寺院に残された人々
──私とダンはとある場所に呼ばれた。
自分では馬に乗れないから、近衛さんたちに馬車をよこしてもらい、大きな荷物を持って乗り込んだ。
御者はフラットさんとコンベックスさんだ。
二人の髪は以前私が切ってる。
フラットさんはやんちゃでディーにあこがれている人、っていう印象があるんだけど、コンベックスさんとはほぼ話したことがない。
たしかフラットさんは炎の剣が出せて、コンベックスさんは金づちを下すと重力で回りの魔物が沈む能力を持っているらしい。
「ありがとう!」
私が声をかけると、
「そりゃあ隊長じきじきの命令ですから。今日一緒にいられなくて残念そうでしたよ」
明るく話すフラットさん。
「任務ですから…」
不器用そうなコンベックスさん。年は23くらいだって聞いたけど顔がしぶくてディーより上に見える。
「二人とも、お菓子どうですか?」ダンがクッキーを渡す。
「あざっす!」
「・・・ます」
「お茶も持ってきたからね」水筒に紅茶が入ってる。
「至れり尽くせりですね! コン、もう少し何か言えよ」
「おいしい…です」
対照的だなあ。
王都から畑を抜けて、山が見えてくる。すると現れるのが白く美しい建物だ。
馬車が早くなったから前より行きやすくなったかもしれない。
ゲンタシン寺院。今までは事故などで髪を失った人がここで僧侶として祈りをささげる場所だった。
でも、ここもいろいろ変わっているらしい。
「やあやあ! 待っていたよサギリ、ダン。今日もよろしくね」
私たちを出迎えてくれたのは金髪に青い目の超イケメンさんである。
私は馬車からエスコートされながら尋ねた。
「今日は『クリス』? それとも王子?」
「クリスかな。今日は噺手だからね」
「クリス」、街では宗教にまつわる話をしてファンも大勢いるアイドル的存在だが、正体はプルーナー第一王子。ディーとは母親違いのお兄さんだ。
城では国王と共に政治の仕事をしているそうだが、暇を見つけては外で歌って教えを広めている信心深い人だ。
いろいろあってお母さんである王妃に髪を切られてしまい、私が整えたんだけど今は少し伸びていい感じのミディアムになっている。
とはいえメンテは必要だから今度少し切ってあげよう。
国教が変わって、寺院は揺れた。
もともと国教をあずかるのは「僧正」で、貴族出身者だけがなれるもの。一般の人が宗教を学んでもそこにはたどり着けない。僧正たちは国のお金を寺院建設にばかり使っていた。
一般の僧侶はもともと質素な暮らしをしているが、それどころじゃなかったので「クリス」が歌ってはお金を集めて何とかしていたんだ。
しかし国教の戒律が変わり、王子も本腰を入れて僧正たちのやり口に大ナタをふるった。
寺院に使う石はセラミックの材料として鍛冶衆へ引き渡され、建物を作らなくてよくなった分、寺院で暮らす人の生活がよくなった。
「でもここで祈る人は減ってしまった。だって髪を失った人には家族と元の生活があるから。ほとんどいなくなっちゃったな。自分からなりたくて来ている人は珍しいしね」
寺院の廊下を長々と歩く。ポンメルさんも今、半年家族と引き離された分ずっと家族で一緒にいるよね。
「だからここに残っているのはもう家族を失ってしまい帰る場所のない人々と…孤児だけだ」
建物をぬけると、離れといった感じの聖堂が建っている。円形でこじんまりとしたものだ。
教会みたいな長い椅子に、ご老人たちが座って寄り集まっている。
「おお、クリス様だ」
「今日はどんなお話かしら」
60から80といったところだろうか。みんな私の祖父母くらいの感じだ。まあ、私たちは会ったことがなかったんだけど。
「じゃ、サギリたちは座って噺を聞いてってよ」
ご老人たちは今か今かとクリスの噺を楽しみにしている。
「他に楽しみがないんだろうなあ」ダンがそっとつぶやいた。
若い僧侶が楽器を持って待っていて、クリスはそれを受け取る。美しい音と歌が建物に響いた。
「すっご」
「石造りの建物、やっぱり音響効果が抜群だな」
ダンは天井を見上げた。ああ、たしかに。コンサートホールみたいな屋根になってる。
楽器を僧侶に預けると、クリスは周りの歓声に頭を下げる。
「では、今日は新しいお話をしましょう。
──とある国にとても強い将軍がおりました。彼は孤独で、味方がいない中一人で戦い、手柄を上げていました。王様には感謝されますが、周りはやっかむ。何もかもが空しい…人を殺さねば国は守れず、苦悩しつつ毎日神に祈るのでした。
すると天から娘が降りてきたのです」
ん?
