エルドリスの覚悟?
「サギリ、私の髪を切ってほしいの」
えー…。
店を畳んで夜が来て、夕食の準備をしようと思っていたところだった。
赤いローブを着た国一番の魔法使い・エルドリスは馬車に乗ってやってきてとんでもないことを言い出したんだ。
「えー。でも、エルドリスは…」
「だめですか?」
ものすごい意気込んじゃってる。私の大事な親友だけどさ。
だってさあ。
エルドリスは私の手がいらない人なんだもの。髪を切ってはいけなかった戒律の中で、魔法を使ってかわいいヘアスタイル作ってて。
すごいと思ったんだもの。
今日だって、長い髪をくるくると編んで花飾りみたいになってる。
「あのさ、実はディーのお母さんって人がいるんだけど、私あの人の髪の毛を、毛先だけ切って力がついたんだよ。エルドリスもそれじゃあダメ?」
「毛先だけ? それじゃあ、とてもとても」
彼女は首を振った。
「妹のペティはサギリくらいの長さですわよ?」
「ペティちゃんは兵士だもの。ねえエルドリス、あなたは戦わないでしょ? 前髪とか、サイドに動きをつけるだけでも変わるよ?」
「違うんです。今回は話が違うんです!」
エルドリスはそう言って、スタイリングチェアに座った。
「実は、ダンたちと一緒に新しい村へ行くことにしました」
えっ。
え──っ。
「なんで? エルドリスは王都にいなきゃダメじゃないの? ディーだって残るよ!」
「だからグライン様が行くことになったのでしょう? 私はついて行きたい」
美人でグラマーの魔法使いが、そう言って下を向いた。
「サギリも聞いているでしょう。近衛隊が二つになるって。グライン様が隊長になり、出世されるのは嬉しいけれど…離れ離れになるのは嫌です…」
そうか…私はディーが残ると聞いてほっとしたけど、エルドリスはグラインさんが好きだもんね。
二人の仲はまだまだ一進一退みたいなとこあるし。
「サギリの力があれば、王都に残した部下たちに任せておけると思います。私はそれより、新しいことがしたい。そして私は今まで不自由なく暮らしてきたけど、村ではそうもいかないわ」
砂ぼこりとか、日焼けとか。今の状態ではやっていけないと彼女は考えているみたいだ。
ああ、そうだ。
「似てるなあ」私は少し笑った。
「え?」
「グラインさんだよ。あの人さ、ディーとポンメルさんに力がついたとき、自分が何もできないって悩んじゃって、まだ戒律あったのに自分で髪の毛切っちゃったんだよねえ。あの時ディーは怒ったし大変だったよ」
「あれはご自分ででしたの?」
「結構無茶やってるんだよね。馬も必死で乗りこなしたし。グラインさんってのほほんとした優しいだけの人じゃないんだよ」
でも私はちょっと心が動いた。「エルドリスも無茶するよね」
「じゃあ、お願いできますの?」
「そうだなあ」私はかがんでチェアに座る彼女と視線を合わせた。
「あのねエルドリス。髪の毛は一か月に一センチしか伸びないの。切ってから後悔できないよ」
「わかっていますわ」
「あとね」私は彼女の髪の毛を触る。「私はエルドリスの素敵な編み方が大好きなの。そういうのを大事にしてほしかったの」
彼女はぐっと黙り込んだ。そして、伏し目がちに笑う。「サギリに褒められた時、一人で工夫していたことが報われたと思いましたわ」
「それでなんだけど!」私は立ち上がる。「ちょっと見てほしいものがあるの」
店のクローゼットにいくつか箱があり、その中から同じ茶色の髪の毛を取り出した。ペティちゃんの髪の毛だ。
「実を言いますと、この国の人はあまりに髪が長くて切り落とすだけじゃもったいない気がしてね。とくにペティちゃんはこの国で初めて切った女の子だったし。何かつけ毛とかにつかえないかなってとっておいたの。この髪の毛、エルドリスの魔法で細工できたりする?」
