あまいもの・だいすき
ノバフルームの朝は早い。
いつもよりずっと早く起こされて驚いた。スマホを見ると朝4時だ。
「え~早いよお…」
アイギスちゃんもウチの生活サイクルで生きてるからぼんやりしている。
「朝食に間に合いませんわよ」
ここの滞在は数日だから仕方がないか。いや…この先もっと早くなる可能性もあるな。
村といってもまだできたばかりだし、ここにいる人は皆作業をしに来ている。だからなのか朝食をとる場所はひとつで、建物の中でヴィオラが他の女性たちと配膳をしている。
あの様子だとずっと早く起きてるな。
私たちは列を作って5分ほど待って、カレーライスみたいなものをもらった。
おお、ご飯だ。と思ったけどよく見ると米が細い。
あれかな、タイやインド料理に出てくるやつ。ちょっといい匂いがして、パラパラしているんだよね。
「この米だけはカーディナルから運ばれています。なかなか香ばしく、珍しい食感があり美味しいですよ」
グラインさんが説明してくれた。野菜はメリクールの物だそうだ。見たことのないお漬物と、スープがついてる。
私はディーとダンとアイギスちゃん、それからペティちゃんとテーブルに座って食べる。
カーディナルの人は敷物を引いて座って食べる。それぞれだ。
「サギリの家の『ご飯』と似ているが、また違うんだな」
「そうなんです。植物としては同じなんですけどね」
ん?
私はたった一人で座るアズー様に気づいた。むすっとした顔で、商人さんから朝食を受け取っている。
「自分で持ってこいよ! どんだけ偉そうなんだよ!」
私はキレかけた。
「アズー様は貴族だしねえ。あの人がヴィオラたち女性に話しかけることは一切ないんだよ」
まったくもう。
私はディーの腕をつついた。
「いい? ディーは今まであれと同じことをしていたんだよ」
「す、すまぬ…」
人のフリみて我がフリ直せ。実際のダメな例を目の当たりにしてキツくなったせいか縮こまってしまった。
ペティちゃんがポンと手を打った。
「そうかあ、隊長が自分でお食事を盛り付けるようになったのはサギリの影響なんですね。ポンメル様がびっくりしてしまって。ちょっとモメたんですよ。『何のための隊長か』って」
やはり、イゲンは大切ってことなのかなあ。ふーむ。
すると、隣でぐるるるると音がする。
「サギリ…おかわり、していいのかな」
アイギスちゃんが心配そうな顔をした。
「じゃあ、ヴィオラに聞きに行こうか」
二人で配膳場所に行く。
「えー、アイギスちんそんなに食べるの? おっきくなれよ~!!」
ヴィオラはこころよくおかわりを盛ってくれた。でもアイギスちゃんは二杯じゃ足りないのだ。
三杯、四杯…となったとこで、さすがに参ってしまったようだ。
「さすがに五杯はちょっと。農作業の人たちも食べるからね。昼からはもう少し多く作るから、ごめん」
ですよね。私はショックを受けるアイギスちゃんを見る。
「おう、なんだ、そんなに食う胃袋がどこにあるんだよ?」
ルーフスもおかわりにやってきたようだ。アイギスちゃんはまだ彼になれてなくて、私の後ろに回る。
「ほんとに食ってるのか? その体で?」
「アイギスちゃんはすごく食べるんだよ。これには事情があって」
するとお腹の音が盛大に鳴った。ルーフスは目を丸くし、そして豪快に笑った。
「本当だな! ちょっとその食べっぷり見せてくれよ。俺の持ってきた菓子があるからさ」
アイギスちゃんは商人さんたちの食事場所に案内された。ルーフスは自分のフルームから袋を持ってくる。
敷物の上にざざざっとお菓子が積み重なった。茶色いマカロンや、変わった材料のクッキーが出てきた。
「これは難民の子供にやろうと思ってた分でよ。でももうほとんどメリクールに行っちまって、用意した割に残っちまった」
山積みのお菓子。私は驚いた。見た目と性格のわりにやさしいっていうか、わりと気が利いてるって言うか…。
「なんだよサギリ、らしくねえと思ったか?俺は今まで不自由なく育ってきたけど、今のカーディナルは菓子どころかパンも食えねえ子供が多くてな。…かわいそうでなあ。喜ばせたかったんだよな」
食事を共にしていた商人たちが笑う。
「ルーフスは甘いものが好きなんだよ。この見てくれで」
「子供にあげたいというよりは一緒に食べたかったっぽいよな」
ルーフスは力こぶを作る。「まあ俺は菓子を食ってでかくなったよーなもんだからな」
いるよね、好き嫌いが多いのにでかくなっちゃう人。私は好き嫌いないのにこのありさまだ。うらやましい。
「いい奴じゃん」
私はひじでつっついた。ルーフスは頭をかく。
どうも彼は、商人の中のリーダーみたいだな。お父さんが商人の元締めだというから力もお金もあるんだろうけどお坊ちゃんにも見えないしね。
──が。
がつがつがつがつ。
アイギスちゃんは私たちが話しているうちにそれはもうすごい速さでお菓子を口に入れる。
商人さんたちはポカーンとしていた。
「すごい、しらないあじ。おいしい、甘い…あと、いい匂い…」
「おいおいどんだけだよ。胃袋に穴が開いてんのか?」
ルーフスがその小さな体をまじまじ見る。銀の女の子は彼を見上げた。
「こども…まだいるの? 配る分、ひつよう?」
「ええと…おい、子供ってあと何人いるか知ってるか」
商人さんが指を折る。「今日明日で難民はラストだから…あそこんちとあいつんちと…全部で四人かなあ」
「じゃあ、これでおわり」
アイギスちゃんはお菓子の包みをさっと集めた。
「メリクールにもおかしあるけど、たいせつな、おかし。たくさんたべてごめんなさい」
「あ…そうか」ルーフスは目をうるませた。「そうか、あいつらにとっては最後のカーディナルの」
泣き出したぞ。
「そうだよなあ…メリクールの菓子の方がずっとうめえかと思ったんだけどもよ、いつもの味も必要だよな…」
商人さんたちは彼の涙に慣れているらしい。
「情に厚いっていうか厚すぎるんだよなあ」
「泣き上戸だしな。酒を飲みすぎると泣いて絡むからなあ~」
「ああ、でもそれ親父さんもらしいぜ。そういう家なんだろ?」
「あのダンナはわざとだろ。泣き落としで商売してるんだよ」
みんながワイワイ騒いで、いい空気だ。
でもこの人たち、国のやることに逆らって戦ったりしてるんだよね。