職人さんのプライド
朝が来て、二つの月を見ながら看板を出す。
店回りを掃除していると、お客さんがやってくる。
「いらっしゃいませ!」
修業時代に培った営業スマイルも、受付での振る舞いも、ようやくようやく、今、使えるようになった。
メリクール王国には魔物がうじゃうじゃいて、それから身を守るために生まれた宗教がある。
そして「髪を切ってはならない」戒律もその中にあった。
首などを守る生活の知恵から発したものではないかとダンは教えてくれたけど、今はディーたちがチート能力で魔物を蹴散らし、ダンがボディーアーマーを作ったことで必要がなくなった。
戒律が消えて国王もイケオジショートになって、私もここ数か月で仕事ができるようになったけど、まだその変化についていけない人もいるかな。
一方で髪を切りたいけどお金をかけたくない人は結べるくらいの長さに自分で切っちゃってるみたい。
(生まれてから一度も切ってないとすれば、頭と首に半端ない負担だもんね。洗うのも大変だろうし)
私も、一日に手掛けられる人数は限られているから、お客が殺到されても困るし今くらいでちょうどいいかな。
あと、いろいろな人を手掛けてみて気づいたことがある。
今までは近衛隊中心に髪を切ってきた。10人ほどが怪物的チート技を出せるようになったんだけど、商人さん、職人さん、主婦、子供…と手掛けてきてその人たちにチートが出てる様子はない。
「王様の髪型、いいよねえ。俺もあんなふうになる?」
「あなたはもう少し短いほうが似合うかなあ」
「私、子供が生まれるんですが髪が重くって。どのくらいにしたらいいかしら」
「それならショートが扱いやすいんですけど、でも結べるくらいでもいいですね」
「モテるようになりますか?」
「ねえ、どこでそのウワサ広まったの?」
私が町の人にチートあっても大変だろうと思って「祈り」の儀式(ハサミを両手で握るジンクス的なもの)をしてないからかもしれないんだけど…
「姉ちゃん今日も繁盛してるねえ。俺今日ヒマだからコーヒー出すよ」
「ありがと~!!」
弟のダンは工房に行かない日は店でコーヒーを出し、待っている人の話相手になったりしてる。この子のことだから世間話から何か引き出そうとしてるのかも。新しい道具とか。
と、ここでとても意外な客が来た。
「よう、久しぶりだなダンの姉ちゃん」
鍛冶衆の親方、トトキアさんだ。背はダンとほぼ同じだけど、筋肉が服からはちきれそう。ダンの上司にあたる。
「親方?こ、こんにちは!」
ダンが立ち上がり、姿勢を正す。へえ、向こうは厳しそうだな。
「あの…親方、まさかお客さんとして来たんですか?」
「遊びに来るわけねえだろうが」
職人さんたちは前もみたけど、長い髪を絶対に肩につかないよう結って、いくつかに折り曲げるという独特なヘアスタイルだ。火を使うからだろう。相当頭と首に負担かかってるだろうなと思ってた。
「お前の姉ちゃんが『神の手』なのは知ってる。どんなもんなのか、まず俺が調べに来たんだ」
親方はダンにこそっと言った。
「神の手」の呼び名はお城の中だけで使われてる。私もあまり広められちゃ困るし、そんな大仰な名前は欲しくないし。
「なにしろ俺らはほら、こんな非効率な頭だからよ」
だよねえ。親方は首がめっちゃ太いから大丈夫な気がするけど、女の子の職人も結構いるって聞いてるし。
それにしてもこの頑固一徹!を体で表した人がわざわざやってくるとは。
「順番があるんだろう? 待たせてもらうわ」
親方は待合いソファにドカッと座った。ソファが沈み、音を立てる。
鎧をつけてた頃のディーだってそんな音しなかったのに…
(後で強度高めてもらおう…)
店を開いてから、私はまずシャンプーする前に質問することにしている。
「あの…親方の番なんですけど、親方はバッサリいきたいんですか? それとも、今みたいに結んでおきたいですか?」
「なんだ? 何故そんなこと聞きやがる」
腕を組むと、さらに筋肉が盛り上がる。
「あのですね。ここの国の人は髪を切らないからものすごく髪が長いわけで。先にシャンプーすると私がとてもやりづらいんです。先にある程度大まかに切れるなら切りたいんですよ」
「ふーん。王様や近衛みてえにしたいのかどうかってことか」
後ろでダンがひやひやしているっぽい。よっぽど怖いんだな…
親方は少し手で頭を触って考えていたが、
「まあ、力が備わるっつうんならお前に任せる」
おお。そっちを期待してたのか。これは荷が重いぞ。
「では、言っておきます。実は、馬の尻尾の毛も私が切ってるんですけど…」
私は耳打ちした。「ディーがたまに乗ってる羽の生えた馬…あれ、私のせいなんです」
荷車運搬馬のドサンコちゃん。なぜかペガサスになってしまった。そのおかげで私は死なないで済んだんだけど。
「マジか」
