闇
──しくじった。遠方からの文を握り潰す。
「…阿呆どもめ」
伯爵領に戻ったリュミエールを追った間者は、こともあろうにリュミエール本人になぎ倒されたとのこと。
父である伯爵兵隊長がその後すべてを始末したと。
ノックの音。入室を許可すると、異国の服を着た男が現れる。
私は先ほどの文を燃やし、声をかけた。
「よく戻ったな」
「国が開いて、兵を誤魔化すのも楽になりましたぞ」
首に巻いたストールをほどくと、見慣れた顔。
半年追放され、皺はさらに刻み込まれたようだ。元魔法師長べヴェルはニタリと笑った。
「…それはまさしくあの娘の力でしょうな。ディーズの奴めが手にした力と同じものでございましょう」
「お前が向こうにいる間、国は変わったぞ。近衛が突然強くなり、森も籠も潰しおったわ」
べヴェルは一度目を見開いたが、「なるほど。私も一人で呼ばれるわけですな。馬に乗っていても、何も遭い申しませんでしたわい」
「たった半年だぞ?」
「面白くないようですな」
べヴェルは目を細める。
「リュミエール様はあきらめた方がよろしいかと。あちらも守りは堅いですからな。行くのも一苦労」
ソファに腰掛ける魔法使いは、こちらを見上げた。
「それより私は…ディーズの奴めにちぃとばかし礼がしたい。なに、奴めに真っ向から挑んでも無駄なのはわかっております。それなら、同じ力を手に入れればよい」
「ほう?」私は耳を傾けた。
べヴェルの狡猾さは、好ましい。
少しこちらに染めたら勝手に黒くなっていった存在の軽さも。
使い勝手がいい。
魔法使いの話を理解し、笑う。
「それで国が静かになるな。
…ああ面倒だ! 何もかも面倒。動いてゆく国、入ってくるカーディナル。動かずともよかったものを、あの近衛の妾腹が!」
カーテンを開け、街を見下ろす。厄介事が増えた。仕事も多くなった。くだらないことに時間を割くのが煩わしい。
「あれに民衆の人気が集まれば。何が英雄だ」
「王はディーズめを気に入っておられますからな」
「言わずともよい」あれは使い勝手が悪い。
「べヴェル、もう少し身なりを何とかしろ。もう少しで、来る」
べヴェルは下卑た笑いをもらした。「また手を広げなさったか」
廊下のじゅうたんを踏む音が、少しずつ大きくなる。
ノックし、すぐに扉が開かれた。
金色が、きらめいた。