ワクワク天国街歩き
ダンが言うには、これは「異世界転生」というものらしい。
トラックが突っ込むのはそのド定番なのだそうだ。
「俺だってこんなの小説かアニメだけだと思ってたよ。まさか自分がなー」
そういう小説が載っているサイトをスマホで見せてくれた。
そう、スマホ。私のスマホも電源入ってるし、アンテナは立ってるし、なんなら充電できるのだ。
台所も奇妙。
まず、冷蔵庫の中身が減らない。棚のカップラーメンやポテチやお菓子など、また調味料も、一日経つと使った分だけ戻っている。店のシャンプーなども同じ。
テレビは映らないけど、動画配信はイケる。ダンのノートパソコンも、ある程度使える。
ガスも水道も、私たちが日本で使っていたインフラはほぼ変わりがない。
だから私たちは働かなくても飢えないし、ゲームしながらダラダラしてていいことになる。
ダンはひろいおでこに指をあてて考えていた。
「うーん。これさ、異世界転生でもあるけど、ある意味死後の世界なんだよな」
「そーなの?」私はそういうのさっぱりだ。
「うん。俺、パンキョー(一般教養)で宗教学とってるんだけどさ。死後の世界は六つに分かれていて、そのうちの『天』がこれに近いのかもな。飢えなくて楽しい世界」
「あんた本当に頭がいいよね」
「そうかな。ただ恵まれすぎて悟れないっつートラップがあるんだよ」
「そうだよね!」私は2階の畳を踏み鳴らした。「ニートは楽だけど、私はイヤ!だって、何のために苦労して店開けたのよ!私は働いてないとイライラすんのよ!仕事したい!人のアタマ洗いたい!カットしたい!
世界に神様がいるんなら××××YOUだよ!
頼んでもないのに安らぎ与えんな!」
地震レベルの地団駄になったはずなのに、築20年のこの建物は何の反応も返さない。
これも何かの力?
ダンはゲラゲラ笑う。「姉ちゃんらしいや」
「ねえ、ダン。そんで、死後の世界で一番いい世界は『天』だけなの?」
「そーだなあ、おそらく『人間界』が一番いいだろうね。結局俺らっていろいろうまくいかないことあるじゃん。でも楽しいこともあるじゃん。そういう中で生きていくと、悟れる可能性があるんだって」
「そーだよ!それだよ。やっぱり働かなきゃダメじゃん!」私は衣装ケースからパーカーを出した。
「店の宣伝してくる」ロングスカートに履き替えた。
「待って待って!」ダンが鼻息の荒い私を抑え込む。「まだ危ないって。曲者扱いされたら殺されるかもしれないよ」
うーん、町の中をヨロイがゾロゾロ歩いてるもんな…槍とか刀とか持ってるし。
ふと、ベランダの先を見た。
「ねえ、あれ、お城かな?」西洋的な街並みの向こうに山のりんかくが見え、その前にやたら大きな建物がある。
二人でサンダルを履いてベランダに出た。
「お城っぽくない?ああいうのテレビで見たことある」
「まあ、西洋の城はあんな感じだけど。壁と見張りのための塔があるよね」
「でも違うかもしれないじゃん」
「はあ?」
「今日はあれがお城かどうか、町の人に聞いて確かめる。それだけならどうよ」
弟はやれやれといった様子で、黒いパーカーを衣装ケースから出して羽織った。
よくできた石畳だ。ツヤツヤ黒く光っていて、それでいて滑らない。
アスファルトに慣れた私たちでも違和感なく歩いていられる。しかし大通りをそれると土が顔を出すようだ。
「すごいな。道具屋、宿屋、武器屋…ゲームの世界そのまんま過ぎる。でもさ、文字が違うのに…読めるよな?姉ちゃんも読める?」
うん。文字の形は全然よくわからないのに意味だけがわかる。変な感じだ。
私たちの世界と比べて少し精度のわるいガラス窓。それでも店の様子はよく見えた。
私が足を止めたのは洋服屋だ。仕立て屋かもしれない。つやつやした生地で作られた豪華なドレスが飾られている。
「こんなドレスを作る文化があるのに、なんで髪型に気を使わないんだろ」
「仕事のことばっかりだよな姉ちゃんは」
するとダンも足を止めた。
「すっげえ!マジで本屋だ」
窓の向こう、美しい装丁の本がこれでもかと並んでいる。弟は窓にはりついた。
「まほう…学?うわー、読んだら使えるようになるのかな」
胸がちくりとした。
でも、ダンは本が大好きだ。あれこれ興味示しているのを、止めることはできなかった。
──私はこういう本が、大っ嫌いだ。
「姉ちゃん?」
「ん?よかったね」
ぎゅっと口を真一文字にし、笑って見せる。
そんな時だったろうか。私たちが長く立ち止まったせいだろうか。
気づいたら人だかりができていた。
走って逃げようかと思った矢先に、街の人に連れられてやってきた兵士。
「お前たちか、最近現れた『輩』は」
やべえ、詰んだ。