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黄色い花


 川を渡り、なんとなく高級住宅街だな…?とあたりを見回す。

 たしかエルドリスたちの家もこの辺じゃなかったかな。大きな家が並んでいる。

「狭くて申し訳ないが」

 ドン、とした門構えだった。エルドリスの家よりは小さいが、それでも立派なおうち。

「も…もしかしてこれ、ディーの家?」

 声が震えてしまった。黒めの石造り。いかにも軍人さんが住んでいる感じの頑丈そうな門。

 館に入ると、使用人は一人だけだった。

「お帰りなさいませ。ディーズ様、そちらがサギリ様でございますね」

 おばあさんだ。黒い服をキリッと着こなしている。姿勢がいい。

「は、初めまして…!」

 私がお辞儀をすると、彼女はすっと手を胸に当て、黙って頭を下げた。

 ハイジとかセーラのいじわるなおばさんを連想してしまったが、あくまでも外見だけだ。自他に厳しそうな印象がある。

「俺の部屋に茶を用意してくれ」

「かしこまりました」

 ワッシャー夫人というらしい。ディーは夫人に上着を預け、二階に案内してくれた。あちこちに鎧とか、剣とか旗とか飾ってある。

 重そうなドアを開けると、書斎っぽい部屋だった。デスクとチェアはいかにも高級そう。詰め所のものよりいいやつだと思う。そして、応接セットがある。

 私は促されて長いソファに座った。

 やっぱり緑が好きなのかな。部屋のファブリックが緑で統一されている。

 応接セットのテーブルの上に、小さな花が活けてある。

 フラワーケーキみたいでかわいらしい。

「お花、素敵だね。さっきの人が生けたの?」

 ディーは向かいに座りながら、きょとんとした。「いや、今朝庭の花を摘んで俺が作ったのだが」

 黄色いガーベラみたいな花と、カスミソウと、小さな花で構成されている繊細な仕事だ。

「マジで?! これを、この、かわいい花を?!」

「な、なんだ、なんでそんなに驚くのだ。悪いか!」

「ううん。すごいなと思っただけだよ」お皿ごと持ちあげてまじまじ見た。「器用だねぇ…こういうこと、好きなんだ?」

 彼は背もたれに寄り掛かった。「俺は特に趣味がない。家でやることは庭いじりくらいだ。今日はいい花が咲いていたから…その」

 ああ。

 黄色い花だ。これ、私のつもりなんだ。

「うれしい…!」

 おもわずスマホで撮った。「これ、待ち受けにするね」

「お前のその板は本当にすごいな。花がもう絵になっている」

「みんなが使えるようになったら楽しいんだけどなあ」

 ワッシャー夫人がお茶とクッキーを持ってきた。私たちはお茶をし、時々窓から外を眺めたりした。

 でもさ。

 これってさ。

 もしかして。

 私は部屋の隅にあるドアが気になっている。

 あの向こうって…。

 私はむずっとして座りなおす。

「そういえばさ、隊が二つに分かれるってことは人を増やすってことだよね? 私、力になれるかな」

 お茶のおかわりを入れる。ハーブのいい匂い。

「ああ。村のほうにできるだけ今の隊員を入れるつもりだからな。こちらはペティとフラットと…そんなに残らない。新しく世話になる者が増えると思う」

「ペティちゃんは仕方ないよね。ダンがしょんぼりしてたけど」

「まあな。エルドリス殿は同行するが、ペティを行かせるわけにはいかない。まだ若い」

 女性の同行者はやはり少ないそうだ。

 そうだ、とディーは私に尋ねる。

「エルドリス殿の髪、サギリが切ったというが…昨日城で会ったときは何も変わっていなかったぞ?」

 私は吹き出した。「やだなあ、ディーって激ニブ! あれはつけ毛だよ。私が切ってエルドリスが魔法で編んだの。それでも前髪とか切ったのに気づかないんだ!」

 そしてもう、エルドリスは使ってるんだ。こりゃ、他にも気づいてない人いそうだな。

「こ、こら、笑うな」

 ディーが隣に座る。

「だってさ、見ればすぐわかるよ?」

「サギリなら、わかるぞ」

 笑う口をふさがれた。唇で。

「帽子だって、その服だっていつもと違う。そのくらい分かる」

 そういえば、そうだ。

 パーティーの時も、ちゃんと見てくれてた。

「どうだ? エルドリス殿は美しい方だが、俺はサギリしか見ていない」

 どんだけ私、愛されてるんだろう。

 もう一度キスされる。帽子が落ちた。もう一度。

「サギリ…どうか、許してくれるか」

「な、なにを…?」

 胸の中が騒ぎ出した。

「隣の部屋へ、連れて行っていいか」

 来た!

 やっぱり、隣は寝室だ!

 あ──、心臓の音が大きくなりすぎて耳がつらい。

「…ダメか?」

 仔犬のようにしゅんとする。私はディーのこういうあざとさに弱い。

「…だって、もうウチに何回入ってるのよ。私たち、あそこで寝てるんだよ? わかってるんでしょ?」

「そ、そうか!」

 そう言うなり、ガバッと持ち上げられる。

 お、お姫様だっこキター!!

