おとぎ話
ヨロイに阻まれ、動けなくなる私たち。
そして、ゆったりと王妃が後ろから歩いてきた。あの時とは違い、美しく優しい王妃の顔だ。
「プルーナー…あなたという人は、どこまで私を裏切るの!」
そして、私を指さした。
「魔女にそそのかされて…なげかわしい、力まで手に入れたのね? 本当に昔から…かわいげのない子!
今まであなたを育て、たくさんの愛を注いできたというのに! 親不孝もいいところだわ!」
彼女は頭を抱えて大げさに泣き出した。いかにも悲劇の母を演じている。
私は、こぶしを握り締めた。
ふざけるな。
なげかわしいとか、かわいげがないとか、ふざけるな。
恐ろしい親がどういうものか、私はようやく知った気がする。昔ひびの入った腕を私は握った。
私の父さんは、至極まっとうな人だ。
「魔女がいるというなら、それはあなたよ!」
私は叫んだ。「いうことを聞かないから何? 子供は親の道具じゃないし、別々の人間だよ。扱い次第で、壊れるんだよ!
あなたは…言葉が通じないから何言ってもムダかもだけど、あんたの言葉がずーっと王子を傷つけてきたんだよ。そして、本当に自分で壊した…あんたは、恐ろしい魔女だ!」
この声に、王側の建物から顔を出す人がいる。よし。もっと見てて。
私は王妃を指さし、声を精一杯張り上げる。
「あんたはまずディー…ディーズ近衛隊隊長を襲った。そして、お母さまを狙った。この城で、お茶に毒盛ったって聞いたよ!」
「たわけたことを!」
「私、『神の手』は誤魔化せない!」
絶対に許さない。親として、王妃として、この人は、許さない。
「そしてプルーナー王子をこんな姿に。きっと自ら僧侶になったと王に言ったんでしょ。でも違う、言うこと聞かないからってムリヤリ」
すると、上の方から声が降ってきた。王様だ。
「カランビット! お前…プルーナーの件は…まことか?」
窓から顔を出す王様。鳥たちが彼の周りにいる。届いたんだ!
「そうであれば、お前を裁判にかけねばならん」王様は、自分つきの兵士に指示をし、下へ行かせた。
黒いヨロイたちが、戸惑い始めた。事情を知らない人たちもいたんだろう。
王妃は立ちすくんだ。ウソ泣きの涙をぬぐいながら、ぶつぶつ独り言を言っている。
下を向いた。「私は…私は…だって、ベルヌーイ様は…私より…」
≪母上…≫
王子が座り込む彼女に近づいた。そして、肩を取ろうとしたのだが、突然その手を振り払った。
「ああ、うるさい! もう、私は終わった。何をしても恨んでも、すべてが無駄!」
立ち上がる。私に恐ろしい速さで近づき、首を締めあげた。
「魔女めえ!!」
鬼のように恐ろしい顔だ。呪いがかかった時より、ゆがんでいる。
私は抵抗したが、全く力がかなわない。
「魔女の呪いも受け止めてやる。その前にお前が憎い!憎い憎い憎い!お前の息の根を」
「姉ちゃん!」
ダンも王子も王妃にしがみつくが、火事場のクソ力ってやつなのか、私の首にかかる力はどうにもならなかった。
苦しい…息ができないと、視界が周りから黒くなるんだ。
でも大丈夫、これでもう、この国は平気…
私を殺せば王妃だってただじゃすまない。
──私一人が死ねば。
ドッ、と風が起こった。
風の切っ先で庭の草と土が舞い上がる。王妃が思わず私から手を離す。
私は地面に転がった。息を取り戻し、せき込んだ。
「サギリ!」
えっ?なんで、その声が?
「ええっ、ディーさん、マジ?!」
≪すごいな、まるで物語だ≫
ダンも王子も、黒いヨロイたちも、空を見上げた。
私の大好きな人が、ドサンコちゃんに乗って空からやってきたのである。
「うっそ…」
ペガサスに乗った王子さまって、アニメかよ!
ドサンコちゃんは小さいし、足が太いけど。
「間に合って…よかった…」
ドサンコちゃんがゆっくり庭に降りた。ディーは芝生に転がる。「思いつきだけだったが、どうにかなるもんだな」
「ディー!!」
私はよたよたしながら駆け寄った。そして、抱きしめた。
「サギリ…大丈夫か」
「そっちこそ、何やってんのよ!」
向こうでは王妃が笑っていた。ヤケクソのようだった。王のエリアから来た兵士にとらえられ、どこかへ行ってしまった。
「なんで、私たちがピンチだって」
赤いローブが近づいてきた。「ダンが来ないから店に行きましたの。明らかに様子がおかしいので、私は隊長に伝えました」
「どうやって?」
すると頭をわしわしされた。「お前が以前危ない目に遭った時連絡手段が必要だと思ったのだ。そしてエルドリス殿と話し合った」
スマホようなものが出てきた。「ダンが持っているものと似た物を開発してもらったのだ」
「魔法を込めると」エルドリスも同じものを持っている。
ディーのスマホもどきが赤く光った。
「こうして相手の板が光ります。色によって状態を伝えられるようにしました。赤がまさに、ピンチです」
「エルドリス~!すごいよ~!」
「だって私は、サギリの親友ですもの!」
べヴェルも捕らえられていた。「くそっ、エルドリスめ…!」
彼女は黒いローブに向かって言った。「私は今まで副師長でいいと思っていました。しかし、サギリやダンと一緒にいて考えが変わりましたの。あなたは、私を越えられない。志が、違いますから!」
「くうッ!!」
いいぞエルドリス。超カッコイイ。
べヴェルも、王妃と同じ方へ消えて行った。
そうだ。スマホもどきもすごいけど、一番の問題忘れてた。
「ディー、どうしてドサンコちゃんを使ったの?」
「ああ…」ディーは顔がちょっと青い。「知らせをもらった時、俺たちは黒の沼まであと少しの場所にいた。グラインの馬を使うのは不安があって…」
そして運搬馬として使っていたドサンコちゃんを試したという。
「グライン一人を行かせてもよかったかもしれないが、俺が行かないと駄目だ、と思ってしまった。空を飛ぶのは…とても…勇気がいった…」
「ディーさん!ダメ!このロマンチックな場面で吐かないで!」
「うっ…わかった…」
今ので十分台無しだよ弟…
私は抱きしめた。もう、人生でこれ以上ないくらい抱きしめた。
大好き。ほんと、大好き。
──ゲロくらい、平気だよ。