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親孝行には限りがある

 グラインさんは馬を乗りこなしたものの、あの人にはあの人だけのチート能力があるわけで、普通の人が一人で乗るにはリスクがありすぎる。

 というわけで、私はドサンコちゃんのような運搬馬の馬のしっぽをかたっぱしからカットしてみることになった。

 ペガサスになったのは結局ドサンコちゃんだけで、ほかの子は二倍くらいの速さで二倍くらいの荷物が運べるようになったそうだ。

「となると、問題はやっぱり馬車。速すぎると乗っている人も馬車も負担がかかるんだよね。道路の整備も必要だけど、ゴムがあればなあ…とにかくタイヤなんだよ。今ある繊維の中でゴムっぽいのが出てきたら使ってみるか…」

 ダンが書類片手にブツクサ言っている。

 私は自分にクロスを巻いてセルフカットしていた。いくら人の髪をいじろうとも、私の髪を切ってくれる人はいない。

「やっぱ自分だと思うようにいかないなあ」

 アシンメ、やめちゃおっかなあ。

 いやいや、ただのボブなんて美容師としてのプライドが。

「カーディナルの職人さんはやっぱりパッツンと切るだけなのかなあ」

「もう手元の資料じゃ足りないな」

「とにかく前髪だけはちゃんとしなきゃ」

「やっぱり…あそこに行くか」

 姉弟でバラバラの独り言。

 そこに入ってくる近衛隊隊長さま。「何をしてるんだ、二人とも」

 数日に一回は来るのでこっちも慣れてる。「あ、何飲む?」



 クロスを取って、下のタオルは巻いたままコーヒーを出した。

「サギリ、自分で髪を切っていたのか」

「だってダンはただの大学生だったし、この国に美容師はいないし」

「伸ばしたりは、しないのか?」

「へー、ロングヘアの姉ちゃん見たいんですか?」

 ディーがコーヒーでむせる。

「ロング?それならウィッグがあるからすぐ見せられるよ?」

「かつらのことか?そういうのじゃなくてな…」

「姉ちゃんわかってないなあ」

 なにそれ。ばかにして。

 あ、そういえば。

「ディー、ちょっと伸びたね。切ったげよっか」

 少し前髪が邪魔そうになってる。

「もう一度切ると、また何か起こるのだろうか?」

「初めてだから何とも。翼生えたりして」

「それは困るな」

 シャンプー台で軽く流してから、カットに入る。

 翼が生えたり角が生えたりしたら困るので、ちょっと祈るだけにしとこう。

 ちゃっちゃ、とコームとハサミを動かす。

「実は、少々頼みたいことがある」

「え、相談に来たの?もっと早く言ってよ」

 鏡越しに話すと、鏡のディーは少し伏し目がちになる。

「まだ母上が王都に滞在していてな」

「ふうん…いろいろ話せていいね」

 そして、表情をかげらせる。「心配事があってな」

「うん?」クリップを外す。

「サギリ」こちらを向いた。「母上の髪を少し…わからぬように切ってくれないだろうか」

「ほう。なるほど」

 馬と比べてはなんだけど、ちょっと切れば問題なさそうだもんね。

 でも正面向いてくれなきゃこっちの作業が滞るので、ぐっと首をまわした。ゴキっと音をさせてしまった。

「お母さまは軍人の家の方だから、何か武器をたしなんでるの?」

「今のは痛かったぞ。…薙刀だ。武人の娘はだいたい習う」

 日本の時代劇でも女性はだいたい持ってるな。

「わかった。じゃあこっそり会わせてよ」

 クロスを外した。いつも通りのピシっとしたカッコいいディーである。

 襟足も最高。

「ふむ」鏡で確認するディー。「慣れてしまうと楽だし、しっくり来るな」

「当たり前でしょ。私がディーのために切ってるんだから」



 リュミエール様はそれからしばらくしてこっそり現れた。エルドリス姉妹と一緒に、ローブをかぶって。これならうちに魔法使いが来たようにしか見えない。

 ほんとに、ほんの少し。つややかな黒髪の、少しだけ荒れている毛先を軽くすくように切った。

「これなら切ったとはわかりません。何か言われたら王都でトリートメントをしたと言ってください」

「わかったわ。本当に、何から何までありがとう…元気でいてくださいね」

 彼女はそれからまた数日後、ディーのお爺様たちとともに伯爵領へ戻っていった。


 ディーは後から私たちに説明してくれた。

 お母さまに出されたお茶に、毒が入っていたそうだ。

 その場にお爺様がいて事なきをえたが、彼女の身が危ないとわかったと。

「お爺様はお強いが、母上には力がない。せめて俺がそばにいられたらと。しかしそれもかなわぬ。サギリがいてよかった」

 窓越しに遠くを見つめるディー。

 お母さまにいい力が宿りますように。私も祈る。

「でも…なんでお母さまが?」

「おそらく俺のせいだろうな。英雄だなんだともてはやされ始め、持ち上げて利用しようと考える輩もいるし、それが気に入らない者もいる。それから、べヴェルの件は解決したと思っていない」

「そうですよね」ダンもうなずいた。「大臣のどちらかがかかわっている…俺たちはなんとなく右大臣なのかなって思ったんですけど」

「スペツナズ様はシュテルン様と近い。あの方は財務中心に考えるからな」

「ちなみに、左大臣は?」

「コンシールド様は、軍側だ」

「え?あのおじいさんが?」

「サギリ、失礼だぞ。あの方は将軍だったのだ。若いころは一人で魔物を十匹単位で倒されていたらしい」

 もしかして…魔物が増えたのはコンシールド様が軍から引退したせい?

 なーんてね。

「とにもかくにもだよ。ディーさん、親は大切にしてくださいね」

「ああ、もちろんだ」

「孝行したいときに親はない、俺たちはまさにそれですから」

「えっ?」

 彼は、私たちを見た。私は自分の両手を胸にあてる。

「…ダンが高校生になったころかな。母に病気が見つかって、あっという間に。父は…」

「俺が物心つく前、母さんが親父の家を出て一人で俺らを育ててくれたんだ」私が言いよどんでいるのを分かって、ダンがかぶせた。

「ま、俺は学費を自分でなんとかしたし、もう姉ちゃんが働いてたから生活は大丈夫だったけどね!」

「そうだったのか」ディーが目を伏せる。「俺は、感謝しないとな…」

「そうそう!遠くにいてもさ。親孝行は生きてないとできないよ!」

 私たちは両側からディーの背中を叩いた。

「お前たちは、本当に強いな。二人だけでこちらにきて心細かったろうに、逆に俺たちを支えてくれた」

 そう。私たちは二人だったからなんとかやってこれた。

 異世界にひとりだったら、どうだったんだろ。

 考えられない。

 思いつかない。



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