パーティーだ!
それは私がマネキンちゃん相手にカット練習、ダンがスマホでパズルゲームをしてる最中だった。
「サギリ、ダン、失礼する!」
いつもより人を多く連れて近衛隊隊長さまがやってきた。グラインさんのほかに、兵士じゃない人達がいる…?
「どしたの、ディーさん。今日は大げさな討ち入りですね」
ちょうどゲームオーバーしたらしく、スマホの手を止めるダン。
ディーは腰にある革製のポーチから手紙を取り出した。「招待状だ」
おっと。これは…ロウソクみたいなやつで封がしてあるぞ。文房具屋でみたことある。
「王から直々に頂いている」
直接?
「えっと…」封筒を破らないように開ける。『この度、カーディナル王国と国交が復活し、記念のため祝賀会を行う。何卒列席されたし』
大きなハンコが押してある。
これは、パーティーというやつ?
私が手紙から顔を上げるとディーは首を少し斜めにした。
「なぜ困った顔をする。お前たちは国交の功労者だ。俺たちに続いて参加する必要がある」
「わ、私、踊れないよ?」
「踊る? 踊りは踊り手が見せるものだ」
あ、そういう文化。でも。
「私たちドレスとか、そういうのないし!」
とんでもねえ。とんでもねえでごぜえますだよ。私たちみたいな庶民が行くとこじゃないよ。
「そう言うと思っていたのだ。グライン、サギリとダンを連れていけ」
「了解しました」
「ぎゃああ~!!」
私は女性複数に、ダンはグラインさんに抱えられて近所の仕立て屋に入れられた。
試着室にそれぞれ放り込まれたということは…
「それぞれ採寸し、服を仕立てろ。3日だ」
私を運んだのはお店の人だったのだろう。スーッと試着室に入ってきて、スーッとメジャーを引っ張った。
「その服、脱がせていただきます」
「キャー!」
「ぎゃー!」
私たち姉弟は、身ぐるみをはがされ上から下までなめるように調べられちゃったのである。
そして出来上がった服がやってきて、どうやって着るのかわからず悪戦苦闘しながらごそごそし、ようやく形になったかなと思って二人で見比べて大笑い。
「七五三じゃん!」
「姉ちゃんだって!」
私は薄黄色のあっさりしたフリルがついたドレス。
ダンは紺色の、いかにも貴族が着てそうな上下だ。しかもダンのズボンは膝あたりがふくれている。
「でもこれ、本物の絹だよきっと…こっちには化学繊維ないもんね」
ガラスの糸はあるけど。
「俺の襟部分、金糸が入ってる気がする。いくらするんだろ?」
とりあえずあと一時間でディーたちが迎えに来る。ちょっとヘアアレンジするか。
メイクもいつもよりちゃんとしないと。
なんと、馬車がやってきた。店の前ほとんどを覆う大きさだ。
白い馬が二頭。12時になったらネズミになるんじゃないの?
「サギリ、ダン、用意は済んだか…?!」
ディーがペティちゃんとともに店に入るなり、なぜか言葉を詰まらせた。
「あ、うん。一応ドレスは着たけど…ペティちゃん、これおかしくないかな?」
私はメイクをして、ヘアアイロンでいつものボブを巻いた。
ドレスなのでそのくらい派手にしなきゃな、と思ったのだ。
ダンは少しおでこを出している。ペティちゃんはすすっ…と目をそらしながら「後ろのリボン一回直しますね…」と私のかげにかくれる。
ダンもペティちゃんからすすっと目をそらしてしまっている。
「ディー…さんは俺のかっこどう思う?」
「もう少し襟を立てたほうがいい」
ディーも私からいちいち目をそらすのだ。
それにしてもだ。ディーもペティちゃんも、カッコイイ。
きっと「礼装」なんだろう。警察官や消防士さんの結婚式では、お色直しにこれを着ることが多い。
まったく実用的ではない、儀式用のゴージャスなやつである。
つやつやの赤い服、肩に飾り、胸にいくつかのメダル。
しかもディーは深い緑のマント!
(やば…かっこよすぎる)
友達の結婚式でも礼服を見たことがあるけど、キリリとした感じはいいなと思ってた。
それの「極上品」が目の前にいる!
「サギリ…何故お前の髪がペティのようになっている?」
そんな極上品が、まだ目をそらしながら尋ねた。
「こういうので巻くと、一日だけくるくるになるんだよ」
ヘアアイロンを見せる。
「一日だけか?」
「うん。ディーも今度やったげよっか?」
「いや俺はいい。あと、化粧もいつもより」
「だってパーティーでしょ?いつもよりしっかりやらないと失礼だからね。これも私の仕事」
「そうか。そちらも得意なのか」
ちらっと見てつぶやいた。「別人かと思った」
はあ? 化けたと思ったの?
