赤いローブ、黒いローブ
生まれて初めて「まほうつかい」というものを見た。
ディーズ近衛隊隊長が連れてきたのは二人。男性と女性。
女性はブラウンの髪をおさげにして、それを花のようにまとめている。
男性は少し遅れて店に入ってきた。外で何かを気にしていたようだ。
「異国の方といえどこのような服、初めて見ましたわ。初めまして、私はメリクール王国魔法師団副師長のエルドリスと申します。この出会いに祝福を」
右手を胸に当て、お辞儀をされた。
真っ赤なローブに身を包んだ彼女は私と同年代だろうか。しかし落ち着いていてとても上品だ。
握手を求められ、その細くてきれいな手にうっとりする。こっちは仕事で爪が真っ黒だから、ちょっと恥ずかしい。
「べヴェル師長、何をしておられる」
「エッヘッヘ、すみませんね。店が奇妙で入るのに怖気づいてしまったよ」
一方で男性のほうは黒いローブでやせた体を包んでいる感じ。年は60くらいかな。いや、この世界だともっと若いかも。
「無礼をした」ディーズさんが軽く頭を下げた。「こちらが魔法師団師長のべヴェル殿だ。彼がお前たちの魔力を調べてくれる」
「この二人が噂の。なんとも見すぼら…おっと」
ディーズさんが咳払いした。
なんかやな感じだなあ…と思ったら隣にいたダンが一歩出た。「俺、この女の人がいいです!きれいだし!姉ちゃんも!お願いします!」
エルドリスさんは突然ダンに手を取られ、戸惑っているようだ。
「そ、そんな。私は師長の供をしているだけで…」
「いいえ!だからこそです!わざわざその…「しちょう」様の手を煩わせることはありませんし」
ダン、こういう感じの人好みだったかなあ。
エルドリスさんはローブを着ていてもわかるくらいグラマーで、色気のある人だ。
でもダンはなんていうか、「かわいい系」が好みだったような。
まあ、私もあの爺さんにやられるよりは彼女のほうがいいな。
「隊長さん、私も…いいかな?」
ちらっとイケメンを見上げる。今日もカッコイイなあ。
長髪をぐいっとひっつめている分、顔がキリっとしてるのかも。
「ふむ。エルドリス殿も高度の術師であるし、魔力を確かめるならわけないだろう。お二人とも、申し訳ないがよろしいか」
「分かりましたわ」
「ワシは助かる」
しちょう、という人はさっさとソファに座ってしまった。エルドリスさんはまず私の前に手のひらをかざす。
「しばらく、動かないで下さいませね」
すっと、周りが暗くなった。停電したかな?と思ったけど違う。私とエルドリスさんしか見えない。
アルトの声で何か呪文をつぶやいている。歌のようでうっとりしていると…
「終わりました。彼女に魔力はございませんわ」
世界が元に戻った。店の中、みんながこっちを見てる。
「じゃあ次。俺もお願いします」
ダンもエルドリスさんに魔法をかけられた。ダンの目がトロンとしている。私もさっき、あんな感じだったのかな。
これが魔法なんだ。火とか雷は見られなかったけどなんとなくわかった。不思議な力に包まれていた。
「こちらも魔力はございません。ディーズ様、もう大丈夫ですわ」
エルドリスさんがイケメン隊長を見やる。そうか、と彼は息をついた。
あれ?
少し、笑顔?
今までずっとキリっとしててガチガチの印象だったけど、それがいきなりほどけた。
なんで笑うんだろ。私たちのこと心配してたの?
なんでそんな、素敵な笑顔なんだろ。
ゆるんだ緑の瞳に少し青みがさして、とてもきれい。
私の胸のあたりを、温かいものがそっとなでていく。
「サギリ」
名前を呼ばれ、ドキリとした。「は、はいっ」
「よかったな。これで俺が王に伝えれば、お前たちは晴れてこの国の者として登録される。あとは街に出るのも自由だし、仕事も探せるぞ」
「あ…」
思わずうつむいてしまった。そう、ここで自由に暮らせても、私には「生きがい」がないんだ。
でも、名前を呼ばれただけでドキドキしてしまって、感情が絡みに絡んでる。
そのあとは少しお茶にした。
今度は紅茶を出した。こちらは慣れた味だったらしい。
お客様向けに用意していたシナモンクッキーと、おしゃべりと。
「エルドリスさんの髪形、素敵ですね!複雑に編まれていて」
「これは魔法を少々使いますのよ」
「ダンは学生だったのか。ならここで勉学に励むといい。俺がなんとか手配しよう」
「ありがとうございます。今魔力を持ってなくても、魔法が使えるようになるんですか?」
「それは人によるな。半々じゃ」
「サギリはどうするのだ。その珍しい服は貴重だと思うのだが、針子になるのはどうだ?」
「ええ…?えーっと」
そして、日が暮れる。この国の人は夜に外出しないらしい。戒律…というか、きっと夜のほうが魔物も出やすいんだろう。
馬の用意をしている間、べヴェル師長が近づいてきた。
「さっきは無礼なふるまいをしてすまなかったな。許してほしい」
「え、そんな。私たちはただの庶民だし」
そして、皮の袋を私の手のひらに押し込んだ。
「先ほどの菓子、うまかったぞ。お返しじゃ」
「ありがとうございます!」
べヴェルさんはニコっとすると、馬に乗って隊長たちを追いかけていった。
袋の中には、キラキラした砂糖菓子がこれでもかと詰まってる。
「かわいい!宝石みたい!」
「なんだ、あのおっさんもなかなかやるじゃん」
私たちはクスクス笑った。
まあ、新しい世界に来たことだし、切り替えて生きていかなきゃね。