「見たことのない衣をまとった彼女は、彼に力を授けたのです。人を殺さずに、倒すだけの力を。
将軍は安心して力をふるい、国を守ることができたのです。
将軍は彼女を愛し、その想いを伝えようとしました」
「なあ、姉ちゃん…」
「うん…なんということでしょう…」
私とディーの話じゃないのかい、これは。
「しかし彼女は言いました。私の力など大したことがないと。そして、力を愛し、私自身を愛してはいないのではと。
彼女は天から降りてきて神のように見えましたが、ただの一人の女性だったのです。
将軍は殺さなくていい力に安心しきっていました。ですが、その力は自分のものではない。彼女の言葉を聞き、大変恥じ入ったのです」
はずかしいいいいいい!!!
私は頭を抱え、長い椅子の上で悶えた。こら、ダン、笑ってるんじゃない!
結構いじってるけど、公開処刑もいいとこじゃん!
「将軍は全ての戦いが終わったとき、この力を返したいと彼女に告げました。そして、改めて、愛を告げました。彼女は将軍の改心を認め、二人は結ばれたのです」
噺は終わった。観客の皆さんは声を上げる。「素晴らしい!」「面白いわ!」この国、拍手の習慣がないんだよね。
クリスは声が収まるのを待って言った。
「このように、時に人は有り余る力、思ってもみない力が現れることがあるのです。あなた方にもあるでしょう? 突然物覚えがよくなったり、突然教えの意味がくっきりと分かったり。しかしそれは、あなたの力とは限らない。そうですね、まあやはり神の力なのですよ。
努力の末につかんだ力もあるでしょうが、努力しても実らないこともある。力の発現は神のさじ加減。得られた人はただ祈り、得られずにいる人もただ祈る。これだけなのです。以上、私の噺はおわりです」
そして頭を下げるクリス。老人たちはまた、盛り上がった。
「すごいなあ。町ではここまで解説してないよね。多分町の人には堅苦しいからやってないのかも」
ダンがため息をついたが、私は恥ずかしさで震えている。
「姉ちゃん、噺はともかく解説はすごかったよ?」
「わかってる…だが私はクリスを殴らねばならない…」
「駄目だよここお寺だよ」
ご老人たちは会話をしながら建物を出て行った。持っている本を読んだり、あとは瞑想にふけったり。
クリスが近づいてきた。
「あれが、残された人の生活だよ。国教は残酷だ。彼らはこのまま、ここで一生を終えることになる。一度街に戻ってみた人もいたが、時代の変化についていけず戻ってきてしまったよ」
「運命、なんですかね」
「神の意志、としても…僕もなんとも言えないね」
二人が真面目な会話をしているのだが、私はクリスに詰め寄った。「あのさあ、さっきの噺だけど、ちょっと尋問していいかな?」
「あっはは。かなりいじったんだけど、わかる? だって君らのことは、どんなおとぎ話よりも斬新だもの!」
「街でもやるの?! 結構バレると思うんだけど!」
場合によっては、呪うぞ!
「わかったよ…もう少し改変するからさ。で、サギリ。もう一つ見てほしいところがあるんだ。ね、ダン」
「そうそう。ここからが本番だよ姉ちゃん」
ん?ダンまでなんか隠してる。
「君の仕事は、ここからだよ」
ウインクが非常によく似あうイケメンさんである。
ディーってウインクできるのかな。今度聞いてみよう。