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おすもう


「じゃあ、ここからここまでですね。えいっ!」

 グラインさんが地面に槍を突き立てた。そこから一直線に土がぼこぼこ浮き上がる。

「おお~」

 思わず声が出る。他の農地もこうやって耕してたのか。

「本当はポンメル様の力が一番向いているはずなんですけど、やろうと思えば何とかなるもんです」

「あとはその土を整えればいいんだな?」

 ディーは鍬を持っている。私はその姿をじーっと見ていたのだが、

「あのな、俺だってただの兵士だった時があるのだ。兵舎にも畑があるし、土仕事はしていたんだぞ。庭いじりもそうだろ」

 ああ、そうだった。お花、育ててるんだった。

「サギリも手伝うか?」

 私はうなずいて近くにある鍬を手に取ったんだけど…持っただけでフラフラしたので取り上げられた。

「足を耕されてはたまらん。水を汲んで来てくれ」

「エルドリスもあぶなっかしくて…それでもやるやる言ってて参っちゃいましたよ」

 頑張りたかっただろうね。

 一方妹のペティちゃんは軽々と鍬を扱っている。


 井戸は温泉の近くにある。井戸というよりは噴水だ。メリクールは水が豊富だと見せつけるように湧いている。

 バケツに水をくんでよたよた歩く。

 温泉にはダンの作った水道があるから、いずれは井戸の水を畑のあちこちに通していくつもりらしいんだけど、今はそうもいかない。

「重い…」

 ハサミより重いものを持ったことがない。今の私はそんな状態だ。

 日も強くなってきた。呼吸を乱しながら畑と井戸を往復する。

「うおお…」

 8往復目で膝をついてしまった。まずいな。

 この程度でへばるなんて。昔は陸上やってたのに…年を取るというのはこういうことか。

「サギリ、もういいぞ、休んでいろ」

「仕方ないですよ。サギリ様は美容師なのですから。エルドリスも初日こんなでしたよ。今は道路整備にかかりきりですし、それぞれの持ち場がありますから」

 エルドリスは魔法が使えるからいいけど、私はまったく役に立たないなあ。

 そして来る。きっと来る。明日、筋肉痛が。

「サギリ、だいじょうぶ?」

 アイギスちゃんも水汲みをしていたようだ。私に走り寄り、腕に触れた。

 さっきまでプルプルしてた腕が元に戻るぞ!