「ひええええ!」

 ドアのノブも、私を抱えたままなんのことなく回してしまう。

 そして、カーテンがひかれた薄暗い寝室へ。

「サギリは軽いな。まるで子猫だ」

 そりゃあディーはたぶん今まで同僚の兵士さんばっかり担いできたんだと思うけどさ。

 子猫って。

 そして、毛足の長いベッドカバーの上に降ろされる。ふっかふかだ。ベッドまわりは深い赤で統一されている。

「一人で使うベッドなの?」

 どう見てもキングサイズである。すごいなあ。

「これなら二人で寝てもはみ出さない」

 ディーもブーツを脱いで上がった。隣に転がり、肘枕をする。

「サギリも寝ていいぞ」

「うん…」

 靴を脱いで、ディーの顔がすぐ見える位置にゆっくり沈み込んだ。やわらかくて、のみこまれそう。

(ファンデついちゃうけど大丈夫かな)

「すごくいいベッドだね。…いい夢みられそう」

 すると、髪の毛をすすっと撫でられた。

「寝られたら、困る」

 やっぱ、そういうことかな…。

 ディーの前髪がゆるっとくずれて幼い感じになる。私も撫でた。

「前髪が下りてると、かわいいんだよね」

「お前の世界では男にもかわいいというのだよな。不思議だ」

 ディーの手が、私の顔に触れる。

「サギリの目は少し釣り目で、そこが子猫っぽい」

「ディーは番犬みたい。でも時々甘える感じが好き」

「そうなのか。つい…サギリには近づきたくなってしまうからな」

 額にキスをされた。まぶたに、鼻に。少しずつ、下に。

 唇に三回、そして、首元へ。

 気持ちがとろんとしてきた。夢みたいだから。自分から好きになった人だから。

 付き合ってきた人と、こういうことは何度もあった。でも向こうからの好意が強すぎて、冷静になってしまう自分がいた。

 今はその強さを全部受け止められる。

「サギリ…好きだ」

 ディーはシャツのボタンをはずした。胸板が現れる。

 引き締まっていてまじめな筋肉。ちょっと面白い。

 私が少し笑うと、赤くなってしまったので慌てて否定する。

「ごめん。色っぽくないとこがディーらしくって」

「サギリ、上を脱がせていいか?」

「え、それなら自分で」

「…そうじゃなくてだな…」

 ああ。私のこういうとこはデリカシーがないな。

 ディーはゆっくりと、Tシャツをたくし上げる。

 自分で脱いだらなんでもなかったのに、急に恥ずかしくなった。

 もう少しいいブラ付けてくればよかったかなあ。

「ほらね、ちっちゃいでしょ?」

 手で押さえてしまった。が、すぐにひきはがされる。

「とても、きれいだと思うが」

 顔をうずめられた。「サギリの体は不思議だ。こんなに小さく細い体で、あんなに強い」

 全肯定だ。

 ディーは私の全部が好きなんだなあ…

 胸が痛くて、でも心地よくて、いろんな場所が反応しはじめてる。

 もう、どこをさわられても熱くなるだけだ。

 やがてスカートがそっと脱がされた。ふくらはぎも太ももも、触れられてしまうとびくびくしてしまう。

(いよいよ、かな)

 覚悟を、決めなきゃ。

 下着に手が触れた。

「…んっ!」

 私は声を出してしまった。一瞬なのに。

 どれだけ好きなんだろう。自分で驚いてしまう。

 しかし、ディーの手はそこで止まってしまった。

「ディー?」

 もっと、触れてほしい。どうしたんだろ。

「限 界 だ」

 彼は前のめりになって顔からベッドに突っ伏した。

「ディー?!」

 起き上がってゆすると、うーん、とうめき声。

「だめだ…俺はダメな男だ…」

 ど、どうしたんだ?!

「これ以上、お前に触れたら…頭がおかしくなってしまう…」

 おう、まじか。

 私はとりあえず服を着て、ディーをひっくり返した。顔が真っ赤。全身から汗が噴き出している。

「…だいじょぶ?」

「しばらくすれば戻る。…やはり初めてなのにさも慣れたようなことをするのはいかんな。身の丈を知るべきだった」

 あ、そっか。ディーは全部初めてだ。

 イケメンだからついつい忘れてしまう。

 そして、私を見る。「…申し訳ない。ふがいない男で」

 手を顔に乗せて、隠してしまった。

 まだ身体のうずきが止まらなかったんだけど、仕方ない。ディーの頭をなでる。

「しょうがないよ。ゆっくりやっていこうよ。私は…ドキドキしたから」

「本当に申し訳ない」

「だったらそのかわり、ひざまくらさせて?」

 私はディーの頭を膝に乗せた。そして、襟足をさわる。

「お前の…そういうところがわからない」

「まあね。ディーの襟足はやっぱりサイコーだし」

 ツヤツヤの黒髪も、キレイな襟足も、私にとってはお宝なのだ。

 ディーが私のすべてを好きなように、私も勝手に愛するんだから。


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