女子会
黄の籠を鎮圧し、パレードがあったのは数日前。
今日は待ちに待った日だ。
リビングのテーブルに、普段めったに使わないレースのテーブルクロスをかける。お客用のポットとカップとソーサーと、あとは…
「サギリ様ー!」
下から高い声が聞こえた。私は軽く階段を降りる。
私服を着た茶色の髪の姉妹がいた。
パレードの直後、ペティちゃんがちょちょっと店にきて、こういったのだ。
「今度姉と一緒に、お話したいんです!」
そう言ってすぐ真っ赤になるペティちゃん。もじもじしているのを思わず抱きしめてしまった。
かわいい!うれしい!女の子同士で話ができる!
「へーっ、ペティちゃんにはそんな力が。よかったね!」
お茶を飲みながら、遠征の話を聞いた。「それはほとんどブーメランだよね」
「そうですね。しかしブーメランは攻撃として弱すぎます。その発想に思い至りませんでした」
「サギリ様、聞いてくださいな。この子ったら戻ってきてからやたら調子がいいんですの。いつもは内気な子なのに…サギリ様のおかげかしら」
エルドリスさんはペティちゃんを見ながらウフフ、と笑う。
「あ、二人ともさあ、ぶっちゃけ言っていい?ほんと、申し訳ないからさ、『様』つけるのよしてくれないかな。私、一般人だから」
「でも」
「ねえ。私のこともさん付けですし」
二人は困った顔をする。よく似てる姉妹だけど、やはり体を鍛えてるペティちゃんの方が大きい。
胸は…どっちも大きい。
「わかった。じゃあエルドリスも呼び捨て!これでどう?」
「まあ、一気に近づけた気がするわ!」
私たちはテーブルの上で手をつないだ。
それからペティちゃんが私の服に興味を示すので、お着換えごっこをしてみた。とはいえ、私とペティちゃんではあまりにも体格差があり…できるだけ大きめのものを選んでロングスカートをはかせてみた。
「ステキ!この国のものと全然ちがう!」くるくる回る。
オーバーサイズのTシャツとパンク調のアシンメ丈スカートでも、すごく女の子らしく見える。
「こういうのを作ってみたいわ、姉さん」
「お針子さんはびっくりするかもねえ…」
エルドリスはコスメ雑誌を見ている。「まあ、素敵な色の口紅だわ。こんなのが欲しかったのよね」
「ステキね!口紅は真っ赤なものしかないから…」
二人はオレンジ系の口紅にくぎ付けだ。そうだな、髪の色、肌の色からして彼女たちにはその方が似合う。
「ちょっと、つけてみる?」
下からメイク箱を持ってきた。これだって立派な美容師のお仕事だ。
雑誌にあるようなオレンジ系のリップをブラシにとって、エルドリスのたっぷりした唇にのせる。
「いつもより顔が明るく見えるわ」
アイシャドウとチークもおまけ。この国にも化粧文化はあるが、色数が少ないな、と思ってはいた。
「エルドリス、この国の口紅は何でできてるの?」
「ええと…たしかベニバナと植物の油かしらね」
そっか。中世西洋ではヤバイもの使っていると聞いてたけど、それなら平気か。
「それに、魔法を使ったことある?」
エルドリスは顔の前で手を叩いた。「考えたことなかったわ!使ったこともなかったし…やってみようかしら」
「姉さんならできるわよ」妹が姉の肩を抱く。
「もう、ペティったらいきなり強気になって」
いいなー。女同士のきょうだいも。
「私も姉か妹が欲しかったなあ」
なんて言うと、二人はいろいろと、姉妹のめんどくささを語りだした。
「ペティが私の下着をつけて出かけたことがあって」
「姉さんだって靴下を!一番お気に入りだったのに、先にはいて行ってしまって」
ああ、女同士だと服がごっちゃになるのか。
「ぬいぐるみの取り合いもしたし」
好きなものの傾向もかぶるのか。
「サギリにはダンがいるじゃないですか。仕事ができるし、立派な方よ」
まあ、いい子なんだけど。
「そういえば、今日はダンはどちらへ?」
「女同士で集まりたいから工房へ行ってもらってるんだ~」
「悪いことをしましたわね。お休みなのに」
すると、ペティちゃんがキョロキョロした。
「どうしたの?トイレ?」
「いえ、先ほどから不思議だったんですけど、サギリさ…サギリの寝室はどこですか?」
「そんなんないよー。そこに畳…緑のやつ敷いてあるでしょ。そこに布団ひいて寝るの。ダンとだから狭くってさあ」
「「えっ?!」」
二人は立ち上がった。どうしたんだろ。
「それはいけませんわ」
「知らなかったとはいえとんでもないことを」
二人は手を取り合ってまごついている。
「ごめん、よくわからない。私たちほかの国から来てるから詳しく教えて?」
「あのう…」ペティが真っ赤になって黙りこくってしまったので、エルドリスがおずおず切り出した。
「寝室を異性に見せる、知らせるのは…すなわち夜を共に明かしてもよい、という意味なのです…」
頭の中が一瞬真っ白になった。
「え──っ!!」
だからか!ディーが絶対にここ入らなかったの!
