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その能力、奇跡?


「えーっと…弟はしばらく遠くの村に行くので、やり取りは私だけになります。

話が頭よくないと思うけど、ごめんね…っと」

 和室の書斎。地震が起こったら本でうずめられるくらい天井まで本が詰まっている部屋。外は日本の風景が見えるけど、私はこの部屋から出ることはできない。

 ここは、私の店の勝手口にある「フシギ」だ。裏から回って勝手口を開けると、父さんの書斎になぜかつながる。

 どうしてかはわからない。私がチートを持つように、ダンのチートなのかもしれない。ここが繋がっているおかげで、ダンは向こうの知識をいくらでも集められるのだ。

 父さんは現在大きな大学(ダンはそういうんだけど、よくわからない)の高い位置にいる教授らしい。

 ただ、私が10歳の時に母と離婚している。

 原因は父さんがパワハラで精神を病み、私にケガをさせたこと。

 私もつい最近までその事情を知らなかったから、父さんにただ愛されず殴られたんだと思い込んでいたんだ。

 異世界にきて、会えなくなってからようやくあの人のことが分かってしまって、なんとも皮肉だなあとは思っている。

(まだ私も全部許せるわけじゃないし、昔の夢も見るし)

 とりあえずメモを置いてこの部屋を出ようと思ったら、ドアが開いて「父さんらしきもの」が入ってきた。

 物音はするのだが、見えない。足音もデスクに座る音もするんだけど、見えない。

 そしてメモに上書きされた。


──ダンがいないのは寂しいが、お前と文字で語らうのもまた一興。


 うーん。やっぱりちょっと文章が難しいなあ。ほんとに私と父さんは違う人種なんだよな。

 するとペティちゃんから連絡がきた。

 いけない、今日はお客さんが来るんだった!



「ごめんごめん! ちょっと裏行ってた!」

 店の前にいる二人に走り寄る。ペティちゃんは事情を知っているのでにこりとしたが、もう一人が陰に隠れている。

 私は店のカギを開けながら言った。「その子がペティちゃんの友達の魔法使いなんだよね?」

「はい。アイギス、挨拶くらいしなさいよ」

 大きな体のペティちゃんがその子をつまみ出した。


 あ、この子は。


 以前魔術師さんたちを大勢カットしたけど、とりわけ強烈に覚えてる。何しろ銀色のまっすぐストレートなんだもの。

 だけど注文とか、何も言わなくて困っちゃって、私が勝手にぱっつん前髪の前下がりボブにしたんだよね。

 今日も髪の毛が全く乱れていない。こういう髪質の人がうらやましい。

「じゃあ上に行こうか」

「いや、その!」ペティちゃんが両手を振った。

「いいじゃんもう、そのほうがお茶出すのラクだし。一応畳の部屋は閉めとくから」


 常備してあるシナモンクッキーのほかに、町で買ってきたリーフパイなどを出してコーヒーを入れた。

「改めて、この子が魔法使いのアイギスです。学習舎で仲良しだったんですけど…私より内気で、この通りです」

 私よりかなり小さい子だ。ペティちゃんと同い年には見えない。

 銀の髪に紫の瞳。とても神秘的だ。でも、肩が震えている。

「私も、兵士になるまではこんなだったんです」

 ペティちゃんがもじっとした。うん、あの時のこと思い出すよ。

「で、この子もまだ『力』がわからないんだっけ…?」

 私が声をかけると、彼女がびくっとする。コーヒーのカップが揺れた。

「私も力がしばらくわかりませんでしたし、落ち込んだので気持ちはわかるんですけど、彼女はもともと口数少なかったのにさらに話さなくなってしまって」

 アイギスちゃんは私たちのやりとりでうつむいてしまった。

 さっきから、声も聞いてないよ。

 私はあの時、ちゃんと祈ってる。魔術師のひとりひとり、全部。

 エルドリスが村へ行ってしまうから、残された人たちのパワーアップは不可欠だと思ったし、特にこの子は祈ったかなあ。

「まあコーヒーでも飲んでよ。落ち着くから」

 私が言うと、彼女はペティちゃんを見た。ペティちゃんがコーヒーを飲むと、彼女もようやく口をつける。

「…にがい…」

 あ、そうだよね。苦手な人もいるよね。

「でも、ちょっとあまくておいしい…」

 そして、ちょっとびっくりした。驚異の速さでお菓子を食べ始めたのだ。コーヒーを少し口に入れては、パイもクッキーも高速でなくなっていく!

 おお、意外!

「おいしい…甘い…」

 小鳥のようにかわいい高い声だけど、その爆食っぷりに気を取られてしまう。

「ふふ。アイギスって無口なのに大食いなんですよ。私より食べるんです。とくに、甘いもの」

「こんなに小さいのに?」

 私はそんなに食べるほうじゃない。おかわりなんてもってのほかだし、ラーメンも一杯完食できない。

 だから、その小さい体にどんな胃袋があるのかと思ってしまう。

「コーヒーはいくらでもおかわりあるから、いくらでも言ってね!」

 ケトルに水を入れてスイッチをつける。アイギスちゃんはそのケトルにびっくりしてる。

「不思議でしょ? サギリは異国人で、信じられない道具をたくさん持っているのよ」

 今日のペティちゃんはジャンパースカートを着ている。うちにある雑誌を見て、仕立て屋に作らせてるみたい。私が服をあげたりしてるから、仕立て屋さんが作りを調べているんだろうな。

