出発の日
「えー何これ。ほとんどボウズじゃん!」
ダンが切り終わった髪を見て叫んだ。いつもよりかーなーり、短くしてある。
「向こうには私、いないでしょ? とりあえず数か月は帰らないみたいだし、その頃には落ち着いてるよ」
クロスを外すと、ダンは椅子から立って頭をさわる。
「そうだけどさあ…逆にこれ、タオル巻かないと頭皮が焼けちゃうよ」
「首も巻きなさいよ。日焼けは怖いからね」
私は久しぶりに弟の頭をしょりしょり撫でた。
「あーいいわ。あんた、ガキの頃はだいたいこのぐらいだったよね~。懐かしくなってきたわ~」
「やめろやめろ。姉ちゃんの短髪フェチは病気だよ。いずれディーさんも坊主にしかねない」
「…その手があったか」私はハッとした。
「ディーさんに伝えとかなきゃ…」
ディーは今の髪型がベスト! なんだけど、あの引き締まった顔なら坊主でも「イケメン修行僧」みたいになりそうだし、その頭を撫でてみたい気持ちはある。
ダンはもともと着ていたTシャツとジーンズにボディーアーマーを取り付けた。
「あんたもいっちょ前の兵士見たいに見えるね」
「姉ちゃんがボウズにしたから訓練兵みたいだよ…」
足元にはいくつかの荷物がある。着替え、シャンプーやボディーソープ、毛布、あと私が昔使っていた手動式の洗濯バケツなど。
このバケツはあってよかった。
ひづめの音が近づいてくる。
グラインさんを先頭に、スカンジさんやホロワさんなどがいる。後ろの馬車にはエルドリスが乗っていた。
「おはようございます!」ダンが大声であいさつする。
「おはよう。これから、よろしく頼みますよ」グラインさんが手を胸にあてる。兵士さんたちも数日前私が短めにカットしている。
「グラインさん、弟をどうかよろしくお願いします。なにせ、戦いはまるでできないんで」
私は頭を下げた。グラインさんはカラっと笑う。
「もちろんです。大事な弟君、お預かりしますよ」
ダンが馬車のほうへ行ったのを見計らい、私はそっと新隊長に言った。
「エルドリスのことも…よろしくお願いしますよ?」
ニッコリ笑うと、真っ赤になって目をそらした。
「ぜ、…全力で皆さんをお守りしますっ!」
グラインさんは先に行ってしまった。
後の馬車からエルドリスが下りてきた。スマホもどきを渡された。
「あれ? スマホもどきはもう持ってるよ」
「これは最新型なのです。これに向かって話してください」
ふむ。私は黒い板に、「お、は、よ、う」と声をかける。
するとエルドリスのスマホもどきに「おはよう」と文字が浮かんだのだ。
「エルドリス、天才すぎない?!」
日本のケータイはたしか…私が生まれたころは話すことしかできなかった。しばらくして文字が打てるようになって、カタカナがひらがなや漢字に変わって…でも、音声認識はまだまだだ。
エルドリスはそれを半年でやっちゃったんだ。
「そもそも、これはサギリたちの板を見なければ作れませんでしたわ。あとはダンの知識。お礼を言いたいのはこちらですし、これで離れてもずっとおしゃべりできますわよ」
今日のエルドリスはセミロングを軽く紐でくくっただけ。でも私が作った前髪とサイドがいい感じにおりててかわいい。
「さみしくなると思ってたけど、これならいつでも話せるね!夜になったらいろいろ聞かせてね!」
私たちは抱きしめあった。
「別れの挨拶はそこまでだ。もう出立式が始まってしまうぞ」
ディーとペティちゃんたちが馬車の横にやってきた。私もディーの後ろに乗り、町のはずれに行く。
ちょっとした台があり、そこを中心に村へ行く人と送る人が集まった。王様が台の上に上がる。
「この度、わが国とカーディナルの懸け橋となる村づくりを進めることになり、選抜された者はいろいろな期待と不安があると思う。しかし…」
校長先生みたいに長い話で眠くなりかけたが、ペティちゃんが隣からこそっと話しかける。
「ダンの髪、すごく短いですけど…なんかキュンとしちゃいました」
おっ、ペティちゃんも私と同じヤマイかな?
「わかる? たまに好きな人の髪が短かったりするとグッとくるんだよ~」
「わかります。さわってみたくなりました」
後ろにいるディーが咳払いする。
そして耳打ちした。「ダンから話はきいた。俺は、坊主頭はごめんだぞ」
しっかり最新型スマホもどきを見せられた。
ばれたかー。
青い空、二つの月。その下で別れが始まる。
「いってらっしゃい!」
「ご発展をお祈りしています!」
「神よ。彼らをお守りください」
泣く人、これからを夢見る人、祈る人、様々だ。
ダンはずーっとこちらに向かって手を振り続けていたが、どんどん小さくなって、見えなくなってしまった。
「ダン…お姉さま…」
そうだよね。ペティちゃんは大事な人が二人も離れていくんだ。彼女の肩を抱いて、私も鼻をすすった。
なるべく、彼女とは会うようにしよう。
「ペティ」隊長が低い声で言った。「隊が分かれたことで俺たちは新しく近衛兵を増やさねばならん。その選抜と教育、お前もしっかり働いてもらうぞ。悲しんでいる暇はないからな」
「はい!」
ペティちゃんが手を胸にあてる。
「サギリも、その際にはよろしく頼むぞ」
「うん。みんなに力が宿るよう頑張るよ」
馬車の群れは砂埃にしか見えなくなり、それもやがて見えなくなった。
ダン、大丈夫かなあ。男の子だけど、生水のんでおなか壊さないかな。
魔物もまだ出るっていうしな。
するとスマホもどきから、「姉ちゃんはめんどくさがらず食事作れよ」って返ってきた。
「もう…! できるだけ、作りますよ!」
私はエルドリスの新発明を握りしめた。