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役に立つということ


「回復の力だと?!」

 近衛隊の詰め所。普通にデスクワークしていたディーが立ち上がった。

 ディーの大声と目つきの怖さにぶるぶるふるえるアイギスちゃん。

「怖くないよー。あのお兄さんは目つきが怖いだけだよー」

 私はアイギスちゃんの頭をなでる。

「サギリ、もう少し言い方があるだろう」

 むっとする私の彼氏。

「だったらその眉間のシワをなんとかしなよ」

 そこを指でつっついた。

「申し訳ありません隊長。ですが、声もできるだけ小さくしていただけませんか。アイギス、そういうのダメなんです」

 ペティちゃんもアイギスちゃんの両肩に手を置く。

「彼女がペティの友人なのか。そうか…初めまして…」

「う…はじめ、まして」

 ディーが精いっぱい声を小さくすると、アイギスちゃんがようやく返事した。

「しかし、この力がどの程度なのかはわかりません。兵舎には怪我人がいますから、試せるのではないかと思いまして」

「なるほど。もしその力が本物であれば、彼女の力は神にも匹敵することになる。集めてみるか」

 ペティちゃんの提案に隊長様はうなずき、部屋から出ようとして…アイギスちゃんに笑って…みせた。

 めちゃくちゃぎこちなくて、いなくなった後にペティちゃんと吹き出してしまった。


 近衛隊って、思ったよりいるんだなあ。

 兵舎へ行くと、怪我した人とそれを支える人がズラリと並んでいた。見物に来ている兵士さんもいる。

 私が知っているのは10人くらいだけど、あれは精鋭なんだろう。

「ペティちゃん、近衛兵と言える人って全員で何人くらいなの?」

「そうですね。王都を守るため町を巡回する者から、私のように外へ出るものまで数えると百人はいると思います」

「ペティちゃんってエリート集団の一人だよね?」

「そんな…とんでもない」

 いやいや、謙遜しちゃあいけない。

 私はスカートをつかまれている。アイギスちゃん、私のことも慣れたみたいだな。でも今、このいかつい人々を前にして大変だろうな。

「ええと…近衛の怪我人を全員集めてきた。骨折や創傷など様々だ。打ち身もいるな。最近は魔物が少ないから、彼らは練習中に不注意をしたものばかりだ」

 ディーはできるだけ声の大きさを落としている。

 兵士さんたちがざわざわしだした。

「隊長、その異国の人がサギリ様ですかー?」

「隊長の恋人ですか。へええ…」

「う、うるさい! 近衛が下品なことを口にするな! 姿勢を正せ!」

 大声に兵士たちはシャキッとしたが、アイギスちゃんがフリーズする。

 しかしそれをそのままにしておくわけにもいかないので、私とペティちゃんが兵士さんの前にアイギスちゃんを引きずっていく。

 まず、右手を布で吊っている兵士さん。骨折だな。

「アイギス、触れてみて」

 ペティちゃんが彼女の右手をとる。その手が兵士さんの右腕に触れると、紫の光がスッ…と一瞬だけ走った。

「ん?」

 兵士さんが自分で包帯をほどく。右手を動かす。「痛くない…!」

 周りも彼の腕にくぎ付けだ。どわっと声が上がった。

 ディーは外をちらりと見ながら「騒ぐな」と彼らに命令した。

 次は、切り傷だ。

「仲間と剣を交わしているうちに、下手をしてしまいまして…」

 アイギスちゃんが触れると、ただのみみず腫れに変わった。

「突然馬が暴れて落ちてしまったんです。これで済んだのが幸いで」

 膝の打ち身だ。大きくあざができている。

 紫の光は青いあざを黄色に変えた。もう治りかけてるやつだ。

「すごい、これはまさしく、神の力だ」

「これは私たちの強みになる」

 兵士たちは歓喜の声を上げたが、そこでアイギスちゃんがバタンと倒れた。

 私が慌てて起こすと、お腹から大きな音がする…

 つまり、食べることが力の源ってことかな。



「参ったな。あれは慎重な扱いが必要だ」

 私とディーは隊長室に戻った。ペティちゃんはアイギスちゃんを食堂に連れていきたらふく食べさせている。

「騒ぐな、って言ったのは警戒してるってことだよね」

「なにしろ傷を治すなど、しかもあれほど一瞬で…外に知れたら、彼女の身が危険だ」

