カッコイイということ
寒…っ。
身震いで目を覚ますと、じっとりと冷たい場所にいた。
窓はない。地下かな。鉄格子の向こうにくべられた火だけが灯りとして存在してる。
手足は自由だ。あのままここに入れられたんだ。
「うう…」
すぐそばに弟が転がっている。こちらは手足口縛られていたのでシザーケースからレザーをとりだし、縄を切った。
「姉ちゃん、よかった…」
「ダン…どうにか命だけは助かったみたい」
二人で抱きしめ合う。ダンの体を見る限り、ひどいことはされてないみたいだ。
「…姉ちゃん、魔女だったの?」
「あれは出まかせだよ。とっさに思いついたけどうまくいくもんだ」
しかし。弟から少し離れて、自分の手を見た。
「あの呪いは本物みたい。びっくりした…」
「姉ちゃんが『好まない』客は呪われるってことか」
「あのまま、放っておいたらどうなったんだろ。死んだのかな…」
「キャンセルできて何よりだったよね」
深くうなずく。いくらなんでも人は殺したくない。
「それにしてもこれは…」ダンが見まわす。「明らかに、牢屋だね」
三畳くらいの大きさ。隅っこは天井から水滴が落ちて、水たまりになっている。
「ごはん、あるかな」
「餓死も、呪いのうちだと思うよ」
寒いから、とりあえず身を寄せる。
「ディーさんたち…気づいてくれるかな」
「エルドリスがダンが来ないのに気付くかも」
「あ…! でも、うまく言いくるめられるかもだしな…」
ダンは着てるパーカーの上をかぶった。「もしあの店をあいつらが壊して、引っ越しました! とか言ったらと思うと」
「やだ! そんなのやだ! いくらかかったと思ってんのよ!」
そりゃ、初日にトラック突っ込まれたけどさ。
でも異世界にきて、いろんな出会いがあって。
楽しくて、すごい楽しくて。
なのに。
「こんなくだらないことでメチャクチャにされるなんて…ムカつく~!」
座ったまま、足をだしだしと床に叩きつける。
「ムカつくで済んじゃうのが姉ちゃんのつえーとこだわ」
ダンが笑った。「そういう妙に明るいのがいいとこなんだよ。ディーさんはそこが好きなのにさ」
「そ、そ、そうか。あーでも、ディーも三日はいないし」
少なくともそれまでここで寝起きしなきゃいけないのだ。
…まてよ。
「ねえ…ここ、トイレって」
「あれじゃないの?」
ダンが指さした。つぼがある。
つぼだ。なんの装飾もなく、ただ焼いただけっぽい…
そして薄汚れてて…
「イヤー!! あれでやれっての?! ダンいるのに?!」
「そうじゃない?」
「拭くものは?ねえ、何もないよここ!」
「まあ…そういうことじゃないの?」
ああ、店のインフラがあってよかった。トイレはいつも通り使えたし、シャワートイレもあったのに…
「イヤー!!絶対イヤー!!」
「ふふっ」
コツコツと、足音が近づいてきた。「ここにいたのか。いくつか探したよ。あいかわらず、元気だね」
「えっ」
「あなたは…ええっ?!」
金髪に、青い目。王妃と全く同じ、美しい人。
しかし、私は何度も、何度も彼を見た。
いつもの服とも、王子の服とも違う。無色の衣をまとっている。
美しい金髪が、メチャクチャになっていた。
「王子、どうしたの、その恰好!」
プルーナー王子は人差し指を建てた。「一応、見張りがいる。声は小さめで」
鉄格子を挟んで、向かい合う。
「その髪…」
「さすがに、もう我慢がならなかった」彼の手が、鉄格子を強く握る。「母上は…一年前から人を殊更憎むようになった。ディーを敵視し、あちらのお母上にも手をかけた。そして、ついに私に命じたんだよ」
私たちをみた。「君たちを誘い出して、連れて来いと。仲良くしていることを知ったんだろうね。もちろん断ったさ。母上は罵った。裏切るのかとか、お前はバカだとか。そして、よりによって私の師匠を愚弄した」
うっすらと、青い瞳に影が宿った。
「彼と会わせたのがまちがいだったと…。死んでよかったとか、それ以上の罰当たりな言葉が口から出て、私は母上を叩いてしまったのさ。そして、私は王子の位を失った」
髪の長さがバラバラすぎる。一番長くて肩ぐらいだ。
「明日寺院へ行くつもりだったのだけど、母上に不満を持つ者たちもいるからね。サギリたちがとらわれたと教えてもらったよ。行く前に出会えてよかった」
「そんな。王子…いいの?」
「アンヴィールがいるから国は大丈夫さ。というより、私は王子なんてもともと向いてなかったと思ってる。『クリス』として歌っているのが一番楽しかったな」
「王子、『イロイロあった』というのはやはり王妃が?」
ダンが問うと、うなずいた。「私は第一王子として育った。しかし母上は私が言うことを聞かねば泣くのだ。私があきらめるまで泣き続ける。それが面倒で、小さい時から感情を殺してきた。楽にはなったけど、私の心には穴が開いていた。
しかし家庭教師の師匠に出会い、教えの本質を学んだ。教えはこの国、いや世界のためにあるのだと。物語をたくさん教えてもらい、外にもこっそり連れて行ってもらった。私は、母と私だけの世界から抜けられた。師匠といろいろな場所を歩いているうちに、私の悩みなど小さいと悟った。
いずれ国教を変えてゆこうと決心し、母上のことはやり過ごせるようになったのだけれど」
(毒親ってやつだ)ダンがつぶやいた。
言葉でなくても、人は、子供は、操作できる。そう思っている人がいる。
一方でままならないからこそ、自分を責めてしまう人もいるのに。
王子は精一杯の笑顔を見せた。
「城を出たら、なんとかしてディーにつながるよう力を尽くす。君たちは待っていてくれ」
「ダメ!」私は彼の手を取った。
「私たちも助かりたいけど、あなたも逃げないで!」
「サギリ…」
「王子、私にさんざん言ったよね?」私は腰のケースに手を入れた。
「私に切ってほしいって。王子の長髪はすっ…ごく似合ってたからずっと断ってたけど、今のはカッコ悪すぎる!」
細いハサミを取り出した。
「私に、切らせて」