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私の、大事なお店。


月が二つ。夜が明けるのも日が暮れるのも早いこの世界。

(そろそろ店じまいかな)

 新しく作った店の看板をたたんで中に持ち込もうとした時だった。

 女の子が、立っていた。

「ああ、この前はありがとうございました。あれからヘアスタイルの調子はどうですか?」

 私がその子に話しかけると、手も肩も震えている。これは…と思い肩を抱いてお店に入れた。


 弟のダンがそっとコーヒーを二つぶん置いて二階へ上がっていった。私はスツールに、彼女は待合用の長いソファに。

 コーヒーの入ったコップを手に取り、温かいからか彼女は少し落ち着いたようだ。

「私…」

「うん。落ち着いて話せるまで待ってる」

 彼女はうなずいて、コーヒーを一口。目を閉じて、開けて、口を開けた。

「私、ここで髪を切ったら恋が叶うって友達に聞いて…。だからこの前お世話になったんですけど」

 この国の人は皆髪の毛が長く、彼女もそうだった。お客として来た時、少々膨らみやすい髪質だなと思ってあまり短くせずレイヤーを入れたセミロングにしてある。

「もう、彼には好きな子がいて、その子しか考えられないってはっきり言われたんです」

 ぽろり、と涙がこぼれた。彼は誠実だ。OKしてたらとんでもない奴だ。

「そっか…」

「ごめんなさい、あなたに愚痴っても仕方ないってわかっているんです。でも、気持ちのやり場がなくて、足がここに向かってしまって」

 私の手には、とある力がある。

 でも、最近は使わないようにしていた。

 ぶつかり合う二つの動きに同じ力を与えたとして、どちらも幸せになるだろうか?

 幸せだった人を不幸にしないだろうか?

