王様の反省
「大変に、申し訳なかった」
私たちは城に呼ばれた。玉座に向かいひざまずいてお話をするのかと思ったのに、少し規模の小さい部屋に通され、同じテーブルに向かい合った。しかも、食事をするような近さだ。
王様は立ち上がり、テーブルに手をついて私たちに頭を下げたのだ。
「いえ、王様、今は何ともないんで!」
「そういうの俺ら逆にビビるんで、やめてください」
私たちも立ち上がりついつい頭を下げる。
王様の両側にはプルーナー王子とディーが座っている。
「父上、二人はそういってますし、次の話をしましょう」
「う、うむ…とはいえ、私は何も見えず、見ようともせず。カランビットに苦労を強いて、全くその心に近づけずにいた…全て私の鈍さが原因だ。私はもう…王を」
「ああ…言うと思った!おやめください父上。私はまだ王になるつもりはありませんから。まだ妃も迎えてませんし」
王子が言うと、王様は眉間に手をやる。「それもこれも、お前がそういう質だから…」
王子がエヘヘと笑った。「いずれ、いい人が現れたら」
ダンは座って王子たちの話を聞きながら、しばらくじっとしていたのだが、そこで頬をかいた。
「あの…王様って…いつもはどんな仕事をしているんですか。ディーさんが会いたいといった時も連絡が伝わりませんでした。何か、お仕事が偏ったりしていませんか?」
「ん?」
「んん?」王子二人がきゅっと口をゆがめる。
私はこういう時、お茶を黙っていただく。
「おそらく今はカーディナルとの国交や、これからの貿易についてお忙しい。でもその前は?
あれですか?貴族の人たちが毎日会いに来ていちいちお話している感じですか?それ、ムダですよ」
王様は図星を指されて息をのんだようだ。「とはいえ、彼らの訪問を無視しては機嫌を損ねる。遠方の伯爵は軍事で疲弊しているし、彼らの領地から得る物資が滞ったりするからな」
えこひいきダメ絶対ってやつだ。
「というか、今どれだけの貴族と会っているんですか?」
王様が答えると、プルーナー王子が立ち上がった。「初耳です。なぜ私に黙っていたのです!」
「右大臣が、あれもこれもと」
「いつから?」ディーも問い詰める。
「一年前…だ…」
うーん…あの右大臣…あの人が一番やばかったのかも。
敵はいくらでも、いつでも、どこからでもやってくる。
「早急に修正が必要です。右大臣は口が達者だ。父上はあのおしゃべりに惑わされたのでしょう。私が一発、『黙らせて』やります」
おおっ、王子の力、めっちゃ役に立つ!
「あとは謁見の仕方ですよね。一人ひとりに会わず、こうしてテーブルを囲むのが効率的ではないでしょうか」
ダンがテーブルクロスに触れた。「俺らはこうして近くで話せると光栄だと思えるのですが…貴族の方はいかがでしょう。それに遠方の方はここに来るのが大変です。むしろ相応の物を送ったほうがいいかと」
私はかごに入っているクッキーにも手を出した。おいしい~。
「サギリ、女性がリスのようにほおばるものではない」ディーがたしなめる。
「でもこれ、おいしいよ?みんなでお茶会して和めばいいじゃん」
「貴族がすべて、お前のような考え方ではないのだ。相性もあるしな」
「相性って。心のありかたとか、そういうのをおさめるのが国教じゃないのお?みんな不信心だからケンカするんだよ。ケンカしてたら、魔物なんか倒せないでしょ」
王子がふきだした。「サギリ、全くその通りだ!では茶会の前に祈りを捧げ、国教について語る時間を設けましょう。彼らも少し変わる。なにより効率的。父上、どうでしょう」
「うむ。こうして話していると、互いの顔も見えやすく相手の心も多少なりわかってこよう。
私はその分…他に目を向けないとな」
王が言うと、三人が立ち上がった。
「私と一緒に外に出て噺をしましょう」
「軍部も見てほしいです」
「工房にも来てください!今、すごいの作ってるんです!」
「うむう…そんなにいっぺんに…だが、これが本当の王の務めだな」
あ、王様ってわりとディーに似てるな。苦労性っていうか、眉の寄せ方とか。
ディーとリュミエール様の共通点は黒髪くらい。ディーはお父様似なんだ。
プルーナー王子は王妃似だしね。
「しかし…」王様が私たちを見まわした。
「髪が長いのは私だけか。なんだか私だけ取り残された気がするな。どうだろうサギリ殿、私の髪も触ってくれぬか?」
「ええ~っ?!めっそうもない!」
自分のまわりだけおかしのくずが散らばっていて、慌てて集める。
そんな私を見ながら、王様は笑い、そして真面目に私の目をみた。
「この国は変わらねばならない。王を降りようと思ったが、息子たちが許さぬ。なら、私が変わらねば。国教については私にも権限がある。変えてゆこう」
うわあ。
うわあ。
私は、周りを見た。
「いいんじゃないの?」
「俺も父上の新しい姿を見てみたい」
「サギリ、最高の仕事を」
うわーっ!!
私は立ち上がって、両手を広げた。「そしたら、普通の人も変わっていくよね!お客さん来るようになるかな!仕事、できるー!!」
王様はびっくりしたが、両側の王子たちがポンと肩を叩いた。
「ああいう子なんだよ」
「異国の者ですから…」
そしてダンが両腕を頭の後ろにやった。「ようやくだね、姉ちゃん!」
王様のカットは、粛々と行われた。右大臣、左大臣、ほかの偉い人達も店に来て…ヒヤヒヤしたけど王様のシャンプーをしていたらスイッチが入った。
頭の形は遺伝か?どこもでこぼこしてない。それに、全然はげる予感がしない。
素敵なグレーだもんな。これは生かすしかないよね。
「お…おお…」
「王様の御髪が…!」
そんな声も上がったみたいだけど、私には入ってこなかった。ただ目を伏せて待つ王様の髪を、遠慮なく切っていく。
王子二人よりは長くていい。襟足は丁寧にカットして、あとはふんわり後ろへ流すようなショートに。
ワックスを付けてドライヤーで乾かしながら、束感をだす。
「おお…これは。これが私か!」
目を開けた王様は、自分の顔を触って鏡の自分を確かめる。
いや~いい仕事したわ。もともと映画俳優みたいな顔をしてると思ってたんだけど、本当に再現できてしまった。
ちょいワル親父っぽい、とは言わずにおこう。
「父上、いいですね、いいですよ!」
「若返ったように思います」
王子二人は非常にほめているが、大臣たちの反応は様々で、僧正長は今にも倒れそうになっている。
「あのねえ」そう思って残しておいたのだ。私は僧正長に王様の髪の束を突き付けた。「あんたが信じるものはこれなの?王様なの?さしさわりがあるっていいたいなら、儀式のときだけこれつけてもらえばいいんじゃないの?」
向こうは何も言えなかったのである。