ヤンキー商人再び
ダンが出勤拒否を始めてしまい、引きこもりがちになって一週間。店でお客と話したり、暇なときはスマホをいじっていたりする。
「あんたいいの? 行かないでいると怒られるんじゃないの?」
私は仕事をしつつ弟に話しかける。
「もしそうならとっくに親方来てるって。みんな今、チートを使いたくてそれどこじゃないんだよ。前もそうだった」
そんなことを言いながら深~いため息をついていると、ダンにお客が来た。
「よーお。工房にいるらしいと聞いて城行ったのに、店にいるって言われたよ。無駄足させんなや」
貫頭衣にストールをまいた、ちょっとここの人とは違ういで立ち。一瞬ひるんだけど(前例があるので)、もう一人同じ感じの人がいる。
「ああ…カーディナルの」
国交が復活した途端うちに押し売りに来たカーディナルのヤンキー商人さんだ。一回近衛に捕まったりしてたけど、正式に通行証を持ってるちゃんとした商人らしい。
で、一緒にいる人…この人は初めて見る。商人さんより明らかにいい服だ。ストールは巻かずただおろしている。
私よりは少し若いかな。なかなかのイケメンさんだが、髪の毛が…ぱっつんだ。
なんていうか、前髪もあるし長さはショートだし段はついているんだけど、全部ぱっつん。
ギリシャやローマの昔の人みたい。
「どうしたの? 偉い人…っぽい人連れてるけど」
私が商人さんに近寄ると、彼はニヤリとした。
「ああ。ビッグビジネスの話をしようと思ってな。この方は俺の話にのってくれた貴族様だ」
その人はスッとでてきて人差し指を両肩にトトっと当てて頭を下げた。
「アズーと申します」
カーディナルの挨拶らしいな。
私は仕事中だったので手をぽんとはたいてから手を出した。「初めまして!私、サギリ!」
すると、彼は非常に冷たくこちらを見た。「あんたじゃない。用があるのはダンという者だ」
「はあ?」
「女には用がない」
「ちょっ」
貴族様は私をガン無視してダンに顔を向けた。
「ダン殿。彼…アスワドから話を聞きました。カーディナルとメリクールの間に村を作る構想について」
「ええっ?!」
ぼんやりしていたダンにスイッチが入り、誤作動でも起こしたみたいに声を上げた。私も驚いた。
確かその話はディーを加えて3人だけで話した空想話だったはずだ。
「その話、どこで聞いたんですか?」
「込み入った話になりますから、別の場所で話しましょう。外の店などどうですか」
「いや、上に部屋がありますのでどうぞ。お茶も出しますから」
「アズー様、ここで出す『こうひい』が美味いんですよ」
商人さんが飲みたそうだ。っていうか、アスワドっていうんだ。名前を初めて知ったな。
三人は上に上がっていった。私は置き去りにされたし、あのぱっつんに失礼なこと言われてムカムカしていたけどお客さんはいるし、話に入るわけにいかない。
(私だってあの話に関係ないわけじゃないのに)
しかし、カーディナルの髪を扱う職人さん、まっすぐにしか切れないみたいだなあ。
私の髪を切ってくれる人はどこにいるんだろう。
で、仕事を終えた後私はダンから話を聞きだした。
「信じられない話だよ。あのヨタ話を本気にしてるなんて。不可能じゃないけどさ、数年はかかるんだぜ?」
カーディナルとメリクールはつい最近まで馬で五日かかる遠さだった。馬車が早くなったことで二日くらいで着くようにはなったらしいけど。
でもカーディナルは食べ物が少なくて、メリクールから農産物が欲しいらしい。輸入に関して王都周辺から運ぶより途中に村を作ったほうが手っ取り早いわけだ。
それから、宿も欲しいんだろうね。
「でもその話、どこから聞いたのかなあ?」私は心配になる。
「それは大丈夫。ディーさんと話をしたらしいよ」
「ほんと~?」
組み合わせ的にいろいろわからない。
「姉ちゃんあの人にキレてるみたいだけど、なかなか頭のいい人だよ。国のことよく考えてるみたい。カーディナルは砂漠だらけで土が悪いんだって。農業できる場所は限られているから、メリクールと商売したほうがいいって考えらしい」
目がポヤーンとしている。いけない、ダンがふてくされてたところにこんなウマい話が来てしまった。
「相手は異国の人だよ? 押し売りだったんだよ?」
私はダンの肩を揺さぶる。
