ライバル宣言?
やっぱりだ。
──やっぱり、ディーと離れてから一週間が過ぎ去ってしまった。
朝目覚めてスマホでカレンダーを見てため息をついた。
ディーとは毎日スマホもどきでたくさん、それはたくさん話しているけど、やっぱり会えないのはつらい。
ダンも気を遣って画像や動画を送ってくれるけど…
私はぎゅーっと掛け布団を抱きしめた。
綿の布団は、柔らかすぎる。
(実体が、必要なんだよなあ…)
話せるし声も姿も見えるし聞こえるのに、
「そばにいない」ことがこんなにしんどいなんて。
自分でもびっくりするほど、ディーが好きなんだよなあ。今までの彼氏でこんなこと絶対なかったもの。休日にデートしよう、って言われても「それより休みてえ!」と思ってた。
でもこの前のデートなんか、ふわふわ夢みたいだったし。カッコいいディーも、情けないディーも、真っ赤になるディーも、見ているだけで楽しくって。
「あああああ…もう…!」
何してるんだ! カーディナルに何があったんだ! 何のトラブルなのよ!
頭をぐしゃぐしゃしていると、アイギスちゃんがケトルを持ってきた。
「ちょうしょく、できたよ」
ああ、今日はあっちの日だった。早くしないとお迎えが来ちゃう。
今日の馬車にはペティちゃんとフラットさんが乗っている。アイギスちゃんはひさしぶりに親友と会えてべったり。
「寺院に行くんだけど、アイギスちゃんはどうする?」
「行く!」
「子供の相手しなきゃいけないんだけど大丈夫?」
「平気!」
そんなわけで、ピクニック気分になってきた。
アイギスちゃんは今までのことをペティちゃんに話しているし、フラットさんはもともとやんちゃ系でコミュ力が高く、二人の会話にうまく入っている。
私は安心して、ぼーっとしていた。
田舎道を抜けて、白いゲンタシン寺院へ。今日も子供たちが待っている。
クリスがやはり入口に立っていて、手を振っていた。
「えー、また肩車? マジかよ。え、君も?」
「フラット、一人肩車するとそうなるんです。観念しなさい」
子供たちに囲まれる兵士二人。抱っこしたり、手を引っ張って回したり。相手は容赦なく何度もおねだりする。
私はそんな光景を見ながら、今日も10人の子供のカットをしている。
「ええ? なんで? なんで傷直ってんの?」
擦り傷が一瞬で消えて子供たちが驚き、アイギスちゃんの周りに集まる。でも、もう内気なあの子はいない。
「ちちんぷいぷいのおまじない。でも、転ばないよう、気を付けて」
あまり動こうとしないので、むしろ子供たちが本を持ってきて読んでとせがんでいる。
「あの子が父上の言っていた子か。すごい力だね」
今日もクリス、いやプルーナー王子はきらめいている。紫の服も似合うな。何を着ても似合うけど。
「あまり力の事は言わないでね。変な奴に利用されたら大変だし」
「もちろん。僕の『力』も恐ろしいからね。かれこれ一か月は使ってないんじゃないかな」
クリスが身につけたのは「声」だ。意志を込めて相手に発すると、思い通りに操れてしまう。
一日に数回しか使えないんだけど、これが無限に使えてクリスが悪い人だったらとんでもないことになってる。
5人カットしおえて、少し伸びをする。
「ちょうど昼になったし、ご飯にする? 用意してあるよ」
クリスは私に言った後、子供たちに手を振った。
「昼ごはんだよー!」
あーなつかしい。みんなで机をかこんで、同じものを同じ皿に乗せて食べる。給食だ。
私たち大人は小さな机でギシギシしながら、スープやサラダ、ハンバーグ?みたいなものをいただいた。
(子供のころはあげパンとかグラタンが出るとうれしかったな。クリスマスになるとケーキ出たっけな)
苦手なものを残す子や、誰かに押し付けようとする子がいる。
飲み物を口にしてる時に、無理やり笑わせようとしてる子もいる。
「みんな同じっすねえ」
フラットさんが子供を見ながら笑ってるけど、にんじんみたいなのが残ってる。
それをじいっとアイギスちゃんが見てるので、慌てて口に放り込んだ。
「…苦手なものでも栄養になるから俺らは食うけど、子供にその道理はわからないよな。ここではどうしてんだろ」