 答えは出ないし、それでいいと思ってる。

「でも、あなたは告白したんだね」

 私もコーヒーを飲んだ。ふんわり香りが広がる。

 彼女はうなずいて、また涙の粒をこぼす。

「勇気をふりしぼって、思いを伝えられた。すごいことだと思う」

 結局、私はそれができなかったんじゃないかと思ってる。だから、彼女はえらい。

「そうですか…?」

「そうだよ。そのあと、何が起こるかわからなかったんでしょ?」

「はい。うすうす、気づいていたんですけど」

「伝えずにいられなかった。行動を起こしたかった。それで、十分だよ。あなたは、恋をしたら動ける子になったんだよ」

「そうなのかな…」

 彼女は鼻をすん、と鳴らした。コーヒーを飲もうとして、髪の毛がコップに入りそうになり手を止める。

「あ、ありがとうございます」

 そしてふと、彼女の顔が変わったな、と思った。

 一つの恋を乗り越えたんだ。

「ねえ、私の国では失恋すると髪を切って気分を変えるなんてことするんだけど、今あなたの髪切っていいかな?」

「え?」

「大丈夫。もう店終わったし、これはアフターサービスのお直しだから。今、ひらめいたの」

 銀のクロスをかけて、シャンプーはせずに霧吹きで髪を濡らす。この国の人も髪質はさまざま。特にこの子は日本人に多い髪質だ。

「私に、任せてもらっていい?」

 鏡越しに話しかける。まだ少々目をはらしている彼女だったが、

「はい」

 しっかりした声だった。

 私は太いハサミをもって祈った。

 この子に、これからの幸せが開けますように。

「それはおまじないですか? 前はやっていなかったような」

「うん、今は特別なんだ」

 私は大胆にハサミを入れた。セミロングの髪が顎あたりで切られ、落ちていく。彼女は鏡をじっと見てた。唇を引き締めて。

「ドキドキする」

「そうだね。店を開いてから、女の子のお客さんはあまり短くしてなかったんだけど、今日のあなたはもう、恋するお嬢さんじゃないなって思ったの」

 少し段をいれて、ふくらまないように中だけ量を減らして。

「これからは、お姉さんになろう」

 前髪は斜めに流すようカットした。女子高生みたいだった彼女は、ショートボブの女性に変身した。

「サイドの髪をちょっとだけ残して耳にかけたりすると、また印象が変わるの。この前あげたワックスで日によって変えてみて」

 切り終えた後ミラーを持って合わせ鏡で後ろ姿を見せる。彼女は自分の変化に目を丸くしている。

「この前も変わったと思ったのに! まだ変わるなんて」

「恋って難しいよね。人の気持ちをくるりと変えることはできないから。でもあなたはもう変わったから、きっと明日から楽しいことがやってくるよ」

「はい」

「私も祈ったからね」

 私がニヤリと笑うと、彼女も笑った。もう、全然違う女性だった。


「暗くなっちゃったね。近衛の人、呼ぼうか?」

「大丈夫です! もう魔物は出なくなったし、家はすぐですから」

 彼女は町の中を踊るように駆けていった。

 私はふかくお辞儀をし、見えなくなるまで手を振った。


 よかった。今日のお客さん、彼女が最後で。

 いい仕事できたなあ。

 弟のダンが気配を察して降りてきた。「姉ちゃん、そろそろ来るってさ」

 スマホの形をした板を見せる。

 私とダンはもちろん本物のスマホを持っているが、これは違う。この国で作られた特別な「情報手段」なのだ。

 スマホもどきは、ピンクに光ってる。

「もー!なんでそう、直球かなあ!」

「何がいけないんだ?」

 もう後ろに立ってた。振り返る間もなく背中から抱きしめられる。

 大きな腕、大きな身体。

 私は顔をほてらせながら、その相手を見上げる。

 緑の瞳、黒髪短髪のイケメンさんである。

「今日も一緒に夕飯が食べたい。生姜焼き?がいいのだが…」

「あーもう! ディーったらすっかり舌が日本にやられちゃってさ! こっちは給料もらえるまでずっとあれ食べてて飽き飽きしてたのに!」

 信じられないことに、このイケメンさんはメリクール王国近衛隊隊長で、しかも実は王子様…という肩書きつきのエラーい人で、

 そして、私のカレシなのである。

(今でも信じらんない…)

「じゃあ俺、先に生姜焼きの仕込みするから」

 ダンが空気を読んで二階に上がってしまった。最近は、いつもこう。

「サギリ…今日も仕事は順調だったか? 変な客に怒鳴られたりしなかったか?」

 私の髪をなでる。

「ディーこそ、お仕事とか他にもいろいろ大変だったでしょ?」

 私は彼のボディーアーマーに顔をうずめた。

 つきあって、何か月になるのかな。

 美人でもないし、ガリガリで凹凸もなんにもない私をこの人は飽きもせず愛してくれる。

 まあいろいろと、ほんとにイロイロとあったんだけどね。

「サギリ、いつものは?」

 イケメンさんが、さみしそうな犬みたいになってる。

「はいはい」

 私は彼の顔に手をあてた。そして、目をじっとのぞき込む。

 少し、また髪が伸びてきたかな?

 なんて思いながら、ディーが目をゆるっとさせてくるのをそのまま受け入れる。


 お帰りなさいの、キス。


 立ち仕事の疲れ、話を続けなきゃいけない疲れ、

 いつもこの一瞬で吹っ飛ぶのだ。

「大好き」

「サギリ、愛してる」

 二度、三度、キスを交わす。そして、最後にお互いのおでこを軽くぶつける。

「じゃあ、ご飯にしよっか。生姜焼きが焼ける匂いしてきたし」

 私が階段を上がると、隊長さんもついてくる。今までは絶対に上がろうとしなかった生活スペースに、自然と踏み込むようになったのだ。

 これはつまり、私たちの関係はそういうこと…なんだよね?


お待たせしました。第二章です。ゆっくり更新していきたいと思います。

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