しみこむ、本当の気持ち
「えーっと、それでは新しく近衛の選抜隊になった方、おめでとうございます。私が、美容師のサギリです。これから皆さんの髪をカットしたいと思いますが…まず、力がつかないかもしれないし、力が特殊で分かりにくいかもしれません。すぐに力が分からなくてもあせらず落ち込まず、普段のお仕事をしてくださいね」
私はずらっと並ぶ兵士さんたちに偉そうなことを言うハメになった。ディーが要求したからだ。
兵士さんたちは私のアホそうな言葉でもじっくり聞いてくれて、いい返事をしてくれた。
申し訳ないなあ。気恥ずかしい。
「サギリ、彼らは右から…ヴァイト、マチェーテ、ルタビット、ケーパー、スキナー、ヒルトだ。二日に分けた方がいいか?」
「そうだね。ゆっくりお話をしたいから」
今回も女の子が一人いる。
近衛隊が二つに分かれ、グラインさんの方に戦力のほとんどを分けたかたちなので、こちらも王都を守るため兵士を増やさなければならないらしい。魔物は全滅したわけじゃないから。
ディーたちは様々なテストや練習試合を通して力を与える兵士さんを選んだという。
(実力ももちろんだけど、それに伴う知性や考え方を重視したって言ってたな。「力」を変に使われちゃ困るもんね)
さっそく一人目にいろいろ話をして、使っている武器の話を聞き、勝手口から持ってきたヘアカタログを見せてあれこれ相談。
「こんな髪型もできるんですか」
ほかの人もワイワイしている。みんな今日のために油を使わず一つに結ってくれてきている。
「ただねえ、このカタログは見栄えよくするためのパーマやカラーを使っちゃってるからね。実際やろうとすると時間がすごくかかるんだよ。手入れの周期も早いし」
「王子の髪型、最近またいいですよね」
「王子はモトがいいからねえ」
「隊長の髪型もカッコイイですよね」
「ディーはカッコイイけど、あれはみんな真似しやすいよ」
そんな会話を聞いていて、ディーがムッとしている。
「サギリ、さりげなく俺をバカにしてないか?」
「なんで? カッコイイって言ってるじゃん。もう、すぐにお兄さんと比べるんだから」
私がいーっとすると、向こうを向いてしまった。
「へえ。隊長って本当にサギリ様がお好きなんですねえ」
「いつもは本当におっかねえのにな」
「尻にしかれるタイプなのかな」
みんなよほどしごかれてるんだろうな。でも、私には気さくに話しかけてくれる。兵士さんたちの雰囲気は全くよどんでいない。
ディーたち、ちゃんと選んでくれてるんだな。
で、最初の人のカウンセリングがおわり、シャンプーの準備をしようかという時だった。
ディーのスマホもどきが鳴った。「失礼」彼は店から出た。
外にいるから、音声認識スマホもどきに何を話しているかわからない。何か、深刻そうな顔をしている。
私もちょっと店を出た。「どうしたの?」
「ダンからだ」スマホもどきをポケットに入れた。「カーディナル側で、内乱が起こっているそうだ。詳しくはグラインがやってくるからその時父上と相談することになる」
胸に、じわりと墨のようなものが広がる。
「…そっか」
「まだグラインは来ていない。店に戻ろう」
私はディーに背中を押され、仕事に戻った。
兵士さんたちは店の中のものに興味津々で明るく話をしている。この雰囲気をまだ壊しちゃだめだ。
私は、仕事をしなきゃ。
仕事したくてしたくて半年我慢したんだもの。
そして、ディーの助けになるならいくらでも頑張りたい。
「ふあん?」
アイギスちゃんが生姜焼きを食べながら、つぶやいた。
夕食はいつも通りアイギスちゃんと二人。ただアイギスちゃんはディーじゃなくてコンベックスさんに連れられてやってきた。
「アイギスちゃんはあの人は怖くないの?」
寺院に連れてってくれた、とても無口な人だ。
アイギスちゃんはうーん、と考えて言った。「あの人は、気持ち、わかる。でも、今は私の方がしゃべる」
「そっか」笑っちゃった。そういえばアイギスちゃん、たくましくなったもんな。町を歩いていても私の手をとったりしない。
「今日はいろんな人、見た。王様や大臣、たくさん来た。大騒ぎだった」
彼女にも緊張は伝わってるんだな。
「サギリ、ふあん?」
「やだ、そんなことないよ」
「笑わないで。わかる」
私の作り笑いは空気を壊さないためのスキルだが、そのスキルをもともと持たない紫の目が射抜く。
「サギリはあかるいけど、どんなときもはよくない」
自分の頬に触れる。筋肉が引きつってる。
「だよね…私、アイギスちゃんと仲良くなれてよかったよ」
日本にいたっけな、こういう子。
みんな明るくて楽しかったけど、私は笑ってることが多くて、
悩んでると言うと「そんなことないでしょ」って言われてしまってた。
自分で悩みを解決できると、思われてたのかな。
「サギリ、たいちょう、なんかいってきたら、思ってること、言って」
手を握ってくれた。
そして、ディーがやってきた。
「…しばらく、新しい村…現在は『ノバフルーム』というらしいのだが、そちらへ行って様子を見てくることになった。カーディナルから来ている難民の数を把握し、まだ出現する魔物から彼らを守り切れるか調べる」
やっぱりか。
私が何も言えずにいると、ディーが目を伏せる。
「すまない。一週間ほどだとは思うが…」
私は首を振ろうとしたが、アイギスちゃんがそでを引っ張った。
そうだよね。
私は胸のもやもやを吐き出すように彼に言った。
「もし、難民の人が多すぎて手に負えなかったらディーはどうなるの?」
「…え?」
彼の手をとる。
「ダンからの連絡で一応把握してる。戦争もしてるんでしょ。カーディナルが倒されてほかの国が攻め込んできたら?」
「…わからぬ」
「一週間じゃ済まないってことでしょ? もっとはっきり言って!」
さみしい。
さみしいよ。
ずっとこっちにいると思って安心してたんだよ。
涙が出そうになって上を向くと、ディーが細い眼をした。そして私を抱き寄せる。
「そうだ…一週間はあくまでも予定だ。『もしも』『まさか』があればそのまま残ることになってしまう」
「やっぱりだ」
「申し訳ない。俺は…」
身体が離れた。でも、肩をしっかりつかまれる。「俺は国を守る任についている。お前にもらったこの力を使わないわけにはいかない。そして、お前はここで仕事がある。そうだろう」
うん。
そうだ。私は美容師だ。
「サギリがずっと、やりたかったことだ。俺はそれを尊重する。兵士への仕事も残っているしな」
「うん。はっきり言ってくれてありがとう、ディー」
ただ好きなだけじゃない。大切にされていることがわかる。
「愛している、サギリ」
アイギスちゃんがいるのに。
ディーは構わず私にキスをした。きゅっと胸が締め付けられ、痛くてあたたかいキスだった。
痛みが、あたたかさより上だった。