私たちは子供たちを見た。先生役として立っている僧侶さんが見守っている。
「これは寄付で買った食材です。大事に食べなさい」
「やだー。匂いがきらいー」
子供の時ってやたらに味覚が鋭いんだよね。私もピーマンが嫌いだったけど、チンジャオロースにはピーマンないとダメと思えるようになったもんな。
いやいやをされて僧侶さんが困っていると、クリスが子供に近づいた。
「こっちのサラダは食べたよね。どうして?」
「だって、おれが育てたんだもん」
「それはえらいね。でも、この野菜も君のしらない誰かが育ててるんだよ。君は一生懸命畑仕事をしたろ? 育てた人も頑張ったんだよ」
「う、うん…」
「味は今はダメかもしれない。食べられないなら無理に食べなくてもいい。でも、その人には感謝して、それからごめんなさいしようね」
ふーん、強制しないんだ。
子供はしばらく考えた。
「めんどくさい! たべる!」
一気にかきこんでごくりと飲み込んだ。「謝るのはとってもつらい。作ってくれた人の事を思ったら悲しくなる」
「めんどくさいときたか。まあ、いいや」
クリスは子供の頭を撫でた。「人の事を思うのは大切だ。よく考えたね」
「クリスー!私はごめんなさいしたから、残していい?」女の子が手を挙げる。
「おいおい、君はちょっと残しすぎだ。すみません、彼女は小食なんですか?」
僧侶さんに尋ねると、首を振った。「ただ、最近あまり食べないなと」
「お腹の具合が悪いのかもしれないな…よく見ておいてください」
さすがだなあ。
私は王子としての仕事はしらないけど、この前の噺といい、ディーとはまた違う「力」を持っているんだよね。
すると、クリスが私を手招きした。
「わー大きな大樹」
「大樹は大きいよ…」
このー木なんの木…そんなCMに出てくる木みたい。子供たちの家からちょっとだけ離れた小高い丘。木陰は丘がすっぽり収まるくらい広い。
「こんなところがあるんだね。ステキ!」
腕を広げても、全然かなわない。
「サギリは見たことなさそうだなと思ったんだ。暑くても、ここは涼しいよ。読書にはもってこいだった。僕はここで師匠とよく過ごした」
芝生の上に、木にもたれて座る。
そういえば、その『師匠』についてまだよく知らないな。
「たしか師匠さんはクリスの家庭教師だったんでしょ?」
私が尋ねると、クリスはふと見上げる。
木漏れ日が宝石みたいに降ってくる。
「うん。どこからともなく現れたって父上は言ってたな。この寺院にやってきて、僧正といろいろ会話して、僧正がその知識に驚いて城に連れてったんだって。国教を知っていたわけじゃないのにすぐに書物を理解して、教えの問題点を挙げてたという。
宗教はどこのものもある程度似ているんだ。大元は人の生き方に根付くものだからね。
でも父上はいたく感銘し、僕の家庭教師につけたんだ」
で、と言いながらクリスは手を顎にあてる。
「今思うと彼は…サギリたちと同じだったのではないかなって。いろいろなことを知っているし、さらにもっと知っていそうだったんだけどそれを隠しているような気がしたんだ。そして、カーディナルやグレナデンとも国民性が一致していなかったし…」
「たしか亡くなってらっしゃるんだよね? 病気で?」
「うん。今はこの寺院の地下に、他の魂と一緒にいらっしゃる。五年前だったかな、突然だった。街で噺をして、僕と食事しているときに倒れて、そのままだった」
深く、長く、息をついた。「もっと一緒にいたかった。もっと教えてもらいたかった。でも死は誰にでも平等に訪れるんだね。僕は思い知ったよ」
だからクリスは国教に自由だし、変えていこうって思ってるんだよね。
それにしても、その人も異世界の人っぽいってのは驚いた。何となく不思議な人だなと思ってはいたけど。
そして、ここで死んじゃうんだ。
「私もポックリするのかもなあ。食事、気を付けよう」
「サギリ、君は太ってないから大丈夫だよ」
「いや~最近お肉ばっかり食べてるし、塩分も摂りすぎてるかなーって」
「僕が言いたいのは、どんな尊い人でも死んでしまうから今を大切にしたい、ってことだよ」
そして、私を見つめた。
え?
