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国境


 紺と紫と、オレンジ色が溶けあう朝。

 私は弟と畑を見ていた。

 私たちが住んでいた日本の町はすぐに山が迫っていて、遮るもののない朝焼けを見ることはできない。

「気候と土がいいんだよね、この国は。手をかけなくても作物はぐんぐん育っちゃうんだ」

 レタスのような葉っぱがまるまると太っている。

「ただ虫の害はあるんだよね。農作業で来てる人は今まで手で虫を取っていたんだって。俺は土に薬まいて網とかで覆うことにしたんだけど」

 虫見る? と言われたけどご遠慮しとこう。異世界の虫、ヘビーそうじゃん。歯とか生えてそうじゃん。

「ちょうど俺が指導できそうなとこでカーディナルへ行くことになっちゃって残念だけど、あとは他の人に任せるしかないな」

「よくがんばったよね」

 一面の畑。日本では考えられない広さ。

 外国では飛行機で農薬をまいたりしてるらしいけど、そういうスケールだ。

「戻るころには収穫できてるんじゃないかな?」

 ダンは作物から手をはなし立ち上がった。手をはたく。

「姉ちゃん、ヴィオラから聞いたろ。カーディナルは水がでないけど、『黒いドロドロしたもの』が出るって」

「あ…うん。それがどうかしたの?」

 ダンは朝日に向かい、ニヤリとした。

「俺が知りたいのはそれなんだ。もし俺の予想通りなら、カーディナルは戦争をやめられるんだよ」



(もう少し温泉入りたかったなあ)

 そんなことを思いながら馬車に乗り込んだ。この前のメンツがちょっと変わり、フラットさんとヒルトが外れ、ダンとエルドリスが乗っている。二人は別の馬車だ。

 アイギスちゃん、昨日ルーフスとお酒飲みまくってたけど全然平気そうだ。勝負はもちろんアイギスちゃんの勝ち。

 先行する馬車はカーディナルの人たちのもの。国境を超えたら向こうに案内してもらうことになる。

「村は誰が守るの?」

「スカンジとリカッソに任せている。難民を全てメリクールに送り届け、村の人口を抑えることができたからな。おいおい、王都から兵士を追加していくつもりだ」

 馬車は道を外れて、揺れ出した。道に手が入っていない証拠だ。

「あれ、あの街並みがカーディナルですよね?」

 ペティちゃんがはるか遠くを指さす。私も馬車から顔を出した。

 建物らしき影がちらりと小さく見える。

「違うらしいよ。カーディナル領だけど、端っこの村なんだって」

 ダンが申し訳なさそうに言った。

「ええ…黄の籠を制圧したとき見えたのはあれだったのですか…」

「そうだったのか。俺もあれが王都だと思っていた…」

 兵士さんたちがみんなでがっかりする。

 風が強くなってきた。

「あれが国境らしいです。旗が見えるでしょ」

 何もない場所に、ちょっとした小屋がある。砂色の鎧を付けた兵士が何人か立ってる。

 前の馬車からアスワドさんが降りて何か話をしていた。そして、抜けていく。

 私たちの馬車も、何のことなくスルー出来た。

「なんか取り調べでもあるかと思ったけど、拍子抜けだね」

「国境に来るまでが過酷ってことでしょ。今までは馬車で時間もかかったろうし、メリクールには魔物がいるから。でも村に入るとなればちょっと問題になるってことだよ。だから通行証があるんだろうね」

 ダンはここで通行証を渡した。木の板だ。たしかメリクールは特殊な木で作ってるんだっけ。首にかける。

 先行する馬車が少し曲がった。ついていくと、オアシスがある。

「ここで休憩みたいですね」

 馬車の一団が停まった。平原にぽつりと池がある。周りだけに緑が生い茂っている。降りて水に手を入れた。冷たい。靴と靴下を脱いで入ってしまう。

「気持ちいい~。ペティちゃん、アイギスちゃん、入らない?」

 ペティちゃんはブーツを履いているから遠慮した。アイギスちゃんは入ってきた。

 二人でばしゃばしゃ音を立てて歩く。

「これは貴重な飲み水だぞ! 足を入れるな!」

 怒鳴られた。ぱっつんが向こうの馬車から降りてきた。

「ごめ…」

「ダン、ここから風が強くなる」

 彼は無視して弟に話しかけた。

「今のうちに馬車の両側を布でふさいでくれ。中が砂だらけになってしまうからな」

「わかりました」

 ダンにうなずき私の顔を見ると、ため息をついた。「まったく、無作法もほどがある。何故この女がいるんだ」

「なんですって?! あんたね、前から失礼だと思ってたけど…」

 私が湖から上がり詰め寄ろうとするとダンがおさえる。「俺の姉です。アズー様、姉は不思議な力があるんです。何故逆に、そのように姉を見下すのですか?」

「女など、取るに足らんものだからだ」

 つん、と顔を上にあげる。

「そして、馬鹿は足手まといだ」

 そうしてくるりと背を向け、言ってしまった。

 あああ…腹立つー!!