「も、もしかしてパジャマ…えっと、寝間着を見せるのも?」
「家族以外では差し障りがあるかと」
「ああっ…」やってしまった。
前に雑魚寝したときは一応ルームウェア着てたんだけど。でもこの前は。
文化の違い、ヤバい…。
「私も近衛隊に入ったとき急遽寝室が作られたんです。そこには私以外入れません」
私は髪をおもいきりくしゃくしゃにした。「あ──!!私、とんでもないアバズレじゃん!」
すると、姉妹はだんだんとニヤニヤし始めたのだ。
すっと椅子に戻って私に顔を近づける。
「ディーズ様ですわよね」
「隊長…いい方ですもんね」
な、なんだこの二人!
「もっとお聞かせくださいな」
「みんなで恋の話、してみたかったんです!」
恋?
こ、い、だと?
「そんな、私とディーは別に。ただ、国民でいられるようにしてくれたのと…命の恩人ではあるんだけど」
「まあ、恩人!」
「それは一大事ですねっ」
「か、顔も好みなんだけど…」
私、何言っちゃってるんだろ。椅子からのびる足をじたばたさせる。
エルドリスは肘をついて、顎を手に乗せた。「私は、ディーズ様がお変わりになったな、と思っていましたの。サギリが来てからですわよ。ちょうど、全く」
「そうなの?!」
「隊長はパレードでサギリに手を振りますよね。必ず、サギリを見つけて最初に」
「そーなの?!」
二人にどんどん燃料を投下されている。
それでも、向こうがその気かわかんないじゃん!
私だけのぼせてたら、恥ずかしいじゃん!
「お好きなんですのね…」
テーブルに突っ伏した私を、エルドリスが撫でた。
──そうなんだよ。こっちだけ気持ちがあったら怖いから、ずっとごまかしてたけど。
やっぱり、好きなんだ。ディーのこと。
最初は殺されかけたけど、事情を知ったら親身になってくれて。国に掛け合ってくれて。
キリっとしてるけど、時々真っ赤になったりあわてたり、子供っぽかったり。
そして少しだけ見せる笑顔が、焼き付いて離れないんだ。
「二人には知られちゃったかー…。内緒だよ?」私はテーブルから顔を起こした。
「もちろんですわ。告白は自分でするものですから」
「わ、わたし、応援します!」
姉妹は両手を取ってくれる。
あー。女の子の友達がいるってやっぱいいよなあ。
…いや? まてよ? これは釣り合わない。
私は立ち上がった。「というか、君らはどうなの! 私がこれだけ言っちゃったんだから、言いなさいよね!」
とんとん、とテーブルを叩いて、ケトルの水を足しに行く。
お茶会は第二ラウンドだ。
エルドリスは、視線を横にそらした。
「正直なところを申しますと、私は…グライン様の笑顔がステキだなと…」
私は目を丸くした。この美女のエルドリスが、副隊長でイケメンのグラインさんだと?
