お泊まり会
わっ。でかいぞ。
石造りなのはこの国ではみんな一緒。でも、街の建物とは大きさが違う。なにより門。でっかい。木製だけど、黒く塗られてつやつやしてる。
「ここが二人の家なの?!」
私は友達の姉妹を見た。
姉のエルドリスは魔法師団の師長。
妹のペティは近衛隊の紅一点。
それぞれ要職についてるけど、この国では貴族でないと高級職には就けないらしい…でもさ、初めてお友達になった子たちが貴族ってなんだ。
この前ウチで女子会を開いたのが楽しくて、向こうも同じだったらしくて、じゃあお泊まりしよう!となったんだけど、うちの間取りではダメ。男が寝ている部屋に、未婚の女性は泊まっちゃいけないらしい。
では二人の家にしよう!となったんだけど…
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
たくさんの使用人が一斉にお辞儀をした。ふかふかのじゅうたん、玄関からすぐの、大きな階段。
目が回りそうだ。
お嬢様たちの部屋は二階だそうだ。メイドさんが私の荷物を持ってくれる。
「サギリ、どうしました?いつもの元気がありませんわよ」
「だってウチを見てるでしょ。あんまりに大きさが違うから」
でっかい花瓶がある。でっかい彫刻も、でっかい絵もある。
「でもサギリの家は不思議だらけ。あっという間にお湯が沸くし、サギリが何かピッとしただけで部屋が暖かくなるし」
そうだねえ…あれは私にもよくわかってないんだけど。ケトルもエアコンも仕組みがわからないし、なにより電気使えるのがいまだにわからない。
「さあ、私たちの部屋です」
立派なドアを開けると、これぞ乙女の夢!!な部屋だった。ベッドが二つ並び、しかも天蓋がついている。
ソファもかわいい生地が使われているし、クッションもいろんな形がある。そして、お茶が用意されてる。
「すごーい!いいな!こういうベッドで寝てみたかったの!」
シフォンのような透ける布がベッドを囲ってる。枕も布団もツヤツヤの布でフリルがいっぱい。
「よかった、気に入ってくれて!」
「さあ…今日はめいっぱい…お話しますわよ?」
ご家族と夕食を共にし、おふろに入らせてもらった。
日本のお風呂は独特というけど、本当だよね。
ネコ脚の浴槽は、お湯がぬるい。追い炊きなんて無理。これは体を洗うためのものだ。
そしてエルドリスに寝間着を貸してもらった!
ベビードールだよこれは!上着もあるけど、ひらひらしていてなかなかエッチだ。
「サギリ、似合うわよ」
「ステキですっ」
そんな二人もそれぞれにステキなネグリジェを身につけている。ペティちゃんは髪を洗ったばかりで全体的にもしゃっとしていた。
「そうなってるだろうな、と思ってこれ持ってきたの」
充電式のヘアアイロンだ。「これをつかうと、一日だけまっすぐになるよ」
「サギリがパーティーで使ったものと逆ですか?」
トリートメントをもみこんで、ストレート用のアイロンを少しずつあてていく。ゆっくりが肝心。
「まるで魔法ですわね!」
「すごい、サギリみたい!」
出来上がった姿を鏡で何度も見るペティちゃん。
「これ…ダンに見せたいな…」
「それなら、ちょっとこっち向いて」
私はスマホでペティちゃんを撮り、LINEで送った。
速攻で返事が来た。「死ぬかと思った」
エルドリスが唇に指をあてる。「それ…いつもダンが使ってますけど、すごい板ですわよね。遠くの相手に連絡ができるうえ、今、絵を送ったのでしょう?」
「うん。うちの世界ではみんなコレ持ってるんだけど、今はダンとしか繋がれないから何とも役立たずで」
ほぼトランシーバー状態だ。
「こんなものが作れたらいいのに…」エルドリスはまじまじとスマホを見つめる。
「サギリ、お姉さまは工房に入ってからよくばりなの。あれもこれもほしい、あれもこれも作りたいって」
「いいことじゃん。今いろんな魔法を試してるって聞いてるよ」
魔法使いが戦いに参加しないのは意外だけど、その分彼女たちは武器や道具を作るのに大忙しだ。
「ていうかさー、エルドリスは恋にはがっつかないの?」
するととても恐ろしい目でエルドリスが私を見た。
「そうですわ!今日はそのお話をきかないと!あの日のこと、全部話してもらいますわよ?」
今はただの二つ結びになってるエルドリス。妹と違いそんなにクセはなくて、ちょっとだけふわふわしている。
「私も、お二人がどうやって愛を伝えあったのか知りたいです!」
姉妹に迫られる。やはりか。私はノロけなきゃいけないのね?
