信じるもの
私はスタイリングチェアに腰掛け、足をぷらぷらさせた。
──私は、美容師です!
──髪を切ったり染めたりパーマをかけてお客様をステキにするのが仕事です!
──そして、兵士さんの髪も、いじってみたい!
言いたかったのになー。
のになー。なー。
口を尖らす私を見て困り顔をしながら、ダンは兵士たちに問いかけた。
「お二人は僕と姉、見た目が奇妙だと思いますよね」
「いや…まあ…」
「そうだな。お前たちは見たことのない服を着ている」
言いよどむグラインさんと、しっかり腕を組む隊長さん。
「特に目立つ点は?」
「頭だ」人差し指を自分の頭に向け、そしてダンへ。「お前の頭はなんなんだ。まるで坊主じゃないか」
「失礼な!」私はチェアから立ち上がる。「ボウズじゃないよ!そりゃあ短いけどびみょーな差があるんだよ!」
ダンの髪形は頭の形を把握しつくしたうえでデザインしてる完璧な作品なのだ。
「姉ちゃん姉ちゃん、ディーズさんが言ってるのは意味が違う」
弟は私をチェアに座らせる。そして、失礼な相手に振り返る。
「坊主…つまり僧侶のことですよね。日々の生活から離れた人のこと」
なんだお坊さんか。最初からそう言ってくれればいいのに。
私の頭の中ではお寺の鐘が鳴っている。ゴーン。
「そうだ」ディーズさんはうなずいた。「この国の者は、髪を断ってはならない」
そして首をひねる。「だからお前たちの頭が珍しいのだ」
えっ。
「ちょ、ちょっと待って」椅子から降りて詰め寄る。
「なんで?!そんな長い髪で戦うのは重くないの?」
隊長さんの瞳を覗き込む。
「大したことはない」ふと、目をそらされた。そして、金属にくるまれた髪の毛に手をやる。「爪と同じく神経は通っていないが、これは俺の体の一部だ」
「でも爪は切るんでしょ?伸ばし続けたら物が持てないし!」
「爪は爪だ」
なにそれ!
ダンは私たちのやり取りを見ながら考えていたようだ。
「うーん。それ、宗教ですか?」
ふあ?
「そうだ。我がメリクール王国には国教がある。国民は戒律を守ることが義務付けられている」
「その中に、長髪の戒律があるんですね」
えええ?
ディーズさんはうなずいた。「当然のことだ」
ちょっと待って。
つまり、この国では…私は仕事ができないってこと?
「(姉ちゃんここは黙ってて)…で、もしその戒律を破ったら…例えば、事故で髪が切られたらどうなるんですか?」
隊長さんは目を伏せ、辛そうな様子を見せた。
「この国を追放されるか、僧侶になり寺院で思索にふけるしかない」
そんな。
そんなあ。
私、なんでこの世界に来ちゃったの…?