「失礼だな~」
「な、なぜ怒る」
ダンがちょいちょいとドレスを引っ張った。「姉ちゃんそれ違う」そして耳打ち。
「ディーさんなりの誉め言葉だと思うんだけど。いつもと違うってこと」
えっ。
首からしゅわしゅわと、赤くなる音が聞こえる。
「ホメてたの?」
そこにだだだとペティちゃんが近寄った。「サギリ、とてもとてもドレス似合いますっ!黄色、いいと思います!あの、これは隊長が選んだお色なんです。元気だけど細くてしなやかなサギリにと」
「ペティ!!」
部下に一喝したあと、ディーはぐんにょりしてオールバックをぐしゃぐしゃにしてしまった。
「全部、いうものじゃあない…」
真っ赤だ。
私も、首の熱が顔全体に回っている。
そうなんだ、このドレス。
この黄色。
「あまりにも、いつもと違うから…見慣れぬから…そ、その…よく似合っているし、髪も華やかで」
「そ、そーなんだ。はは、ありがと。ゴメンね、誤解しちゃって。ディーも…あのさ、すごくかっこいいよ。やっぱり王子だよねっ。髪の毛ぐしゃぐしゃだから直してあげる」
私たちは改めてお互いを見て、一回そらして、もう一回見て、笑った。
「サギリはそうやって笑うのがいい」
「そだね。ディーも」
暖かい何かが心の中で満たされていく。やっぱり、好きだな。
すると、ずっと持っていたらしき箱を差し出した。「実は今日、母上も来ていてな。サギリの話をしたらこれを使ってくれと言われたのだ」
遠い所に住んでるお母さんだよね? 私は箱を受け取った。きれいな彫刻がしてあり、ところどころ宝石がはめ込んである。おそるおそる開けると、緑に光るイヤリングと首飾り。
「すごい!大きい!いいの?お母さまのものを」
エメラルドじゃないだろうか。なくしたら大変だ。
「いいから、つけてくれ。母上もお前に会いたがっているのだ」
準備を全部終えて、私たち4人は白馬の馬車に乗り込んだ。ドレスでもたもたしていたら、ディーが手を差し伸べてくれた。
やばい、やっばい。
お姫様みたいに扱われている。
そして馬車は動き出した。お城までは歩いて行けるのに、パーティーとなると「カタチ」が必要なのかもしれない。
「すごいすごい! 他にも馬車が集まってる! いろんな貴族の人が乗ってるんでしょ? それからカーディナルの人も来てるんでしょ? 楽しみだね!」
私は騒いでしまったが、若い二人がうつむいて何も言わないまんまだ。
「ダン、馬車ってクルマと違って結構揺れるよね。これ、改善とかできないの?」
下を向いたままの弟に、その下からのぞき込む。
「ねえ!」
すると弟は、私の方だけ向いてしゃべる。「多分車輪とサスペンションの問題だと思う。道路ももうすこし改善の余地があるかも。サスペンションはクルマでもセラミックのバネが使われているんだけど、それよりタイヤのゴムが手に入らないと」
「ほう」ディーが感心した。「ダンはそちらにも精通しているのか」
そしてペティを見た。「俺たちの荷馬車にも活用できるかもしれんな」
「は、はい…とても、お詳しいですね…」ペティちゃんは膝の上で手をぎゅうぎゅう握りしめていて、血が出そうだ。
「ほかに、何か言うことはないのかい?」私は世話焼きおばさんになる。
「うう…」ダンが汗をダラッダラ流している。
「先ほどから挨拶も会話も全くしておらん。失礼だぞ二人とも。何か言わないか」
ナイスアシスト、ディー。
「はあ…」「くぅ…」
「子供のふるまいは許されんぞ」
いえ、私たちもさっきガキっぽいことしてましたけどね。
「あの…」ダンが切り出した。「ペティ…さん。この間は失礼しました…あの、礼服カッコイイっていうか、あなたが着るととても素敵だと思う」
「とんでもないです」ペティちゃんが首を振った。「その服、とても素敵です。紺色が引き締まっていて大人っぽく見えます」
「でもドレスも見たかった…です。あの、この前のワンピース、緑の。あれ、忘れられなくて」
「そうだったんですか? あの、今度着ます!」
なんだかんだ話がトントン進んでるじゃないか。
(サギリ、少々おかしいと思っていたのだが二人は恋仲なのか?)
ディーが顔を寄せて小声で話しかけた。
(この前ちょうど出くわして、お互い一目ぼれみたいなんだよ)
(なるほど。この頃彼女は力を得たのもあるが、隊でのふるまいが明るくなった。このまま進めてやらんとな)
お城からポンポンと花火が上がった。
盛り上がるのはこれからだ。