風が吹いて、金髪がさらりと揺れる。
(きれい)
「…どうしても、君のことが諦められないって言ったらどうする?」
いつものニコニコしてるクリスじゃない。
真剣な、王子の顔だ。
「師匠の事を思い出していたら、僕はまだあきらめられてないし、自分の力を尽くしていないのではないかと思って。
弟の事は大事だけど、僕も気持ちは変わっていない。
サギリの強さが、好きなんだけど」
頭上で葉が揺れてる。
頬に手を添えられた。顔が近づく。
長いまつ毛に縁どられた青い瞳。深いサファイアみたいで吸い込まれそう。
唇に、指が触れる。
(ああ、でも、ちがう)
私は顔をそむける。「だめ」
「ディーはしばらく帰ってこないかもしれないよ」
「わかってる」
「この先もきっと、離れることは多いと思うよ」
「知ってるよ」
「じゃあなんで、君はずっと、寂しそうなんだい?」
私は胸に手を当てた。ぽっかり、穴があいてる。クリスは、顔をなでた。
「理解してるつもりで、全然耐えられてないじゃない」
目の奥が痛くなって、涙があふれてきた。
「そうだよ…ダメなんだよ」声が震える。「私、ずっと、ずーっと、ディーのこと、片思いだったんだよ。一人でごはんもよそれない人だけどさ、でもようやく心が通じ合えたんだもん、まだ全然恋人っぽいことしてないのに、離れたら悲しいよ!」
まだ一週間なのに。こんなに自分が甘えたがりだったなんて。自分の弱さ、思い知らされたよ。
涙をハンカチで拭われるけど、その手を止める。
「クリス…ディーはね、泣いてる私も好きなんだよ」
「そっか」
クリスは私の頭を撫でた。「やっぱり、ダメか。サギリも今を生きていて、そしてディーを深く愛しているんだね。僕の入るスキマはないってこと…
…聞いてる? ディー」
はあ?
大樹の後ろから、のそりと現れる弟。「すまん…」
「何やってんの、兄弟二人してっ! 私のことからかってたの?!」
二人を指で交互にさす。
恥ずかしい! 腹の底からマグマが湧き出しそうだ。
芝生を荒らす勢いで足をバタバタさせると、クリスが慌てる。
「ご、ごめん。サギリが落ち込んでるってあちこちから聞いてて心配で。で、僕もこれ貰ったからディーに連絡したんだ」
みんな持ってるスマホもどき!
「だったら朝、ディーがうちに来ればよかったでしょ! なんでクリスが告白するていになってんのよ!
それ全部演技じゃん!」
クリスの胸倉をつかんで揺さぶり、ディーのアーマーを叩く。
「私の涙、返せええええ!!」
「すまん…兄上が絶対に昼、ここに来いと…」
慌てて帰ってきたっぽい。全体的に砂まみれだ。
「じゃあクリスが全部? だよね? お芝居上手だもんね?」
くっそお。今すぐ坊主にしてざりざり撫でまわしてやりたい。
くわーっとクリスを威嚇する私の手をディーがつかんで止めた。
「サギリ、兄上に無体はやめろ」
「だってさあ! ディーも腹立たないの? いきなり呼ばれたんでしょ?」
「それは、そうなのだが…今、不思議な気持ちで。
俺は泣いているサギリも笑っているサギリも好きだが、本気で怒っているサギリが久しぶりで…お前に今足りなかったのはそれだな、と俺は思ったのだ」
え?
