美貌の守護者
「ん?」
馬車が急に動きを止め、私たちは前のめりになる。
「隊長、魔物です。前方50人分先。グドとレギドの群れです…空も!」
距離の単位が「人間」なのかな。だいたい、1.5メートルくらいなのかも。
ほかの馬車も続いて止まる。フラットさんがすぐに降り、魔物の接近を知らせて外に出ないよう注意した。
「サギリ、アイギス、お前たちも絶対に馬車から出るなよ!」
「う、うん」
ディーたちはそれぞれの武器を携えて馬車から飛び降りた。走り出し、あっという間に小さくなる。
すご、足の速い人ってあんなに速いんだ!(本気で走る人なんて学校以来だし)
馬車からできるだけ離れるつもりなんだろう。
私はアイギスちゃんと肩を寄せ合って見ていた。
(あれ?)
ヒルトさんは武器を持っていない気がする。そして、彼女は途中で立ち止まった。
ディーが大剣をふるう。犬みたいなのが一斉に塵になる。
そこまでは見たことあるんだけど…なんだ、私の目の前に広がる光景は。
「うおおおお!」
コンベックスさんが金づちを振り下ろすと、空の魔物が土にべったりたたきつけられる。
「でやあああっ!」
ペティちゃんの投げたメイスはぐるぐる回りながら空の魔物を斬っていくし。
チゼルさんがサーベルを十字に振ると、犬とトラがみんな十字に斬れてしまう。
(これが…私のチートで見についた力なの?)
魔物と兵士の戦いじゃないよ。映画を見ている気分だ。
「あっ」
アイギスちゃんが指をさした。「来る」
プテラノドンみたいな空を飛ぶ魔物が一匹、近衛兵たちのスキをついて馬車に近づいてくる。
ディーたちが走ってくるが、間に合わないのでは? 私はアイギスちゃんを抱える。
「ヒルト! あの力を!」
ディーが叫んだ。すらりとした長身の彼女が両手を突き出す。
「…っ!」
真っ白い光がこちらを覆った。薄い膜が彼女の手から広がっているのだ。
プテラノドンが膜にぶつかり、はじかれて一回転し、落ちる。
「いただき!」
そこへフラットさんが近づき、剣から炎を繰り出した。プテラノドンは消し炭になってしまった。
白い膜は消え、ヒルトさんは膝をついた。肩で息をしている。
「よくやったな、ヒルト!」
フラットさんがヒルトさんの肩をたたいた。が、すぐにパン!とその手をはじかれている。
魔物はすべて倒された。ヒルトさん以外は顔色一つ変えず汗もかかず戻ってきている。
「少し多かったですね」
「先ほどの動物の群れを追っていたのかもしれません」
「まだまだ、俺たちの仕事はあるってこったな」
近衛隊って王様の身を守る任務のはずなんだけど、どうも方向が違ってきてる気がするし、慣れてるなあ。
私はプテラノドン一匹でゾッとしたんだけどな。
「アイギス、彼女をお願い」
ペティちゃんが彼女を抱えて馬車に上がってきた。ペティちゃんの方が一回り大きいな。
ヒルトさんはそうとう疲れているようだ。汗がびっしょり。アイギスちゃんが手を握ると、息の荒さがなくなっていく。
そして大きく深呼吸をして、馬車の幌にもたれた。
さっきの力は、いわゆるバリアだよね。
「すごい力だったね…」
私は、おそるおそる彼女に話しかけた。
「はい…しかし、私にはまだ体力がなく、使うとこの有様です。申し訳ありません…」
自分に厳しそうな感じがする。それはハスキーな声に伝わってくる。
そして実はこの人、ぞくっとするクール美人なのだ。
「とんでもない! 私たちのせいでそんなにつらそうになっちゃってごめんね。バリアの力すごいよね。私とアイギスちゃんを守ってくれてありがとう! そういえばヒルトさんていくつだっけ?」
私はがっしりと手を取った。節くれだっているけど、やはり女性の手だ。
「え、あの…22ですが…」
「なんだ若いじゃん。ヒルトちゃんって呼んでいい? それとも呼び捨ての方がいいかな?」
「そんな…ちゃん付けは困ります」
「わかった、ヒルト! 本当にありがとう、命の恩人だよ。あのさ、私思ってたんだけどね、そのショートだとピアスつけるとカッコイイと思うんだよ」
「…え?」
「え?」ヒルトも、周りの兵士たちも目を丸くしている。
「ああでも、兵士さんってピアスとか危ないのかな?ディー、兵士さんって耳に何かつけたりしないの?」
少し悩みながらディーが自分の耳を触る。「左耳につける者がいるな。力ある者の証とする地方がある」
「ならいいか。私マグネットピアスつけてるんだ。これ、つけてみて!」
私は自分のピアスを外し、彼女の左耳につけた。緑の輝きが彼女に宿る。
「かっこいい! いいよ、似合う!」
サイドの髪が揺れるたび、ピアスが見え隠れする。
「ヒルトって色っぽいんですね…」
ペティちゃんがぽんやり見つめる。
「かっこいい」
アイギスちゃんもぽつりと言った。
「そ、そんな、私は…兵士ですから…」
真っ赤になる顔を両手でクロスさせて隠す。
「そんなことないよ。ペティちゃんだってオシャレしてるし、兵士とか関係ないよ。私はその力を与えちゃった分、責任感じてる。ヒルトには楽しく生活してほしい。でも、おしつけかな?」
実を言うと、ヒルトの髪型は私のド趣味なのだ。顔がかっこいいからついつい短くしちゃったんだよね。私がそういう顔立ちだったら、できるもんならしているんだよ。
しばらく彼女の反応を待った。
「…サギリ様」
「ん?様とかナシでいいよ」
彼女は目を伏せた。まつ毛がとても長い。そういうとこも、色っぽいのだ。
「その…うれしいです。私は選抜されたとき女を捨てようと思い、髪も捨てたんです。でもサギリ様はもともとそう思ってなかったんですね。見抜かれた気がします」
「そんなのかいかぶりだよ。私は『神の手』なんて言われてるけど、ただの美容師。これから、こっちが守ってもらわなきゃいけないんだからさ。ね、お友達になろう」
すると、ぽろりと涙がこぼれた。
「私…いえ、ごめんなさい。サギリさ…サギリ、どうか仲良くしてください…」
よっぽど気を張ってたみたいだな。新しい選抜、特殊な力。そして、唯一遠征の抜擢。でも、まだ22の女の子じゃないか。
背負うものが大きすぎる。
「うん、よろしくね。それでねヒルト、あなたは深い赤の口紅が似合うと思うんだ。後で試していいかな」
「は、はい…」
私はヒルトの背中をぽんぽん叩いた。が、先ほどからちらりちらりと視線を感じるのだ。
私にではない、ヒルトだ。
──フラットさん、あんた、ヒルトに何をした?