「この板もサギリたちが持ってるものを参考に、お姉さまが作ったのよ」

 スマホもどきを見せる。

 すると、アイギスちゃんは食べる口を止めた。「エルドリスさまは、すごい」

 でも、すぐに下を向く。

「私は、なんにも、できない」

「だから! 私も最初全然力がわからなくてアイギスにいろいろ愚痴ったじゃない。今のアイギスも同じよ」

「そうだよ。ペティちゃんの力は意外だったし、いずれわかるって。よければ毎日ここでお菓子食べていきなよ」

 メイスという本来叩いて使う武器を、投げて使う力が備わってしまったペティちゃん。あんなのはわかりようがない。

「そういえば」

 アイギスちゃんは自分のおなかをさすった。「いつもより、食べる」

 もうお皿には何もないし、彼女のおなかが鳴る。アイギスちゃんは真っ赤になって体を丸める。

「いつも、おなかがすく…」

「それ、ここで髪を切ってからだったりする?」

 私の問いにこくこくとうなずいた。

 ふーむ。私は手を顎にやって考えるふりをするが、ダンじゃないのでいいことが浮かばない。

 でもそれ、力と関係することだよね?

 アイギスちゃんのお腹がうるさいし家のお菓子はなくなってしまったのでお店へ行くことにした。


 近くの店へ入る。今までもクリスとよく入った店だ。

「そういえばね、ここでディーがホットケーキ食べたんだよ。なんと、旗つき」

 光の良く当たる席に案内された。

「隊長が? サギリの話す隊長はいつもかわいいですね」

「たまには食べたくなっちゃったな。私はそれを頼もう。アイギスちゃん、私はお金たくさんあるからいくらでも食べていいよ」

 お店のお金にプラスして、国からもお給料貰っているけど、ウチの食料や生活必需品は減らないのでお金の使いどころがないのだ。

「じゃあ…ここから…ここまで…」

 ちいさな手がメニューをすーっとなぞった。すげえ。

 店員さんもあわててメモを持ってきた。

 四人掛けのテーブルに、甘いものがズラリと並ぶ。見ていて気持ちがいいのでスマホで撮った。

「私は見ているだけでおなかいっぱいです…」

 ペティちゃんはお茶だけだ。

 私は旗が立ってるホットケーキににんまりした。この世界でも子供が食べるものらしいよね。

 今度ディーに作ってあげようかな…と思ったとき、私は思ってもみないアクシデントに見舞われた。

「いっ、痛ったあ…!」

 ホットケーキを切り分けるナイフが本物だったのだ。以前も外で肉を食べたら、本物のよく切れるナイフが出てきたのでびっくりしたんだけど、まさかホットケーキにまで。

「サギリ、血がすごい!」

 ペティちゃんがハンカチを巻いてぎゅっと押し止血してくれているが、思ったより深く切ったみたいでハンカチが真っ赤になる。

「まあ、深く切ったみたいだけど血さえ止まれば」

 私は笑ったが、右手なのでしばらく仕事できないかも。

「……」

 アイギスちゃんの目が、私の指にくぎ付けになる。

 しばらく動いていない。

「大丈夫だよ。大したケガじゃないから」

 聞こえていない。息もしていないように見える。

「アイギス…?」

 ペティちゃんが肩をゆするが、まったく気づかない。というか、アイギスちゃんの時が止まったように見えた。

「サギリ、これはもしかすると…私も同じだったかもしれないんです。時が止まって、鈴の音が聞こえて」

「鈴の音?」

 私もだ。ディーの力が現れた時、鈴の音を聞いたんだ。

「アイギスちゃん? 聞こえる?」

 そこでアイギスちゃんの小さな手が、私の手をいきなりつかんだ。

「こう…すれば…いいの?」

 私にも鈴の音が一回だけ頭に響いた。

 そして、とんでもないことが起こった。

 紫の光が私の手にまあるくともる。ハンカチの血が消えていき、痛みがなくなる。

 もしかして、と思ってハンカチをほどくと、私の指は元に戻っているのだ。

「ええっ…まじ?」

「まさか!」

 私は指を動かした。なんでもない。「これがアイギスちゃんの力? すごいじゃん!」

「今、鈴の音…聞こえた」

「私もあの時聞こえたのよアイギス」

「私も、最初聞こえたの」

 せまる私たち。アイギスちゃんは紫の瞳をぱちぱちさせる。

「私の…ちから?」

「すごいよ!というかありがとう!私仕事休まなきゃいけないとこだったよ!」

 私はアイギスちゃんの手を握った。

「役に…立った…」

 ちいさな女の子は涙を浮かべた。そして両目をぬぐっているうちにまたおなかの音が鳴って私たちは笑う。


「しかし…これは問題かもしれません」

 再びもぐもぐと食べ続けるアイギスちゃんを見ながら、ペティちゃんは眉を寄せた。

「魔法使いの力とは異なるものです。そしてどのくらいまで力が使えるか、どこまで治療ができるのか調べてみる必要がありそうですね」

「こういう力は、誰も持っていなかったんだよね?」

「はい」兵士の顔のペティちゃんだった。「近衛の詰め所に行きましょう。隊長に話したほうがいいかもしれません」

 ペティちゃんがとても冷静だ。ダンみたい。付き合うと相手に似るものなのかな。

 …いや、私は全然ディーに似てこない。


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