「マジです」
すると親方はダッハッハ、と大声で笑った。ほかのお客さんがぎょっとしている。
「面白え。それはそれでアリだろ。安心しろ、俺はダンのセラミックでもう驚くものはなにもねえんだわ」
そう言って髪の紐を自分で解いた。
「じゃあ、先に切ってくれ」
そして一旦チェアに腰掛ける。私はクロスを軽く巻いて、その髪をみた。
そっか。この人40くらいかな。王様ほどではないけどとても髪が長かった。うねりのある黒い髪だ。
でも…職人としてあの結い方は誇りだったりしなかったのかな。
「本当に、いいんですね? 多分すごく切ると思いますよ」
とりあえずなので、私は太いハサミを持つ。
「ああ。王様があんな頭になって職人たちはいろいろ悩んでいてな。だったら俺がまず試してあいつらを安心させてやんなきゃなんねえ。ま、どんな力がくるか楽しみにしてるよ」
「かしこまりました」
手を胸に当てて、頭を下げる。この時ほどドキドキしたことはない。
粗いコームで流れを整え、えいっという気持ちでハサミを入れた。
職人としての年月が、するっと床に落ちていった。
シャンプーを終えた感じとしてはやっぱり、かなりの剛毛で癖が強いということ。あと、頭にハチが張っている。
手ごわいぞ。
細長いハサミを手に取り、両手で握った。
──親方にふさわしい力が、やってきますように。
ダンも立ったまま腕を組んで見つめている。私は後ろからコームを使ってぐぐっと刈り込んだ。形をある程度作ると、細かいセニングに取り換えて全体的に上まで短く整えていく。
職人さんだし、火を使う仕事だし、汗はかくし、そもそも長髪は全くの不向きだったのだ。それでも彼らは火で事故を起こさないよう肩から降ろさないよう髪を結ってきた。見ればわかる職人さんの、プライドだったと思う。
サイドのカットに入って、耳の上までがっつり刈られているのを見ながら親方は少々眉を動かしたが、すぐ戻してじっと鏡を見つめていた。
(気持ち的にうっかり角刈りしそうになった)
が、いくらなんでもそれは古すぎる。上も全体的に短くはしているが少々残し、ワックスで立たせる。
ソフトモヒカンだ。
「おおお!!」ダンが先に叫んだ。「親方、ちょーカッコイイ!男前!」
「そうなのか?」
私はクロスとタオルを外し、バックミラーで合わせ鏡して後ろを見せる。
「みんなびっくりすると思いますけど、お似合いですよ」
「すごいな。頭がいっこなくなったみてえに軽いな」親方はざりざりと後ろ頭をなであげる。
満足の出来だ。40代の親方、少し若返った気もするし、イゲンは残せていると思う。ひっつめてたのがなくなった分目は優しくなってるけど。
「職人さんはお風呂頻繁に入りそうだし、短いほうがいいと思うんで部下の人たちにも伝えてください。あと、力はランダムだってことも。力は…外で試してください。火を起こすときは特に」
「なるほど、近衛は城の壁ぶっ壊してたもんな」ニヤリとした。
「姉ちゃん、面白そうだから俺親方についていくね」
二人は店を出て行った。
すごいな。国ではディーとほぼ同じ地位で、職人として長年やってきた人が新しいものをサクッと受け入れちゃうんだ。
まあ、ダンとボディーアーマーやらタイヤやら作ってたから意識は変わってたんだと思うけど、覚悟決めたんだよ。
部下のみんなのために。
そういう人が、ホンモノなのかもしれない。
さて、その親方のチート。
「はああ?」「はああ?」
親方が二人になったんだそうだ。仕事を始めようとすると二人になり、休憩に入ると一人に戻る。
つまり、仕事が倍できるようになったってこと。
二人で火を起こして高温加熱もできるし、電気も起こせるし、ぼやぼやしてる弟子たちを二人で見回れるというありがたくない使い方もするらしいけど。
そして職人さんたちが店にどっとやってきた。女の子はボブか長めのショートにしたけど、男性たちはみんなソフトモヒカンにしたがった。
「いやいや、人には人に似あう形があるから!」
私はそれをいちいち説教しつつ、でもだいたいベリーショートかボウズ系にしてったけど。
でも一人だけは「俺はこのスタイルを残したい」と言ってポニテできるくらいの長さに収めた人もいたな。そういう人がいてよかったと思った。
で、職人衆のレベルがガツンと上がってダンが工房から帰ってくるなり落ち込む姿をまた見るハメになる。
「もーやだ。前からあいつらチートだけど、チートがかけはなれてる。俺、もうあそこにいる自信ない…」
またセラミックの種類は増えたし、ダンにもなにがなんだかわからない石ができちゃったそうだ。
こうなると今度は一緒に働く魔法師団も黙っていられないのだが、それはもう少し先の話だ。
「祈り」があれば力は伝わるらしい。
その法則をようやく私は知るのである。
おそらく、私の想いも含めてだ。