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月の意味

「あ、皆さんこちらにいらしてたんですね。隊長がお二人見つからないからと私に見回りを命じてきたんですよ」

 ペティちゃんが真っ赤な礼装でピシッ!と歩いてきた。こんなにかわいいのに「近衛の紅一点」、つまりこの国最強女子ってことなんだよね…。

(セ●ムかな)

 と思ったんだけどここは城の中。有象無象がいるからね。心配されるのも仕方がない。

 王子が手をヒラヒラと動かす。「君はエルドリスの妹君だね?さすが美人姉妹だねえ」

「は、はあ」いきなり王子にフランクに話しかけられたのと、また他の意味で彼女は身構える。

 あ。

 私の隣のおチビ君から黒いオーラが出てる。王子相手だから何も言えないみたいだけど、膝の上の手がズボンをこれ以上になく握っている。

「ああ」王子がふと見上げる。「忘れてた忘れてた。そろそろ僕もカーディナルの人たちと話す予定なんだ。戻らなきゃ」

 すげえ。空気読めてる。

 王子はダンの肩をポンとたたき、親指をぐっと上げた。

 ダンは体の力を緩め、王子にうなずいた。

 そして王子は赤いマントをひるがえし、スマートに立ち去っていく。いい人だ。

(んーでも、王子はいつもこうして察して、人に譲っちゃうタイプなのかな?)

 自分の美貌とか、持っているものがわかってるから、逆にソンしているのかもしれない。

「私たちも会場に戻ったほうがいいですわね」

 エルドリスも立ち上がった。そうだね。セ●ムのいう通り、そばにいたほうがいい。


──ところが、三十分もしないうちに、私はディーと二人っきりになってしまったのである。



 会場に戻ってすぐ、のどが渇いたなと思いワインのような飲み物をいただくことにした。

「ちょっと待ってください。一応、毒味を…」

 ペティちゃんが私たちのグラスに鼻を近づけた。手の甲にちょっとワインを垂らし、口にとる。

「大丈夫みたいです」

 と渡す。私とエルドリスは受け取ったが、ダンが困っているようだ。

「どうしたん…ですか?」

 ペティちゃんも困ってしまい、おずっと尋ねたのだが、

「だって…いや、口は触れてないけどなんか間接キ」

 そこでペティちゃんがグラスを思いっきり自分の服にこぼしたのである。

 礼装は赤い。しかしズボンは白。ペティちゃんのズボンが大変なことに。

「あわわわわ…この前支給されたばっかりなのに…」

 ダンは少し見まわし、給仕さんから炭酸水をもらってきた。「ちょっとじっとしてて」それをシミの上から少しずつ注いで、その都度ハンカチで抑える。

 ペティちゃんが、その姿をじいっと見てる。

「俺のせいだ、ゴメン。でもこれで応急処置ができたから。着替えはある?」

「近衛隊の詰め所に…」

「じゃあ行こう」

「は、はいっ!」

 ダンは驚きもせず、慌てもせず、彼女の手を取って会場を出た。

 やるな~!ワインが炭酸水でどうにかなるなんて、それがとっさに出るなんて、やっぱり頭のいい子だ。

「ダンは工房でも冷静だけど、男の子としてステキですわね」

 姉がフフフ、と笑った。そうだよね。あれはオチるよね。

 周りがこのハプニングでザワザワしてしまったので、ディーがグラインさんと一緒にやってきた。

「どうした。ワインに毒でも入っていたのか?」

「いやー、ペティちゃんにトラブルがあって。でもね、ダンがすごい速さで処理したから大丈夫だよ」

「それならよかった。ペティはそそっかしいけど強いし、ダン君もペティがいれば大丈夫ですね」

 今日は少し前髪をあげているグラインさん。

「こ、こんにちは…」

 そうだよね、かっこいいよね。エルドリスが思わず挨拶をしている。

「あっ、あ。こ、こんにちは…!エルドリス様、ドレス、お似合いですね…」

「様なんておよしください。ついこの間まで私たちは」

「しかし、師長になられましては」

 私も王子のマネするか。ディーの腕をつかむ。「でも一応ダンたち心配じゃない?追いかけようよ」

「え…?サギリ…?」

 なれないヒールで走り出した。



──というわけである。


(ああ…エルドリスに気をつかったつもりだけど、よく考えたら私もディーと二人っきりじゃん!自己中もいいとこだ!)