「アイギスちゃんありがとう!でも、水汲み平気なの?」

 彼女はうなずいてまた水汲みに戻った。

「アイギスは近衛隊であらゆる雑用をしているのだ」

 現代日本人の私、いかに脆弱か思い知らされる。



 夕方近くになり畑仕事は終わった。といっても私はお昼からみんなの仕事を眺めるだけになってしまったんだけど。

 ディーたちは一日中あの重い鍬もってて平気なんだよね。毎日鍛えてるんだろうしな。

 村の中心に戻ると、カーディナルの商人さんがわあわあ集まっている。

「何してんの?」

 商人さんの間に顔を突っ込むと、二人の商人が取っ組み合っている。

「ケンカ?」

「違うよ。仕事も終わったし、相撲して遊んでんだ」

 すもう…ほんとだ、二人とも楽しそうに相手の腰をつかみ合って足をかけたりよけたりしてる。

 あ、投げた。

 ところが投げられた側は地面に手をついて身体を立て直し、勝利を確信したほうに低く入り込んで持ち上げ、落とした。

 ん? あれ? おすもうって…

「あー姉ちゃんやっぱり首突っ込んでると思ってた」

 ちょうどいいところに私の弟が現れる。持っている木の箱に定規みたいなものが入っていた。測量、してるんだっけ。

「ねえダン、今相撲してるっていうんだけどさ。相撲って手をついたら負けじゃないの?」

「ああ。カーディナルの相撲は手はついていいんだよ。どちらかというとモンゴル相撲のルールだよね」

 やっぱりダンがいると助かるなあ。すぐ私の疑問がはれる。

「あんな相撲してたら、日本のお相撲さんはかなわないよなあ」

 さっきから足をかけてひっくり返し、足をかけても相手がよければもう一回すぐ足をかけて転がしたり、ぐるりと相手を回した途端ふところにもぐりこんで突き倒したり。

 身体能力が高くないとできない遊びだよ。

「ああ、またやってますか。みんな本当に相撲が好きなんですよね」

 グラインさんとディーもやってきた。

「人対人では、カーディナルの方が強いかもしれんな」

 すると、ルーフスが手を振った。

「よう隊長さん。いっちょやってみねえか?」

 商人さんたちもこちらを見た。

「うーむ…慣れぬ戦いだが、ものは試しだ」

 ボディーアーマーをグラインさんに預け、ディーがルーフスの前に立つ。

「がんばってー!」

 私が声をかけると、ディーはすっと手をあげた。

 審判の人が声をかけ、二人とも身構える。

「この相撲は、日本みたいに土俵がないんだ。だから場外負けがない。手以外ついたら負け。けっこうハードだけど、みんな受け身を知ってるからケガはしないんだ」

「え、じゃあメリクールのディーは?」

「えーと」

 ルーフスが先につかみかかった。二人の身長はだいたい同じくらい。肩と腰をつかんですでに持ち上げるようだったが、ディーもでかいのでそうはいかないらしい。

「じゃあこれはどうだ」

 ルーフスはつかんだままディーを押して倒そうとしたが、その力を利用してディーが身体を曲げ、背負い投げのかたちになる。

 ルーフスは背中から落ちた。

 商人さんたちが沸いた。「さすが、隊長さんだなあ!」

 私も拍手した。ディーは長く息を吐き出した。戻ってグラインさんからアーマーを受け取る。

「すごいねディー。かっこよかったよ」

「いや、あれは…」

 突然、空気が変わった。振り向くと、倒れたルーフスの周りにみんなが集まっている。

「いたたた…起き上がれねえ」

 背中を下手に打ったみたいだ。私は走った。

 アイギスちゃんがペティちゃんと歩いてくる。

「アイギスちゃん!ちょっと来て!」

 その手を引っ張ってルーフスのもとへ。商人さんたちをどけて、ルーフスを転がした。

「背中が痛いんだよね?」

「あ、ああ…なんか、しびれるんだ」

 やばいやつだ。「アイギスちゃん、お願い」

「うん」

 銀髪の女の子が両手を背にかざした。紫の光がいつもより大きい。

「ルーフス、背中…どう?」

 私が尋ねると、ルーフスは背を自分でさすりながら、

「ああ…うん…あれ? 何ともねえぞ?」

 起き上がった。

「みたか今の光」

「あのお嬢ちゃん、ルーフスを治したのか」

 商人さんたちが口々に騒いでいる。

「なるほどなあ。近衛隊の力でもおったまげたけど、お嬢ちゃんには治す力があるのか。もしかして、あれだけ食うのもこの力のせいか?」

 アイギスちゃんはうなずいた。

 ルーフスは彼女の頭をすっぽり手で包んだ。「ありがとな。俺としたことがヘマやっちまって…死ぬかもしれなかった」

 アイギスちゃんはその腕にそっと触れる。

「お菓子、くれて、ありがとう」

「そうか。それで治してくれたのか」

 私はほっとしたが、ちょっとひっかかったのでディーに近づいてそっと尋ねた。「もしかしてルーフス、ディーに手加減してあんなことに?」

「ああ。俺を立てるつもりだったのだろう。だが、俺はそれに気づくのが遅く…アイギスがいてよかった」

 ディーの身体が大きいのと動きが少々早かったせいかもしれない。

 ダンは箱を持ち直す。

「みんな、手加減してくれてるんだ。メリクールの人は受け身が取れないから。柔道なんかもまず受け身ができるようにならないと試合できないんだよ。でも、楽しいことだから仲間に入れてくれる。いい人たちだよ」

 そして肩をすくめた。「しかし今のは危なかったよなあ」

 おもてなしだったのか。

 向こうで大きい声。

「え? お嬢ちゃん二十歳越えてるのか?」

「そう。お酒、たくさん飲めるよ」

「よし、今日はサシで飲み勝負だ」

「うけてたつ」

 すごい身長差の二人ががっしり手を取った。

 私はふふっと笑った。もしかするとアイギスちゃんともコイバナできるのかもしれない。


 そして、遠くから視線を感じた。アズー様だ。一人で腕を組んでじっと眺めていたが、私に気づいてフルームに入ってしまった。

 貴族さまは、すもうを野蛮と思ってんのかもな。


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