ペティ、自分の力を知る。
「はあ…」
見渡す限りの荒野。
私は馬上でため息をついた。二度目、三度目。
「はあ…」
いいのかな、私が来てしまって。
「どうしたんだ、ペティ」
ポンメル様が馬の歩みを緩めて近づいてきた。
私たちは新しい鎧を身につけている。サギリ様(様を付けないでと言われた)の弟君が作ったという「アーマー」だそうだ。金属製で重くて動きにくかった鎧に比べ、これは服と同じくらい軽い。
それでいて刃が通らないのだ。
「ポンメル様、私は…この任務に就いてよかったのでしょうか。私…サギリ様に髪を切ってもらったのに、何も力を発揮できませんでした」
他の6人はみな自分の武器に炎なり氷なりの魔法みたいなものが付随し、結果が出ている。
ところが、私が相棒のメイスを振っても、うんともすんともいわなかったのだ。
「しかし、ペティのメイスは光っている。それが何よりの証拠だと思うが?」
ポンメル様の斧からは、青い光がこぼれている。
「たとえ力が発揮されなくとも、お前の戦い方は皆が認めている。もともと、グドを何匹も倒せているのだから」
「そうなのですが…」
「ともかく、その弱気が一番いけないな。お前を負かすのはお前自身になってしまうよ。私の娘…次女がやはり弱気でね。私たちは次女の良さを知っているのに、引っ込み思案なせいで周りにはいまいち理解してもらえないのだ。もったいないと思うのだよ。いいね?」
ポンメル様は一度笑って見せると、また前に戻っていった。
そうなのだ。私はすぐ弱気になる。
姉のエルドリスが優秀な魔法使いなのに、私にはまったく魔力がなくて。
だからせめて力でこの国に報いたいと思い兵士になったけれど、「人と比べやすい」「落ち込みやすい」と仲間に言われっぱなしだ。
わかってはいるけれど、幼い時からくっついてた弱気の虫はなかなか取れない。
明るくふるまっている人を見てると、憧れると同時にどうしてそんな風になれるのかな…と思う。
サギリ様もそうだった。
お姿を見たとき、身軽で素敵な服を着てらして、髪型も素敵で。
隊長と話している姿が生き生きしてて、でも仕事をしているときは真剣で。
姉のよう。
姉も、普段はおっとりしているけど魔法を使うときの顔は別人だ。
みんなみんな、ステキなのだ。
なのに、私ときたら…。ただ大きいだけのお荷物だ。
ぼんやり白く光るメイス。光るだけの武器。
また、ため息。
二晩超えてようやく黄色の籠にたどり着いた。
立ち枯れの大樹に、黒い影がざわざわ集っている。
翼をもつ魔物ばかりなので、「森」よりいくらか離れた場所で馬をとめ、陣をしく。
隊長が私たちの前で作戦を伝えた。
「グラインとホロワにはかなり働いてもらうことになるだろう。遠距離に向かない者は、その都度一対一で戦ってもらう。ポンメル様は…今回は残念ながら」
「そうだな。翼を落とされてなお動くものの相手をしよう」
「ペティも、ポンメル様と一緒にいてくれ」
それは、仕方のないことだ。「…わかりました」
ホロワ様がしなる弓から矢を放った。矢は緑の光をまとって大きくなり、「籠」に当たって弾ける。
いくらかの魔物がその砲弾にやられたが、いくらかの魔物が怒りをあらわにしてこちらへ向かってくる。
「いくぞ!」
「おう!」
隊長を中心に、力ある者が走り出した。
グライン様は槍で一直線に魔物を蹴散らし、フラットは炎の剣で魔物を焼き尽くす。
スカンジ様の双剣はクロスさせると吹雪を起こし、魔物たちが巻き上げられ、そして落ちていく。
──すごい、みんな…すごい!!
私とポンメル様は見上げるしかなかった。
「よく見ておくといい。まだお前の力はわからぬが、見たものは役に立つ。私もそのつもりだ」
「はい!」
胸のあたりで両こぶしをにぎる。
「…私はこの半年、何もできず祈るしかなかった。こうして戦場にいるだけで、家族といられるだけで十分だ。お前は女で一番若いが、選抜の末にこの隊にいる。自信を持て」
この隊で一番年上、そして元隊長であるポンメル様。一度は僧侶にならざるを得なかったお立場。
こうして後方にいても、なんと存在の大きい方なのだろう。
「しかし土をたたいても何もなかったのが不思議だな。お前のメイスは私の斧と似た武器なのに」
もともと私たちは魔物を叩いて倒していた。本来は剣よりこのような武器が有利なのだ。
でも、私のメイスは回しても振っても、何もなかった。
「何をすれば、お力になれるのか…」
「それも、見ていればきっかけがつかめるかもしれんぞ」
ポンメル様は私の肩をたたいた。
「さて…」
攻撃を受けて地に落ちたのに動き出そうとしている魔物が一匹。
「あれでも片付けるか」
ポンメル様が走り出す。
(私もあのくらいなら、叩ける!)
私もポンメル様のあとを追う。が、
見えてしまった。
ポンメル様の背後に、上から迫る魔物。
「ポンメル様っ!」
ところが私の声は届かない。魔物の叫びと、近衛隊それぞれの声が混ざってしまっている。
どうしよう…いやだ、この前のようなことは、もういやだ。
魔物に囲まれて絶命した仲間を燃やすのはもう。
あの人にも、家族がいたのだ。ただペンダントを渡され、泣くしかなかった奥様の姿を思いだす。
ポンメル様のご家族は、また別れてしまうの?
すると、鈴の音がした。
私に一瞬の静寂をもたらし、時を止めたように見えた。
鈴の音は、両手に構えていたメイスから聞こえる。
「えっ…そうなの?その使い方でいいの?」
鈴の音なのに、私には言葉として聞こえたのだ。
音と時間が戻った。ぬめぬめとした翼の怪物が今にもポンメル様の背にとびかかろうとしている。
「・・・でやああああああっ!」
私はメイスを投げた。
真っ白い光が、空に上がった。
「これは…?」
ポンメル様は上から怪物の血を浴び、驚いていた。
メイスが怪物に突き刺さり、ジュワジュワと音を立てている。
その体が蒸発すると、行き場をなくしたメイスが私の手に戻ってきた。
「これが、私の力?」
メイスを投げるなんて前代未聞だ。槍ならまだわかる。これでは力など見抜けないわけだ。
「ポンメル様、足元!」
「そうだった」
ポンメル様の斧が振るわれ、狙っていた魔物は土ごと弾けた。
「ペティ、ここはもういい。お前も中心へいきなさい!」
「はい!」
「弱気は、禁物だぞ!」
私は「籠」へ駆け出し、体を大きく一回転させてメイスを振り投げた。
メイスはぐるぐる回りながら魔物をなぎ、そして必ず私の手に戻ってきた。
やがて、黄色の籠は鎮圧された。主をうしなった立ち枯れの大樹を切り倒し、そして根まで焼き払う。
遠く、はるか遠く、地平線ぎりぎりに街が見える。
「あれがカーディナルですか…?」
私が問うと、ポンメル様はうなずく。「まだまだ、遠いけれどな」
「すごい、俺たちが一番だ!一番早く街が見えたぜ!」
「早く王様に報告しないとな!」
近衛隊は、その小さな姿を目に焼き付けた。
私たちは、道を切り開いたのだ。