 誰もいない廊下でふと気づいて顔に汗をかく。

 そりゃ、私も頑張ってみるって思ったけどさ。

「サギリ、おい、聞いてるかサギリ」

「え?」

「そろそろ、腕を放してくれないか」

「ふあっ?!」

 どんだけ移動したんだろ!パーティーで人は出払っているけど、兵士と数人すれ違った気がする。

 そしてここは練習場…跡だ。中庭に設置されていたもののみんながチートになっちゃって壁が壊れるので、吹き抜けのこの場所は使われなくなったらしい。

「何度言ってもお前の耳に入らないから参ったぞ」ディーは掴まれた方の袖を直していた。くしゃくしゃだ。

「ごめん…」

 止まったついでに私もヒールを脱いだ。

 やっぱりだ。かかとに靴ずれができてる。まだ皮膚が膨れているだけで血は出てないけど。

 こういう靴、履きなれてないんだよね。

「サギリ、大丈夫か」

「ああうん。わかってたから絆創膏持ってきてたんだけどさ」

 こういうドレスも腰にあるボタンをはずすと隠しポケットがあるのだ。中には絆創膏やリップやスマホが入ってる。

「かかとだけだし、これを貼れば大丈夫」

 ストッキングというブツがこの世界には存在しないので、私はそのまま絆創膏を貼る。

「その体制では危ない」

 手を取られた。そして絆創膏をまじまじと見つめる。「見たことのない…なんだそれは?包帯のようなものか」

「そうだね。テープ…なんてのもなさそうだもんね」

「使い方がわかれば、俺が貼るのに」

「え。や、やだよ。足触るの?私の足、くさいよ?」

「俺たちはそうかもしれんが、女性の足がそんなわけ」

「だってペティちゃんは同じ靴履いてるでしょ?やっぱりディーは女の人知らないな?」

 両方のかかとに絆創膏を貼ると、ディーは手を放し、そして、ふいっと目をそらす。

「…悪かったな。この年まで、今の今までまるでさっぱりだ」

 腕を組んでむっとしている。

「ごめん。ディーは立場とかで大変だったのは知ってるよ」

「…サギリは?」

「へ?」

「お前は、どうなんだ」口をとがらせている。

 今度は私が目をそらす番だ。

「私は…えと、まあ、付き合ったといえるのは三人。でもみんな二か月で別れちゃったな」

 最初は浮かれまくるんだけど、ちょっとしたキッカケでふいっと気持ちがさめる。その繰り返しだった。

「…引く?」

 そっと、見上げる。この世界の男女関係、よくわからないけど。

「いいや。サギリは恋人がいたとしても不思議ではない。お前はその…男性が放っておかないはずだから」

 いやいやいや!

「だからさあ!何言ってんの?私、このわたしだよ?美人じゃないし、うるさいし」

「だから!何度言えばわかるのだ!お前は!」

 中庭の吹き抜けに、よく声が響く。自分たちの声で我に返る。いい大人が声出しすぎだ。

「私さあ」中庭の腰まである壁に寄り掛かる。「学生の頃は全然だし、男子とは仲良くやってたけど女扱いされてなくてさ。男子はやっぱり、おとなしくてキレーな子がすきじゃん」

 プリクラはいっぱい撮ったな。遊びにも行った。でも、コクられるんじゃなくて、相談される側だった。

「でもまあ、美容関係に行ったら女子も私みたいに気が強い子多いし男子も陽キャ突き抜けてる感じだったから…でも、コクられるばっかで自分からは好きになったことないかも」

 自分からは。

 私は隣の人を見た。彼も横を向いたまま話し出す。

「俺はそもそもこちらに来て、友と呼べる者がいたのか…『王子』として近づくものは多かったかもしれん。話し相手には困らなかったが、今となっては隊のほうが気を許せるな。

 女性どころではなかった」

「ディーはいろいろ警戒とかしてたんでしょ?だから顔怖いんだ」

「お前な…」目を伏せる。「確かに、俺は兄のようには笑えん」

 そんなことないよ。

 私は時々笑う、ディーが好きだよ。

 無意識なのかな?

「っていうか、ディーはナチュラルにモテると思うよ?笑って、口説き文句の一つも言えば女性はすぐオチちゃうから」

 こちらを見た。

「よくわからんが…」

 少し考えるしぐさ。しばらくして、私に近づいた。

 私の目を見る。「ええと…『今日の空は貴方のように美しい』…」

 ぽかんとしてしまった。

「こ、こうか?」

 真っ赤になって、咳払いする彼。

 私はたまらず吹き出した。「やだ!笑ってないし!セリフが棒読みだよ!」

「ほら!俺のどこがモテる!」

「だからー!全然違うんだって!しかもなんなのそのセリフ。キザだな!」

「これは古典の抜粋で…おい、そんなに笑うな」

 おなかが痛い。呼吸を整えなきゃ。「はー。そっか、夜に外でないから昼の空を口説き文句に使うんだね」

 中庭から、今日も月が二つ見える。

「私たちの世界は、夜も外に出られるんだよ。恋人たちは夜に愛を伝えるほうが多いかも。月がきれいとか、星空がきれいとか言いながら」

「そうか。夜の月など禍々しさしか感じないが」

 そうだよね。夜には魔物が出るんだから。

「あとね、私たちの世界の月は一つしかないんだよ。私はこの世界の空見てすごいなって思ったんだ。同じ大きさで同じ形の月が並んでて不思議」

「そうなのか」ディーと私は、しばらく月を眺めた。

 真昼の月。太陽の光が圧倒的だから白く薄くしか見えないけど、空によく映える。

「…考えもしなかったが、月はずっと見ていられるな」

「だよね。太陽はまぶしすぎるもんね」

 ディーはふと、私を見た。「母上の宝石、よく似合っている」

「大事なものだし、なくさないか不安だけどね」

 ディーは笑った。

 そう、それがいいんだよ。

「俺はこれからも、遠征に出かけるだろう」

 空を見ながら彼は言う。

「しかし、今度からは月を見上げようと思う。寂しさも紛れるだろう」

「遠征って寂しいよね。私もそうしよっかな。どこにいても、月は見えるもんね」

 いつもいつも、ディーがいないときはなんか寂しくて。心がぽっかりしてて。

「私も月を見ながら、ディーの遠征がうまくいくよう祈るよ。ずっと見ていられるから」

 私がディーを見ると、緑の瞳をゆるっとさせて笑っていた。

 私も、自然と笑えていた。



──そして、ダンとペティちゃんが私たちを見つけ、私たちがそもそも何のためにここにいたのかを思い出すのである。

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