だいきらい、大嫌い
「姉ちゃ…なんでここにいるんだよ!追ってきたのかよ!」
「あんた、なんで私に黙ってたの?!向こうにつながっているなんて」
扉の向こうは、私たちが小さいころ住んでいた場所だ。
あの「男」がいつも閉じこもっていた場所。
震えが、止まらない。
父親らしいことは一つもしなかった男。
抱くどころか、触れもしなかった男。
私が本を破いて平手打ちをされ、あの時床に叩きつけられて腕にひびが入った。
それが両親の離婚の引き金になったのだ。
父は学者だった。母の店の客としてやってきて、結ばれたらしい。
母が父のどこを好きだったのか、私にはわからない。物心ついたときには背中しか見えなかった。
母は当時父が仕事でいろいろあったといっていたが、子供だった私にわかるわけがなくて。
仕事で忙しい母に対し、父は家にいるので私はてっきり遊んでくれると思い込んでいた。でも話しかけてもゆすっても、父は動かなかった。反応がないというか、私がいないみたいにふるまったのだ。
6歳くらいの時に本を破いて事件が起こった。
数年後ダンが生まれたとき、両親の仲が一度戻ったと母は言う。それでも3年後、母は私たちを連れて店を構えた。
私にとっての「父」はただの背中だ。
「だって…姉ちゃんは父さんが大嫌いじゃないか。俺だって、ドアを開けたときここにつながっているとは思わなかったんだ」
こっちに来てほどなく、ダンは何となくこのドアを開けたという。そしてここから望遠鏡や双眼鏡、本を持ち出したと。あの戯曲の本もそうか。
「この部屋しかつながってないんだ。ここから向こうへはいけない。ただ…メモをすると読まれてて」
つまり、ダンとあの男は。
「サギリ!」ペティちゃんが叫んだ。
震えが止まらない。涙が止まらない。
「あんたは!! あいつを知らないから!!」
「でも役に立ったじゃないか。俺だって…姉ちゃんみたいに…」
「そんで、私には見せなくて」
「だから、父さんのことがあるから…姉ちゃんめちゃくちゃだぞ」
「あいつは! ダンだけは好きだったのよ! 男の子だから。それだけでかわいがってたの!」
「えっ」
「もう…もうやだぁ!! ダンなんか、大っ嫌い!」
のどが裂けるほど叫んで、その場を離れた。3人の声が聞こえるけど、もうメチャクチャでわけがわからない。
いい歳して、何やってんだって思ってるけど、
──ダンに裏切られた気がして、目の前が真っ暗だ。
両親の仲が決してよくなかったあの時。赤ちゃんができると母さんから告げられた。
兄弟ができるのはうれしかったけど、なんかヘンだな、と思っていた。
そして男の子が生まれた。
あの男は抱いた。笑った。
そりゃあ、私は私が生まれたときのことは覚えていない。
でも父親に抱っこされてる写真はなかった。
こいつは、私が心底嫌いなんだと思った。学者の娘なのに頭が悪いからかな、うるさいからかな、女だから?
ダンのことが、うらやましかった。
頭がいいのはあの男ゆずりだ。父に愛されているから、知識を恐れたりしなかったんだ。
私は知識や勉強から目をそらして母と同じ道を選んだ。
家族3人ずっと一緒にいたのに、私は父の話を避けた。二人が話そうとすると他の話をして話題を変えた。
母に病気が見つかり、末期であっという間に天国へ行ってしまったから、あの男の話は、深くは聞けずじまい。
本当は、聞かなきゃいけなかったのに。
私がかたくなに避けてしまったから。
だから、今になってダンに当たるなんて、サイテーだ…