「私のものではない髪の毛…」
その束を手にしたエルドリスは目を伏せ、呪文をつぶやいた。光を帯びた束が、するするっとフクザツな編み模様を作っていく。
お団子と、かわいい花のような編み込みの、見事なつけ毛が出来上がった。
「すごい! 他人の髪の毛でもこれだけのことができるの? これ、ペティちゃんにプレゼントするといいよ! パーティーにつけていったらダンが倒れそう!」
「ということは、サギリは私の髪もつけ毛にしてくれるということですのね?」
「エルドリスにはそのままでいてほしいんだもの!」
一旦は切ることになるけど、これならエルドリスは素敵な編み文化の発信者になってくれるはずだ。
「グライン様、驚くかしら」
「最初、エルドリスだと気付かないかもね」
「怒ったり、するかしら」
「怒ったらそれはそれでエルドリスのことが好きなんだよ」
「気づかなかったら…」
「その程度ってこと。その時はフっちゃいな」
つけ毛にできるように分けてゴムで結び、大事に大事にその束を切った。
ドキドキした…最近こんな仕事ばっかりだ。
シャンプーしてだいたいのイメージを決める。つけ毛を付けられる程度の長さにしときたい。その代わり前髪を作りたいんだよね。かわいくなると思う。
カットの準備をし、太いハサミを握って祈る。
エルドリスの将来に幸せが訪れますように。
「まあ…ペティの時も思ったけど、前髪があると顔が変わりますのね」
少々長め、斜めに流した前髪。横も少し、頬くらいの長さにしてある。後ろはつけ毛ができるセミロングだ。せっかくなので毛先を巻いた。
「このくらいなら結べるからつけ毛もカンタンだし、すいてあるから向こうでも手入れは楽だよ。エルドリスの髪質は素直だし、ちょっとクリームをつければまとまるし」
前髪がある分、若くなった(?)感じかな。やっぱり私より年下だってわかる。
「すっごくかわいいよ」
「そうかしら?そう…言ってくれるかしら…」
彼女は頬を赤くしている。
「かわいいって言われたらもう告っちゃいなよ!」
「もうやだ、サギリったら!」
「ていうか、もう呼んじゃったんだよね」
私は、ポケットからスマホもどきを出した。
「ディーに伝えたの。グラインさんをここによこせって。夜だし送ってもらいなよ」
ものすごい音がして、『稲妻のグライン』が馬でやってきた。人類最速の騎士さまである。
「あの、エルドリス様がここにいるって…こんな夜に一体…ええっ?!」
赤毛でマッシュショートのイケメンさんが、店に入りながらきょろきょろし、そして、一点を見つめる。
「えっ…エルドリス様…ですか?」
「ごきげんよう、グライン…その、私も村へ行こうと思って」
「あなたが? その、えっと、私もそちらへの派遣が決まり」
「そう耳にして、決めたのです」
イケメンさんは手で口を伏せた。「本当ですか」
真っ赤じゃんよ。
エルドリスは彼の目を見つめ、はっきりとした声で言った。
「グライン様、隊長就任おめでとうございます。もう私たちに身分の差はありません。一緒に村を作っていきましょう。私はその覚悟です」
私がニヤニヤしているのを見たグラインさん。コホンとせきをした。
「では、送らせていただきます。夜は危険ですから、馬にお乗りください」エルドリスをエスコートした。
ほーん。私には聞かせないつもりだな。
二人は馬に乗ってゆっくり帰っていった。私は見えなくなるまで店の前に立ってたけど、いい雰囲気だったな。
ところが、今度はダンがしょんぼりしていた。
「ペティは…ディーさん側なんだって…そりゃあ仕方ないけど、俺はお姉さんたちのラブラブを見つつ一人なのか…」
「そりゃそうだ。ペティちゃんは若いしね」
がんばれ、若者。