ヤンキー商人
「あ~…肩こったなあ」
あれから一週間くらいかな。まだパーティーの緊張が抜けず、私はマネキンちゃんの前で肩をぐるぐる回す。
「食べ物はおいしかったけど、ああいう場所は二度とごめんだな」
「親方に『だから言ったろ』って笑われたよ」
ダンはソファに腰掛け、低いテーブルにいろいろな書類を並べていた。お仕事のものらしい。
ドアを叩く音がする。
入ってくるのはどうせ近衛隊とかだ。「あーはい」とテキトーに返事したが、その相手にギョッとした。
見たことない恰好してる。
そりゃ私たちのほうが奇妙なんだけど、メリクールの人とはまた違う、貫頭衣みたいなものをつけて首にぐるぐる布を巻いていた。
髪は、肩ぐらいだ。
「よう、何か買わねえか?」
その人はズカズカ入ってきて、そして座った。持っていた袋をズバっと開けて、見たことない品物を並べる。
これは…
「この人押し売りだ! 日本では消えた文化だよ姉ちゃん…。買わないと、出て行ってくれないよ」
「あん? 坊主、生意気言ってんじゃねえぞ。俺はな、カーディナルから来たんよ。一人でな。この意味、分かるよな?」
この人、魔物くらいへっちゃらってことか。
いくら近衛隊が魔物の巣を潰したといえど、カーディナルの使者は大勢の護衛とともに行き来したらしい。
つまり、「ものすごくつええ」ってことかな。押し売りは知らないけど、下手なことはできない。
それに私は、彼が長髪でないことにとても興味がある。
「商人さん。なんか買うから教えて? カーディナルでは、髪の毛はお金を払って切ってもらうの?それとも自分か家族が切るの?」
「はあ? そういやあんたらメリクールのやつらとは違うな。ここの奴らはゾロゾロ髪が長いもんな」
「私たち、遠い国から来てるの」
「へー。じゃあ、これ売れっかな?」
商人の男は袋をゴソゴソやって、奥の方から包みを取り出した。「これは誰も見向きもしなかったヤツなんだが、気になってな」
包みを開く。
「え?」「これは…」
赤本だ。あれだ。大学の入試問題集。ちょっと前、ダンがたくさん買ってた。
「読んではみたが、解読してもさっぱりイミがわかんねえ。動く点を式にしろとか、何を言ってるんだか」
「買います! いくらですか?」
「やっべ、まじかよ! う~ん、どうしよっかなあ。まあいいべ」
結構安く売ってくれた。ダンにもお金が入ったし、ウチには結構お金がある。
「じゃあさっきの話に答えんよ。まあ、身分よりけりだな。貴族さんたちは金を払って職人を雇うが、俺は気になったらナイフでちょちょい、だ」
「なるほど~。せっかくだからコーヒー飲んでってよ」
「ええ?買ってもらった上にいいのかい。あんたらいーやつだな!」
面白そう。物は買ったし今この人に悪意はなさそう。
「なんだこの飲み物ウメえな! どこで売ってんだ!」
「ということはカーディナルにもないんだ。ゴメン、これはウチにしかないの」
「なんだよ、金になると思ったのに」
商人さんはコーヒーを一口ずつ、しみじみと飲んだ。「似た味のものがあったっけなあ…それを混ぜたら…」
「そうか、コーヒーを作る手もあるのか…」
ダンも考え始めている。
「ところで、さっきの本はどこで見つけたの?」
まさか私たちの世界のものを見るとは思わなかった。
「へえ。さっきのはあんたらの国の本か。実はな、カーディナルには時々、こういうのが風で飛んでくるのさ」
「風?」
地べたに座る文化なのか、商人さんは床に座ったままだ。
こちらを見上げる。「今、ホラ吹いてると思ったべ? カーディナルは時々風の強い日があってな。そのあとに山から『恵み』が来るのさ。そう呼んでいるだけで実際はガラクタばかり飛んできて後始末が大変なんだけどな。これはそのうちの一つだ」
うん、このしゃべり方は…ヤンキーさんだな。
カーディナルの人はこんな人ばかりなのか、この人が特別なのか。
「あんたらは山の向こうから来たのか? 俺は何があるのか全然知らねーが」
「えーとあの…」
「まあそんなとこですね」ダンがそつなく笑った。
「ほう、まあいいや」彼は立ち上がった。「この国を見て回ったが、食いものがウメエ。今の飲み物が一番だったけどよ、カーディナルとはレベルが違う。どうにかできねえもんかな」
そう言って彼はウチを出て、となりに押しかけていった。
「大丈夫かな…」
「しばらくしたらディーさんたちに捕まるんじゃない?」
ドアを閉めて店内に戻り、ダンは赤本を手にして考え込んでしまった。
「受験のトラウマ?」
「いや…この世界に俺たちみたいに飛ばされた人、いるんじゃないかと思って」
そっか。
外でバタバタ音がした。「何すんだテメエ!俺は商人だぞっ」
「話は詰め所で聞く。連れていけ!」
ああ、グラインさんたちがあのヤンキー商人連行してっちゃった。
「通行証は持っていたから釈放したが、あの売り方はいかんときつく言っておいた。街の者がひどく怯えていたからな」
数日後、ディーが商人について報告に来た。
「お前たちはあいつから物を買ったそうだな。まったく、少しは警戒しろ」
「まあ、買ったついでに話をいろいろ聞きまして…」
向こうの文化の話、そして農作物の話だ。
「あっちは食文化が乏しいのかもしれません。もしこの国の作物を売ることができるなら、俺は魔法師団とさらに仕事をしていきたいです。プルーナー王子が一度武器を売りたいといいかけたので心配になって」
「なるほど。石は売るほどあるから兄上も考えるだろうな。が、もし魔物がいなくなったとしたら、刃は人に向くようになる」
兄上は兵法をあまり学ばれていないから…とつぶやいた。
「しかし、作物は腐る。干物や瓶詰、塩漬けにしないと売れぬし、貿易をしていたころは向こうに好まれなかったと聞く」
「ねえ、カーディナルってどのくらい遠いの?」私はディーに尋ねた。
ディーは顎に手をやった。「黄の籠まで三日、それからさらに二日だ。馬でだぞ」
「そりゃ無理だ…」もしこの世界にトラックがあればもう少し何とかなるかもしれないのに。
「それならこっちが近づけばいいのではないでしょうか?」
「近づく?」ダンの言葉に眉を寄せるディー。
ダンが自分の書類の余白に、鉛筆で地図を描いた。
「例えばカーディナルに近くて、この辺と同じように農作物の採れる場所があったとする。そこを一大農地にすれば、時間は短縮できます」
「なるほど。時間はかかるが…できなくはないな」
新しい村か町を作るってことかな。それもいいけど…
「ねえ、馬って早くならないかな?」
「それは…」「もしかして」
二人が私を見た。
「やってみる?」
私は、ニヤリとする。