「そうだね。怒鳴るサギリ、いいよね。元気そのものって感じがする。ディー、最近サギリを我慢させてたね? やっぱさあ、二人は一緒にいて何でも言いあえる間柄でいないとダメじゃない?」
クリス、やることやっといて自分でうんうんうなずいている。
「僕、考えてたんだよ。ディーと連絡を取り合っているうちに、向こうの問題のキモは難民の数っぽいなって。で、見てよここ!」
腕を広げる。見渡す限りの楽園。
「カーディナルの人はみんなテントを持っているんだよね? だったら一時ここで暮らした方がいい。こっちの方が魔物は少ないし守りやすい。そして土地は空き放題!」
たしかに!
「今は馬車で一日なんだから、さっそく動かそうよ。そしたらディーの悩みはなくなるんだろう?」
「はあ…やることはやってるんだから。でもね、お芝居する必要はひとっつもないんだからね! どうしてやろう、あとで髪の毛切ってやる!」
クリスの耳を引っ張った。ところが、ディーは眉をよせ、考え込む。
「どうかしたのかい」
耳をさすりながら王子が問うと、弟王子は腕を組んだ。
「難民受け入れについてはありがたいのだが…俺はカーディナルを見てみたいと思ってしまったのだ。レジスタンスができるほど国が荒れるとは…。メリクールがそうだったように、政治の機能が損なわれている、いや、もう壊れている気がする。
アズー殿たちも村が落ち着いたら国へ戻るというので、一緒に行こうかと」
「だめだ!だめだねお前は!」
兄は弟を一喝した。「それは好奇心かい? 国を守る、という名目を使ってやしないかい? 僕だって我慢しているというのに…許さないよ」
「ああ、クリスは外国に行きたいよね」私が口をはさむと、
「そうだよ!! でも内乱じゃあ父上は許さないだろうしね。その点、ディーはずるいな。けしからん、実にけしからんよ」
王子は、弟をびしっと指さした。
「サギリも連れて行くんだ。じゃなきゃ、許さないよ!」
「え」
「ええっ」
わたし?
「カーディナルとなればさすがに遠すぎだ。そんなに離れたら、本気で僕が貰っちゃうよ」
王子がニヤリとすると、弟はがばりと私を抱き寄せた。
「だ、ダメだ! いくら兄上でも渡せない!」
太い腕だ。私がぽーっとしていると、その顔がおりてきた。「しかし、内乱の中サギリを」
「そこはお前が責任をもって守るしかないじゃないか。隊を編成しなおして、サギリの力を持っている者で囲めばいい。あの回復できるお嬢さんも連れて」
アイギスちゃんを?
「大丈夫。王都まわりは安全だよ。魔物はなんとかなるさ」
そして、私を見た。
「サギリ、覚悟は?」
青い瞳。深い。やはりこの人は王の器だ。
いろいろな人を、ひとりひとり見ている。
私は、うなずいた。「わかった。行く」
「サギリ、いいのか」ディーの緑の瞳が、私をとらえる。
私は、その胸に頭をあずけた。
「一週間でギブアップだったよ。会えないのがつらかった。どんなに道具を使っていても、やっぱりそばにいたいよ。それに…レジスタンスに私の力が必要かもしれないし」
「店は」
「仕方ないけど、ちょっとお休みだね。っていうか、移動美容室にする。道具は持っていくし!」
「そうか。わかった。俺がお前を、全力で守る」
私たちは抱きしめ合った。砂がすごいけど、乾いた匂いもして面白い。なにより、この感触だよ…
「まったく、やきもきさせないでくれたまえよ。いいかい? 僕はいつでも、サギリを狙っているんだからね」
クリスが目を細めた。
いろんな感情を持っているのに、全部見せまいとふるまうんだ。全部うそって言いきっちゃうんだ。
師匠ゆずりってことなのかな。
あ、でも騙したことは許さないので、子供たちをカットし終えたあと、またバッサリ切らせてもらった。
「いやあ、これは罰じゃないね。今度はまた違う感じだけど、さすがサギリは仕事ができる」
長めの前髪真ん中分け、でも後ろはわりと刈り上げている。
私はそこをさりさり触らせていただきました。
「サギリのその趣味、どうにかならんのか…?」
顔が緩んでいる私を、ディーは真っ青になって見ていた。