 だよね。この国は今は政治的に落ち着いているけど、どこにヤバい人がいるかわかったもんじゃない。

 そして悪者に利用されるアイギスちゃん…想像したら寒気がした。

「サギリ、お前も同じだぞ? 王妃様の事、忘れてないだろう」

 そうだよね。私も利用されそうになったんだ。

 ディーは手を腰にやり、室内を回った。「彼女を魔法師団に戻すのは危険だな。あそこは人目につきやすい…エルドリス殿も不在だし」

「じゃあ、アイギスちゃんは近衛であずかるの? 私もそうだし」私はソファの背に乗り出した。

「うーむ。そうだろうな…彼女にとって最善だろう。ペティもいるしな」

「やった!」私は両手を上げた。「うれしいなあ。また友達が増える!」

 あんなにかわいくて小動物みたいな子、ほっとけないよ。

 私が笑うと、ディーが息をついた。

「お前がそう言ってくれると心強い。しかも誰とでも仲良くできるしな。俺は…まだ怖がられているだろうし」

「大丈夫だって。ゆっくり静かに話せばいいだけだよ。私も今日が初対面なんだから」

 ソファの私に、ポンポンと手をあてるディー。

「そういうところは、お前の持っているもう一つの力だと思うぞ」

「そうなの?」

「ああ。ペティだってお前に出会わなければ今も意思の疎通が図れなかったと思う」

 頬に触れ、笑った。

 そしてスマホもどきを取り出した。「エルドリス殿にお伺いを立てねばならぬ。そして、父上にも話さねばな」

 しばらく難しい言葉が頭の上を通り過ぎる。音声認識。魔術師一人の異動だから、どうしてもかたっくるしい言い回しになるみたい。

「返事は夜かもしれんな」

 村のほうは忙しそうだな…私もダンと通話したいけど充電が気になるから控えてスマホもどきでやりとりしてる。

 ペティちゃんがアイギスちゃんをつれて入ってきた。

「たいちょう…たぶん、まだ、治せ…る」

「そうか。あまり無理をしないでくれよ」

 アイギスちゃんはこくん!とうなずいて兵舎へ走ってしまった。

「あれはかなり自信ついたよね」

「はい。やはり自分の『力』がわかるとホッとします」

 ペティちゃんも急いであとを追いかけた。

 そうだ。私のチートがちゃんと、ようやく、伝わったんだ。

 ホッとして、ずるずるっとソファにしずむ。

「ねえディー。私の力ってさ。チートを与えてるけど…ペティちゃんもアイギスちゃんもすぐにはわからなくて困っちゃってて、申し訳ないなって思ってるんだ」

 見上げると、ディーが首をかしげる。

「だってね。みんな…役に立たなきゃって思ってるんだもの。

 本当はさ、そんなにみんな国とか世界に対して気負わなくていいっていうか、役に立たなくてもいいって思うんだけどさ…

 人はやっぱり、誰かの役に立ちたいんだよね。そう思わずにいられないから難しいよね」

「人の役に…か。そうだな。それで思いつめたやつもいるからな」

「人がいくら『気にするな』と言ってもダメな自分を許せないもんじゃん。だから私、この力が怖いなって思うんだよ」

「サギリは本当に優しいな」

 すっと、ソファの後ろから持ち上げられ、抱きしめられる。

「ちょっとー。隊長さん、お仕事中じゃないんですかー?」

「今とてもいとおしくなった。我慢ができなくなった」

 この国の人?いや、ディーだけなのかな?どんだけオープンなんだよ。

 するとスマホもどきが音を奏でた。鉄琴の澄んだ音だ。

「エルドリス殿だ」

 少々残念そうな顔をしつつ、内容を見る。

「副長に伝えてから王に許可を取ってほしいとのことだ。今の副長は…口のかたい方だったろうか」

 エルドリスは私の親友だからいいけど、事件を起こしたのがその上司だったからなあ。

「そうだ」私はポンと手を打った。

「それなら先に親方に話を通した方がよさそう。あの人は曲がったこと嫌いでしょ?」

「ふむ。魔法使いたちは現在ほぼ工房で働いているし、彼が責任者だからな」

 こうして内気すぎのビビリで無口な魔法使いは、様々な部署の許可をもらい近衛隊あずかりとなったのである。

 親方は「アイギス?あのちまっこいのか。まあ俺らがやけどした時にはよこしてくれよ。俺らも助かるわ」

 と笑っていた。


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