おびやかすもの
ベランダに頬杖ついて、ぼーっと空を眺めていた。
ああ、空はこんなに青いのに。
おひさまはとてもあたたかいのに。
「な、姉ちゃんのこと言わなくてよかっただろ。人の髪を切るのが生きがいです、なんて言ったらこの国ではテロリスト扱いだよ」
突如、どでかい望遠鏡が横に伸びてきた。
「…あんた、それどこに隠してたの?」
だいたい、うちにそんなもの置くスペースがない。
「まあいろいろと俺も働いてるんだよ」
ピカピカの新品だ。
「これを覗かせる商売やったら儲かるかな」
兵士さんたちはとりあえず私たちに敵意がないことを確認し、念のため魔術師を呼んでくると約束して帰っていった。
隊長さんはその名の通りエライ人みたいなので、私たちがこのまま暮らせるか国のエライ人たちと話すらしい。
(それにしたってねえ…)
私が仕事したらこの国の人が社会的に死ぬって何だよ。
昔の日本では、旦那さんが亡くなると奥さんは髪を切って尼になり死ぬまで旦那さんを弔ったというけれど。
男の人はそういうのないじゃん。自分でお坊さんになることはあっても、都合で戻ったりするじゃん。大河ドラマで見たよ?
「宗教ってのはさあ」
ダンは望遠鏡ごしに何か見つけたようだ。のぞき口を指さした。片目で、確かめる。
「え、何あれ…ガチ?」
街はずれのその先。ずっとずっと向こう。草が生い茂り何もない場所だった。兵士が十数人、何かと戦ってる。
その中にきらめく緑の鎧の人。
あのおっかない刀を抜いて、犬のような生き物と一対一。刀を一振り、二振り。
三振り目。当たった。すると犬みたいなのがグシャ!と崩れた。ディーズさんの鎧は真っ赤に汚れる。
「なんなの?グロすぎるんだけど!ゲームの比じゃないよ!」
「あの人たちは必死で国を守っているんだよ」
犬もどきは一匹だけじゃない。隊長はなんとか倒せたけど、兵士の一人が複数の犬に囲まれてしまっていた。
助けに入る人たちもいたが、その兵士さんは…
私はレンズから目を離し、見たものを消し去りたい思いでまぶたをこすった。
「宗教は、人が生きる知恵なんだ。まあ俺はちょっとしか学んでないけど、俺らの世界にも仏教や神道、キリスト教とかあって、その決まり事が全然今の生活にあってなくて信じる意味ねーじゃんと思うことあるだろ。
でも、その宗教が始まったころは、決まりを守ることがサバイバルだったんだよ。イスラム教の人が豚肉食べないのは簡単に言うと食中毒回避だし、一夫多妻制は旦那さんをなくす女性が多かったかららしいよ」
亡くなってしまった兵士は、そのまま燃やされてしまったらしい。
「あれも多分、魔物に肉を食べさせないためだろうね。人間の味を覚えさせないため。あとは火をつけることで魔物をよける意味があるかもしれない」
レンズ越しでしかわからない遠い遠い場所で、あの人たちは命をかけている。
「多分長髪なのは首周りを守る名残りじゃないかと思うんだ。こっちでも古代にそういう国があったんだって」
「そうなんだ…」
私は手を合わせた。西洋風のこの世界で「合掌」は違うかもしれないけど、どうしても日本人の私はこうなってしまう。
どうか、安らかに。
そして残された家族の人たちが、うまく暮らせますように…