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ダン、新しい村の手記


 ずーっと思っていたんだ。

 この国には冬がないんだよねって。

 スマホは異世界に来た時4月を表してて、今はもう「2月」だったりする。でも気温に変化はほとんどない。

 毎日春と夏の間くらいで、なのに湿気がない。

 俺は海外に行ったことないけど、西洋の一部はこんな感じだったりするのかな。いや、それでも冬は厳しいか。

 そんなわけで王都から馬車で一日の距離、メリクールとカーディナルのちょうど中間地点に降り立つと、すごい土埃に迎えられたわけだ。

(うへ~…)

 俺は目に砂が入らないよう手で目の周りを遮ったけど、ほかの人は何でもないみたいだ。

 ああ、この人たちそろいもそろってまつ毛長いんだよなあ。そういうことか。

 ゴーグルでも持ってくればよかったな。

「ダン、ここに昔、『黄の籠』があったんだ。あそこに穴があいているだろう。魔物が住処にしていた大木の跡なんだよ」

 グラインさんが指さした。池ぐらいのでっかい穴だ。

「ポンメル様が木の根を掘り起こし、皆で焼き払ったんだよ」

 チート能力どんだけだよ。

 メリクールの大工さんみたいな人たちが持ってきた材木で家の骨組みを作り始めた。

「最終的には石造りの建物を作るけど、今はとりあえず木の小屋だよ」

 俺的には木のままでもいいなあ。この国は地震がないんだろうけど。

 ところで、気になっていることがある。

「グラインさん、俺説明は聞いていたはずなんですけど…ここ、水はどこにあるんですか?」

 だだっ広い平原。川も池も沼もなにもない。

「ああ。あの向こうの…あれ、岩があるだろ」

 グラインさんが指をさしたんだけど、はるか向こう…「岩」というより「石」みたいなやつしか見えない。

「あの向こうに湧き水があるんだ。あそこから水路を引こうと思う」

 こともなげに言うんだけど…まじかよ。

「遠くないっすか」

「ダンは王都の水がどうなっているか知らないのかい? あの水は寺院の向こうの山系からきた水だよ」

 王都から少し離れたゲンタシン寺院。その向こう、たしかに山があったけど…

 いやでも、日本の灌漑も人足だけでやってたんだよなあ。昔の人はスゲエと思う。

「馬車もあるし、いざとなれば俺が水を取りに行けるからね。サギリ様のおかげだよ」

 俺たちがいかに現代社会に甘やかされているか分かった。この人たち、姉ちゃんの力だけでポジティブになれるんだ。

 いずれはあの岩まで農地を作るって言ってて驚いたけど、カーディナルの「国」の食糧をまかなうつもりならそれどころじゃないかもしれない。


 馬車の音が反対側からやってくる。

 そうか。あちらも今日来る予定だったのか。

 俺たちは急いで並んで馬車を迎えた。先頭の馬車からアズー様が止まらないうちに降り立った。アスワドさんも続いて降りる。

「よかった。砂嵐があってな、予定より遅れてしまうところだった」

 カーディナルの人たちも一緒に暮らすことになっているのだ。

 後ろの馬車からはさっそくテントが運び出されている。数人の人がちゃっちゃと細い木材を組み立て、布を広げる。あっという間に大きいテントが並び立った。これは遊牧民が使うゲルじゃないのか。

「すごいですね! このゲ…住まいは何というんですか?」

 俺は興奮してアズー様に食いついた。

「私たちはもともと移動しながら暮らす民だったのだ。移動式の住居は今でも遊牧民が使っている。これはフルームと呼んでいる」

 俺は石造りの家よりこっちに住みたい。しかし、メリクール側の人々もフルームの並び具合にわらわら集まってくる。

「一瞬で家が建ったぞ」

「俺らは今日野宿覚悟してたのになあ」

 アズー様はその声に驚いたようだ。

「そんなに良いものか?フルームは結局仮の住まいでしかない。メリクールのような頑強な建物がうらやましいのだが」

「ああいう建物は作るのに時間も材料もいりますから。見てくださいよ、仮の家を木で作ってるんですけど数日はかかるみたいです」

「なるほど。木で家を建てるほど我が国に木は生えないからな…」

 アズー様は見た目細身なんだけど、しゃべり方はディーさんみたいなとこがある。貴族とはいうけど、実務的なことを専門的にやってる感じか。

「こちらは余裕をもってフルームを持ってきている。もしよければ使うか?」

「ありがとうございます!女性たちを優先して使わせていただきます!」

 俺が頭を下げると、アズー様は少しだけ、ほんの少ーしだけ笑った。

 この人表情筋が相当カタいみたいだな。

「ところでダン殿、ここの水源は?」

「は、はい。俺もさっき聞いたばかりなんですが、あの岩の向こうに湧き水があって」

「ふむ?」

 指を口元にあてる。「それは遠くないか?」

 あれ、現代日本人の俺と同じことを言ってるぞ?