「二人とも、いるか?」
下からディーの声。「今日は用件だけだ。もういらしたと思うが、アズー殿の話は王から出たものだ。ダンさえよければ魔法師団も動くし、俺たちもサポートすることになるのだが…」
「マジで?」私は階段を駆け下りた。
ディーが前髪を少しかき上げながら目を伏せる。
「実は…父上にダンの話はしていたのだ。兄上がセラミックを売りかねないと思ったときにな。それで父上がアズー殿と話しているうちにあの話を出してしまったらしく…父上も国交には乗り気だからな」
「じゃあ、ヘンな話じゃないのね」ホッとする。
「ただ、こちらも急激に動くことになりそうだ。近衛を二つに分け、一方をそちらにつけることになるだろう。まだ魔物は消えたわけじゃない」
まさか。
私はディーを見上げた。
「ん?」
「ディー、そっちに行っちゃうの?」
「いや、俺はこちらでの仕事があるからな。グラインを隊長として、彼に任せることになるだろう」
「そっか!」
「心配だったのか?」
「当たり前じゃん!」
私はボディーアーマーをたたいた。
「せっかく両想いになったのに、離れるなんてやだ!デートもしてないんだよ!」
「サギリ…」
少しだけ困った顔をしたようだが、しばらくしてゆっくり笑った。
「そうか。そんなに俺を…うれしいものだな」
頭をポンポンされる。
「もっと、そんなサギリが見たい」
そっちは余裕かよ!
「あーのー。イチャイチャしてないでこっち上がってくださいよ」
さっきの浮かれっぷりから一転、実に冷静な目をした弟。
「出来上がってる人たち見てたら頭がはっきりしてきた」
それは…なによりだ。
「とりあえず明日、王様と話をする。で、工房にもいく。職人さんたちも何人か協力を仰がなきゃいけないから」
ダンはテーブルの上で手を組んだ。
ディーはお茶だけということになった。緑茶におせんべい。
「俺は二つの国の中継地はあったほうがいいと思うんだ。今は野営をしているらしいですよね。宿があったら安心です。そして、道路の整備もしてみたいし、あとは行ってみないとわからないけど土壌改善や農業指導もしてみたい」
弟がさっきの浮かれっぷりをさっさと消してもうあれこれ考えているのに驚いた。でも…
「ダン、でもそれだと、当分向こうに行くことになるよ」
「そうだね。でも今は近衛さんたちも強いから大丈夫だと思うよ」
「そうじゃないよ」
私はダンをみて、テーブルに目を落とす。「ダンはひとりで、ヘーキなの?」
「俺は姉ちゃんの仕事を邪魔したくないよ。そっちが大切だろ」
向こうは覗き込んできた。
「店は動かせないんだし、ウチのインフラはこの世界では整わないし」
そしてダンはニヒ、と笑った。「姉ちゃん、外でトイレ行けないじゃん」
うっ。
数時間だったけど、牢屋に閉じ込められた時のことを思い出す…
つぼ…
エルドリスの家に行った時も、立派な陶器だったなあ。まあ、あれなら大丈夫なんだけど。
「その点、俺は男だしヘーキだよ。フロも二~三日入らなくったって大丈夫だし。姉ちゃんはここにいるべきだ」
弟はしっかりと私を見た。そして、もう一人に話しかける。
「ディーさん、姉をよろしくお願いします」
「もちろんだ」
ディーが私の肩に手をおいた。
「というかね」ダンが少し、眉をよせた。「アズーさんの話の中で気になることが…いや、彼の表情かな。もしかするとカーディナルに何かあったんじゃないかって思うんだ。俺はそれを知っておきたいんだよね」
そうなんだ。
8つ年下の弟、母さんが亡くなってからだいたい3年。二人っきりだったけど…この世界にきてすっかり大人びたなと思ってる。
自分に思いがけない使命があったこととか、彼女のこととかあったけど、この子はどんどん成長していくんだな。
「わかった。私はここで待ってる。ダンもボディーアーマーを作ったほうがいいよ。ほんとに、気を付けてね」
それからダンは勝手口からいくつかの本を取り出してあれこれ書類整理を始めた。私も、本嫌いはやめよう!と決めたからタイトルと目次は見てるんだけど、農業の本っぽい。なのに化学式書いてある…。
また全然違うジャンルに手を出してるんだなあ。
本当はダンが異世界に必要な子だったんじゃないの? と思ったりしたものだ。魔力をつけてあげないなんて神様もひどいよね。