「なによあれ! 私がバカなのは…バカなのは本当だけど、あいつ一回も謝らないよ? マジで何なのよ!」

「サギリ、声が大きい」

 ディーが私の腕をつかんだ。ダンが腰に手をやる。

「なんでしょうね、アズー様。賢い方なのに、限られた人以外は塩対応ですよね。貴族だからかなあ」

「メリクールは近衛だってエルドリスだって貴族じゃんよ!でも私にあんな態度とらないよ。カーディナルの貴族がみんなあの調子だったら、助ける気起こらないんだけど!」

「だよなあ。アズーのあの態度がむかつくんだよな」

 ルーフスが寄ってきた。

「国を何とかしたいのは商人の俺らも同じだ。だが、それはあくまでもそこまでだ。俺らはあのお坊ちゃんとつくづく話が合わねえ…酒盛りに呼んでも絶対来ねえし、商人たちともほとんど関わんねえ。ほぼ無視されてるヴィオラよりはマシだけどよ」

 頭をかきながらぼやく。

「アスワド、おめーはどうよ」

 一緒に来てたヤンキー商人にふった。

「お前たちが言うこと聞かずに暴れたのはでけーよ。信用を失っているのは頭に入れとけ。俺は少なくとも宰相どもをすぐぶっ倒せなんて思わねえ。金ちらつかせて裏から追い詰めた方が楽だろ」

「あれは反省してるけどさ…アスワドはいつもウラウラ言うなあ」

「俺はそんなに強くねえしな」

 そんなことはない。この人は国交が回復してすぐ来たのだ。

「アスワドさん、カーディナルの貴族は女性サベツとかすんの?」

「ん-? いや、それぞれだな」商人さんは私の足元を見た。「あんたとヴィオラは露出が激しいんだよ。それをみっともないと思ってるんじゃねえのけ」

 一応今日はパンツスタイルだが…ひざ下は出てるな。ヴィオラは胸のあいた服を好むみたいだし。

 貴族様からすればそうかもしれないな。

「でもヴィオラは『これがウチのポリシーだし』って言ってるし、あんたもそうだべ? なら無理することねーべや」

 そうか。ヴィオラが曲げないなら、私も曲げる必要はないんだ。だいたい私に古風なドレスなんか似合わないし。

 私は、すぐそばの上を向いた。「ねえディー、私の服、本当はもっと落ち着いていた方がいいと思う?」

 ディーは突然質問されてびくっとしたが、口を手で押さえ、少し考えてから言った。

「たまには…パーティーの時などはドレスを着るべきだが、お前はお前だし、堅苦しいものを着ているのはサギリがしんどそうだ」

「だよねー! ディーはわかってる!」

 エヘヘと笑うとディーは周りの目があるので顔を隠してしまった。

「へえ、なんだなんだ、二人は恋仲なのか」

「いいねえ~。つきあいたてだべ? こっちがあてられちまうよ」

 商人たちがはやし立てるので、私はうん!と言った。

「いいでしょ、ディーはイケメンだからね。釣り合ってないかもしんないけどさ」

「いや、そんなことねえべ。あんたは底抜けに明るいからな。明るいのは商人の嫁に向いてるんだよ。たくましい女じゃねえと行商なんか出来ねえべーや」

「ふうん、需要あるんだ」

 すると、ディーが肩を引き寄せた。「やらんぞ」

 二人は大爆笑した。「メロメロだな。まあ、せいぜい大事にしろよ」

 集合の声がかかり、それぞれが馬車へ戻っていく。

 が、私はアスワドさんに引き留められた。

「どうしたの?」

「俺さ、村でメリクールの兵士が魔物をバッタバッタ倒してるのを見ておったまげたんだけどよ」

 そして、耳打ちした。

(あの力、あんたのせいだろ? 押し売りに行ったときのことを考えると合点がいく)

 えっ。

 私は身体をこわばらせた。

「別に利用しようとか思ってねえよ。ただ、来てくれてサンキューな」

 彼はさーっと馬車に乗ってしまった。

「サギリ!置いてってしまうぞ!」

 ディーが馬車の前で呼んでる。

──あの人、なにもんだよ?


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