「えーと、それでディーがね、いきなり好きって言ってくれて」
「まあ」
「きゃー!!」
お茶セットと小さなストーブ。
私はクッションを抱えながらぽつぽつ話す。
「それで…」
「口づけしたのですね」
「くち…ああっ」
ペティちゃんも抱いてるクッションに顔をうずめる。
恥ずかしいのはこっちなんだけどー!
「ど、どんなかんじでしたの?ディーズ様の唇は」
「ひび割れてたけど、それも男性っぽいっていうか」
ペティちゃんはクッションから顔を上げられないでいる。
「それでちょっと…唇かまれて」
「たまりませんわ!」
エルドリスは妹をクッション替わりに抱きしめた。
「軍の方はみな、そのような感じなのかしら…」
二人とも、意中の相手を妄想しているとこなんだろう。片方、うちの弟なのか。
「でもエルドリスって、すごくモテそうなんだけど元カレとかいなかったの?」
「そうですわね…」深いため息をついた。「何度か、話もあったのですが」
ああ、貴族同士の見合い的な…
「しかし、私の地位が上がるごとに、話がなくなっていって」
「マジか。そういうのよくないね!腹立つ!」
「サギリ!あなたはどうしてそう、ハッキリ言ってくださるの?そんな事言う人はいませんでしたわ」
「だってさー」私はクッキーに手を出した。「そんなん男のひがみじゃん。私もいろいろ付き合ってきたけど…給料こっちが高いとわかったとたんに冷たくされてさ。ムカついたからすぐ別れたよ」
同業の男ばっかりだったけど。
「あとは気が強いだのなんだのって。やかましいわ」
「サギリ、カッコイイわ!」
手を握られた。私も相手にはっきり言う。
「だから堂々としてていいんだよエルドリス!地位で引く男は見なくていい!」
私たちはうなずき合った。そして、クッションと一体になっている妹の方を見る。
「ペティちゃんなんかかわいくて強いのに、ダンなんか選んじゃってるし、大したもんだと思うよ?」
「サギリ!」がばりと起き上がる。「私は…このように大きいので…女として見られなくて」
そして真っ赤になる。「だからダンがかわいいって言ってくれたのが、とてもうれしくて…いつも優しいし、冷静で頼もしくて」
あ~かわいいなあ!この子が「本物の妹」になったらどんなにステキだろう。私はペティちゃんをなでなでする。
「ダンはね、あの子も小さくて男子として見られてなくってさ。でも今はペティちゃんとデートしてるってことを忘れないでね?」
「あらまあ、ダンが? 異国の女性は見る目がないのですね」
エルドリスが少々驚いていた。
私にもベッドが作られ、二人の間で寝ることになった。
ツヤツヤのシーツによだれたらしたらどうしよう。
「エルドリス、グラインさんとはなかなか会えないの?」
ペティちゃんはもうすやすや寝ているようだ。エルドリスはこちらを向いた。
「私も忙しいし、グライン様は今、馬であちこちを走っているようで」
あっ、それ私のせいだ。ゴメン。
「あの方は…軍人の方の中でも物腰が柔らかくて。挨拶もいつもさわやかで。城ですれ違うと、これが美味しかったってお菓子をくれますの」
「かなり、前から?」
「ええ。サギリの出したコーヒーの話もしてくれました」
ああ、向こうもきっと、確実に。
「私も、できる限り…魔法で作った石などを渡しまして。するとベルトなどにつけてくださいますの」
「両片想いじゃん」
「いいえ!グライン様は皆にお優しいから」
「そうでもないと思うなあ」あの時の覚悟を思い出す。出世欲はあるはずだ。馬に対してもあきらめなかったし。
絶対に、上に行こうとしてるよね。
まあ、好きなら早くコクれよって思うけど…ディーもアレだったし(人のことは言えない)。
「もっと気軽にお話できたら…」
エルドリスはそう言って、しゅるしゅると布団にもぐってしまった。