「そ・れ・は、お似合いだよ!」
「姉さま、私、初耳よ」
「ペティに言えるわけないでしょ。同じ隊ですもの。それに私、いきなり師長になってしまって…前よりグライン様と話せなくなってしまったのです」
いきなり上司が追放されたもんね。
「でも仕事の地位は動かしようがないし、私はディーに下がられちゃ困るし、そういうのは気にしないのが一番!」
「そうよ姉さま!私、それとなく機会を作るわ!」
「い、いえ…そういうのは…」
国いちばんの魔法使いが真っ赤になる。かわいいなあ。
あれ?そういえばグラインさん若いけど…そっか、エルドリスもだいたい同じくらい…
…私より年下なんだ…こんなに色っぽいのに…
「ペティちゃんは?」
「えっ、私?」すぐに下を向いて手をもぞもぞする。「私は…今まで兵士として頑張るだけでそちらに気が向かなかったんです…」
「近衛隊、イケメンさんばっかりじゃん?」
私がニヤつくと、ペティちゃんは首をぶんぶん振った。
「とんでもない!汗臭いし、いい人たちですけど、厳しい時はきびしくて。怖いときもあるし」
「汗 臭 い」エルドリスがつぶやく。
「どちらかというと、優しい人がいいなあ…」ペティちゃんは両手を胸にあてる。
まだまだ、恋に恋する乙女ってことかな。
「ただいまー!!姉ちゃん、のどかわいたー!」
バタバタと遠慮なく上がってくる音。「あっ…まだ女子会やってたのか。ごめん、どっかで時間つぶしてくる。でも一杯麦茶飲ませて」
ダンが冷蔵庫を開け、麦茶をコップに入れて一気に飲み干したとき。
それは、始まった。
ダンはようやくお客に気づいた。「ああ、エルドリスさんと…えっと、近衛隊のペティさんだっけ?俺もしかすると初めて会う…え?」
ダンは、ペティちゃんを二度見した。
「えっ、かわ…」
弟は言いかけて口を手でふさぎ、そのまま階段を下りてしまった。
おいおいおい、今、何を言おうとしたんだ弟よ。
「うそ…」ペティちゃんは手で頬を覆っている。その下は、ピンク。
──私は、人が恋に落ちる瞬間を見てしまった。
そんな漫画のセリフがあるんだけど、まさにそれだよ。
ああいうのが好みなの?!
あの子、170超えてないガリチョロだよ?!
「姉から話は聞いていました。頭がよくて、アーマーを作ってくださって、どんな方かと思っていたんです。優しそうで、サギリのように明るい方なのですね…」
目がキラキラしていた。二人はまともに顔を合わせたことなかったのか。
年も同じくらいだし、あってるのかな?
「…しくった…挨拶もしないで俺…思いっきり失礼だったよな」
夜、ダンが夕食のあとべったりテーブルに顔をくっつけていた。
「そーよね。エルドリスはほぼ同僚じゃん。失礼だよ。それに、ペティちゃんとは初対面でしょ」
私はニタリとした。「かわいかろう?なあ弟よ」
「うるっせーな。ウザい」
おっ、遅れてきた反抗期か。
テーブルから身を起こし、椅子の上であぐらをかいた。「俺さ、チビだし高校んときもいい人どまり扱いでフラれてばっかで。だからもう、あきらめてたんだよな」
大学も理系だから女子少ないって言ってたっけ。
「何回か遠目では見てた気がするけど、今日、何あれ。髪の毛ふわっふわで、ワンピースも似合ってて」
そうだ。今日は緑色のワンピースを着ていたな。おとなしめの感じで。
「素直にかわいかったとお言い」
「そういうのがウザいんだよ」
ダンは、体を折り曲げる。「また来たり、すんの?」
「そりゃあ、友達になったし。あとは仕事でも来るかもね」
「そっかあ」
あぐらを組んだ足。その辺をじっと見る。「今度はちゃんと話したい」
「ペティちゃん、ああ見えて内気なんだ。だから、ゆっくり話してあげてね」
「お…おう」
ダンは優しい子だ。私たちは特に喧嘩もせずやってきた。中身の良さは保証したいんだよね。姉バカかな。
がんばれ。
私も、がんばってみるから。