「アスワド、あれを」

「ほーい」

 ヤンキー商人のアスワドさんが馬車に戻り、しばらくして布にくるまれた長物を持ってきた。

 アズー様が布をはずすと…おいおい。

 二本の鉄の棒だ。ただし武器ではない。持ち手の部分だけ、直角に曲がっている。アズー様はそれを両手に持った。

 これは、ダウジングじゃないのか?

 俺的に「とても怪しい」その行為。しかし貴族様はそれを持ってふらふらと村から歩き出した。

「アスワドさん、あれ、マジなの?」

「マジって?」

「もしかして、あれで水を見つけるんですか?」

「はあ? お前のとこはアレ使わねえのけ?」

 村から数十メートルだろうか。アズー様が立ち止まった。ダウジング棒が動いている。

「アスワド、ここだ」

 「黄の籠」の穴近く。

「よーし、みんな、あそこ掘るぞ!」

 ヤンキー商人さんが声をかけるとカーディナルの人々がスコップを持ってきたが、

「いや、待ってください。ここは私が」

 グラインさんが手をあげた。

 俺もグラインさんについていく。

「なんだあ?この兄ちゃん一人でどうするんだよ」

 アスワドさんもついてきた。グラインさんの力をしらないからスコップを持っている。

 アズー様が指し示す場所につく。なんの変哲もない地面だ。

「深さは…だいたい人二人分といったところだ」

「わかりました」

 グラインさんが一度アスワドさんを見た。挑戦的な目だ。

 そして、彼の槍が地面を突き、アスワドさんが悲鳴を上げた。黄金の光がまっすぐに地面へもぐり、土がやわらかくなる。しばらくすると、水がにじみ、そして噴き出した。

「いやはやさすがメリクールだ。水の出がいい」

 アズー様が水を眺める。水はやがて黄の籠へと流れて溜まっていく。そしてとどまることを知らない。

「すごいですね、カーディナルの人はその方法で水を探すんですか」

「私の一族はこの力に長けているらしい。おかげで代々土地開発の任をあずかっているのだ」

 なるほど、これは多少魔法がかかわっているんだろうな。いいなあ、魔力。

 そこからアズー様はまた歩き出した。今度はメリクール側に100メートルくらい歩いた場所。

「ここは…少し違うな。楽しみだな」

 アズー様がグラインさんに地面を指し示す。「ここはもう少し深く掘ってほしい」

「水源はもう、十分では?」

「ここは、違う」

 俺たちは顔を見合わせたが、おそるおそる槍が振り下ろされた。

 水が、やはりどっと湧き出る。

 いや…これ、正確には「水」じゃない。独特のにおいがする。

「温泉だ!」

 緑がかった温かいお湯!これは願ってもないことだ。こっちでは風呂、あきらめてたからなあ。

「お湯が…湧いた?」

 グラインさんがお湯を手にし、驚いている。

「もしかして、メリクールには温泉がないんですか?」

「うん。沸かしもしないのに温かいなんて。生まれて初めてだよ」

 湯気に気づいた人々が近づいてきて温かいお湯に触れ歓喜の声をあげる。ふざけてびしょ濡れになる人もいた。

「いやあ、一大農地で温泉か!観光地としても最高だな。はっはっは、がっぽり稼げるぜえ!」

 大柄の男性が割り込んできた。アスワドさんと同じく生成りの貫頭衣を着ている。髪の毛は自分で切っているっぽく、ライオンみたいになってる。

 アズー様の目つきが鋭くなった。

「相変わらず下品な笑い方だな、ルーフス」

「俺は根っからの商人だからなあ。貴族様とは違うんですよ」

 二人の視線が怖すぎる。

 え、なんだろ。

 俺、ここではインフラより人間関係に悩まされるの?


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