だいすき、大好き
夕方。店の前に立つ。中の灯りはついている。
「大丈夫か? 無理なら部屋を手配するが」
「ディーに勇気をもらえたから大丈夫だよ」
でも、と手を取った。「もすこし、手をつないでて」
「ああ…うん、わかった」ディーの耳が真っ赤になる。かわいいな。
すると、ドアが開いた。「姉ちゃん!!」
後ろにはエルドリスとペティちゃんがいる。
「姉ちゃん…よかった…帰ってこないかと思った」
「もー、男の子が泣かない」
私はダンを抱きしめた。「ゴメンね、混乱しちゃって。あんたのことわかってるはずなのに、気を遣ってくれてたのに」
「俺も、もっといい方法あっただろってずっと考えてた。姉ちゃんにキライって言われたことなくて、すごい後悔した」
小柄な私の背を越したのは、中学の時だったかな。
それでも私にはちっちゃな弟。
「大好きだよ。あんたはいい子。いつも甘えてくれて、グレなかったし」
家がそれどこじゃなかったのもあったけど。
「もう一回、あの部屋にいこ。私も、ちゃんと見る」
「うん…姉ちゃん、ゴメンね」
柔らかい髪、柔らかい体。きょうだいだからかな、ダンは私の、体の一部みたいなものだ。
「あとね、さっき私、ディーと付き合うことにしたの」
「ええっ!」
弟がとびのいた。「ええ…おおーっ…」
「どこがいいんだろうね?ディーって美人とか好きじゃないのかな?」
「サギリ?」後ろでディーが困っている。
ダンが大笑いした。「やだな姉ちゃん!ディーさんは姉ちゃんに髪切られた時っから、ずっと好きだったよ!」
「な…!なんでわかるのだ!俺はお前に、話したことないぞ!」
「隊長、面白いです」
「自分に鈍いってすごいですわね」姉妹が笑う。
「う、うるさい!」
「あんなの、わかんないほうが無理だって」
ディーは真っ赤になってしゃがんでしまった。
「じゃあダン、あんたはそれをニヤニヤしながら眺めてたの?悪趣味だな~」
「いえるわけないじゃん。お互いが気づくことだし、タイミングもあるしさ。そのうえ、姉ちゃんは人の好意に超ニブいんだもん」
グサッときた。
弟よ、今のは結構、効いたぞ…?
けっこう傷心の私とディーは、ダンたちに連れられて店の裏に回った。
「ディーさんは初めて見ることになるから、ちょっと離れたほうがいいですね」
「わかった」
ダンは勝手口のノブに手をかけ、回した。もう夕暮れで、あと少しで夜になる暗さなのに、ドアの向こうはパッと明るい。
「これがお前たちの世界なのか」
「とはいえ書斎だから、こっちと大して変わらないですけどね」
ただの和室に作りつけられた天井までの本棚、デスク回り以外は本の山。窓からは懐かしい庭も見える。ここは昼らしい。
「入れるには入れるんだけど…ドアも窓も開かないんだ」
靴を脱いで上がり、ダンはそれを証明した。私もそっと入ってサッシを動かそうとしたけど、魔法?みたいな力がかかっていてびくともしない。三人もいろいろ試している。
「なんでここにつながったんだろうね」
「もし俺にチート能力があるなら、それがコレかもね」
置いてある本はさわれるし開ける。でもデスクの上のペンは動かない。
「あの人は、ここに来た?」
「見たことない。今はたしか、大きな大学の上の方にいるって聞いたことあるんだ。だからそんなにここにはいられないのかも」
少しほっとしてしまった。
「ただ、一日一回はここに来るみたい。メモを置くと、その通りの本を探しておいてくれるんだ」
「わざわざ、探して?」
ダンは自分のメモとペンを出してさらさら字を書く。「今日はクルマの資料が欲しいから…」
「そうだ!ダン、ゴムが見つかったの。今日エルドリスと街に行ったらカーディナルの人が売ってて」
「ほんと?じゃあタイヤについても本を」
文字を続けて書くダン。他の三人は外を見てる。時々クルマやトラックが通り過ぎるので驚いてる。
「私もメモしていいかな」
「いいけど、いいの?」
うなずいた。もう一枚メモをもらって書く。
『ファッション誌が欲しいです サギリ』
いくつかの雑誌名を書いて、名前を残す。
見てくれても、くれなくても、どっちでもいい。