音がして、男性が首を吊られる。
村人たちは悲鳴を上げた。
「5分もぶら下げておけば生きてはいられまい。さあ、死にゆく不届きものを見ろ。よそ見をするな!泣いている場合では…」
その時、宿屋の屋根が光った。
白い光が処刑台の縄をちぎる。男性は落ちて息を吹き返し、せき込む。
私は戻っていく光の先を見た。メイスをつかんだペティちゃんが立っている。彼女はさっと屋根を飛び降りた。
「な、なんだあれは!捕まえろ!」
上官がそう言っている間にドシンと音がして台が揺れ、兵士たちが重力に叩きつけられる。台の上には兵士が4人いたが、近衛のみんなが飛び上がって突き倒した。そして捕まっていた人を担いで方々に走り去る。
村人は台が揺れたので逃げ出した。私とディーだけがポツンと立ち尽くすかっこうだ。
「く、くそっ! に、逃げるなあああ!」
無様に転がる上官。台の下で控えていた兵士も村人を追おうとするが、あまりやる気がないみたいだ。
『じゃあ隊長さん、いっちょやらかしてくださいよ』
アスワドさんの文字。「だってさ」
「力をおさえる方が難しいな」
ディーは大剣を構えて台を見据え、スッと振った。
台が一瞬で吹っ飛んだ。兵士たちが風に巻かれて二、三回転がっている。
「逃げるぞサギリ」
「うん!」
村人に紛れて走る。兵士たちは追わない。追えないのだ。
グラインさんが丁寧に一人ずつしびれさせているらしい。
「あと少しだ、あそこの塀を上がるぞ」
常人よりはるかに速く走るディー、腕を引っ張られて足が追い付かない。
やばい、足がもつれる。
村人にぶつかったのがきっかけで、私は転んでぐるりと一回転してしまった。
「サギリ!」
「ふわああああ~」
顔をすりむいてる。鼻血でてないだろうか。
「ったく、思った通りだ!」
すっと体が浮いた。貫頭衣。アスワドさんに抱えられている。
「自分の女の都合を考えろ! 走れないとわかっていたら、担げ!」
私を引き渡されたディーは、アスワドさんの迫力に押された。
「あ、ああ…」
「じゃあ、俺はルーフスとまだやることあっからよ。先に逃げろや」
ヤンキー商人さんは、村人たちと逆に走っていった。
「あの人、やっぱただもんじゃない…」
そんなことをぼやいていると、ディーはお姫様だっこした。
「すまない、あの者の言う通りだった。お前を守れず何が恋人だ」
そのまま、塀を飛んでしまう。
こっちもすでに常人じゃねええ~!
村を出て馬で逃げる。みんなが少しずつ合流してきた。それぞれの馬に、処刑されかかった人が乗っている。男の子はスマホもどきにしゃべっていた。
「母ちゃんはロザっていうんだ。針子で、黄色いスカーフを巻いてる。家族?俺と母ちゃんだけだよ」
馬車に馬をつないでいると、グラインさんがそのお母さんを連れてやってきた。アスワドさんたちが探し、一番早い馬に乗せてきたのだ。
親子は抱きしめ合った。
「皆、感謝する…」
馬車で待っていたアズー様が深く頭を下げた。そして、男の子の頭を撫でた。「これから村を離れて別の場所へ逃げてもらう。しばしだ。よいな?」
──いいとこあんじゃん。
グラインさんが母子をノバフルームへ連れていくことになった。あの馬ならすぐ行って戻ってこれるだろう。残りの人はレジスタンスとしてこのまま馬車に乗る。
「すごかったなあ。とくに隊長さん、あのひと振りで兵士が吹っ飛んじまってさ。あんたら最強だなあ!」
ルーフスとアスワドさんも戻ってきた。
「もともとメリクールの近衛は魔物相手に戦ってるんだ、当たり前だ。連携もとれているし、この人数でとんでもねえ戦力だべ」
アスワドさんが近づいてきて、肩をとった。「アズー様、今回サギリが何も言わなきゃみんな死んでましたよ」
私は擦りむいた鼻を触ってた。
アズー様は苦々しい顔をしていたが、目を伏せた。
「…わかった。お前が足手まといでないこと、認める…」
そしてこちらを少しだけ見たが、それだけだった。彼はさっさと馬車に戻ってしまった。
(いやあ、めっちゃ足手まといでしたけどね…転んだし…)
だけど、ちょっとだけわかりあえたかなあ。
そうだ。
「ねえ、あの村はまた首吊りとかするのかなあ」
「いや、あの兵士たち…全然手ごたえなかったっすよ。たぶん訓練なんかしてないですね」
フラットさんがチャラい感じでいう。
「そうですね。正規の兵士は戦地に送られているのでしょうから。村にいたのは無理やり徴兵させられた一般民だと思います。上官だけは『囲って』おきました」
ヒルト、バリアの力で上官を閉じ込めてしまったらしい。
「あの者さえ動かなければ、兵士も村で仕事をするイミがねえってことです」
「中心部が気づくまで当分村は落ち着くと思います」
二人は同時に私へ笑顔を向け、互いに気づいてそっぽ向いた。
馬車は再び王都へと向かう。私はアイギスちゃんに擦り傷を治してもらい、遠ざかる村を見ていた。
あんなひどいことが平気で起こっているんだ。
ほかにも町や村はある。それぞれの場所で、それぞれ…。
「どうして、人は言うことをきかせるためにひどいことするんだろ」
「それが一番楽だからだよ」ダンが答えた。
「話し合って分かり合うのはとても時間がかかるし、分かり合ったつもりでも実は違った、なんてことは普通。めんどくさいから力を使って従わせようとするんだよ。そんなことしたって心からは従わないし、力を使う方もしんどいし、誰も得しないんだけどね」
「兵隊も似たようなものだ」ディーが付け加えた。「兵士になれば任務上自分の心を殺さねばならない時があるからな。バラバラに動いては先ほどのようにはならん。だが…隊長として指揮していると、時々自分が大きな力を持ったような気になる。…あれは、恐ろしいぞ」
近衛はそういう雰囲気にのまれないようにやってるんだ。
「姉ちゃんだってチャンネル争いとかフロの順番とか、アイスどっちが先に選ぶかとか、俺を投げて奪ってたじゃんかよ」
「なんでそんな子供の時のこと言い出すのよ!」
馬車じゅうが笑いに包まれる。
「みんなやるんだってば」
なるほどねえ。大なり小なり。
「でも、あんなことがあちこち…どうにかしたいですね」
「ペティ、その前にやれることはある。まず、話し合いからだ」
ダンが真面目な顔をした。「こっちにはカードがある」
エルドリスもうなずいた。「ワクワクしますわね。私はそのために来たのですから」
なんだ?なんだろう。二人は何か隠してるんだよね。