欲望発表会
王子よくばりセットでカフェに長居するのもなんだなと思い、私たちはウチに移動した。
コーヒーを出すと、王子は目を輝かせた。「素晴らしい!こんな飲み物があるなんて!」
やっぱりコーヒーには魔力があるみたいだなあ。
そして王子に「異世界転生」の話をした。いきなり店ごとこの世界にきてしまったこと、私のチート能力についての説明も加えて。
王子は長ソファで長~い脚を組んだ。「なんだい、さっきくれた本より斬新な話じゃないか」
「現在はダンも鍛冶衆と一緒になり武器防具の開発を行っている。見ての通り俺が身につけているものは今までの鎧と比べ物にならん」
「ほほう。じゃあ、次の遠征もいけそうなのかい?」
ディーは椅子に座らず、腰に手をやってうなずいた。「防具がそろえば成功率も高くなるだろう。今度は紫の森より少し大きい『黒の沼』を考えている」
「うーん…」
王子は自分の懐から紙を出した。メモ帳のように綴じられている。
「沼はこのあたりだったよね?」
膝の上でなにやら書き始めたので、あわててテーブルを運んだ。王子はまず王都の文字を書き、その左上に紫の森をかいてバツを付けた。右に黒の沼。ところが、王子はずっと上に「黄の籠」と書いたのだ。
「黄の籠を? あれは大きすぎる」
「しかしここを潰すと、カーディナルへの道が開かれる」
黄の籠の上に「カーディナル」と文字が書かれた。
「異国の名前ですよね」ダンが尋ねる。
「昔は…父上たちが若いころは行き来があったそうだ。しかし魔物が増えて商人たちは移動できなくなってしまってね。僕たちメリクールの民は右と左、しかも森や沼を避けて遠回りしながら国内をめぐることしかできなくなった」
そう言って手を上げる。降参、という感じ。
「なぜ、増えたんですか?」
「それはわからない」ディーはダンに答えた。
「魔物の中には知性のあるものがおり、彼らは『魔族』という。彼らの意志で魔物を集め動かすことはできるようだが、なにしろ魔族を見かけたものなどこの百年はないと言われている。あくまで可能性の話であり、さらに言うと、彼らがそのようなことをする意味がない」
「どうして」
「…我が国は資源が乏しいと言ったろう。金属が出ず、あるのは石ばかりだ。カーディナルとつながっていたころはただただ向こうの品を買うばかりで財政が逼迫したらしいぞ」
「農作物は採れるんだけど、干物や塩漬けにしないと運べないしね」
王子はシナモンクッキーにも驚いてる。
「単に魔物が気まぐれで増えただけと考えたほうがいいみたいですね」
王子のコップが空になったのでおかわり入れたほうがいいかな?と思ったのだが、その手を遮って王子がニヤリとした。
「ねえ、単なる僕の気まぐれなんだけどさ。僕はカーディナルに行きたいな」
私たちは息をのむ。
「兄上、物事には順序があります。父上と相談してもうまくはいかないはず」
「でもさ、異国はとても魅力的だ。閉じこもっているのはもう嫌なんだよ。向こうも稼ぎたいだろうしさ」
そして、私たちをそれぞれ指さした。
「ねえ、ディー。サギリにダン。君たちに『きまぐれ』はないのかい?」
気まぐれ。いや、違うな。これは、「やりたいこと」…そして「欲望」だ。
王子は異国にあこがれを持ってる。
私の願いは?
私は何がしたい?
「わ、私は仕事がしたい!」
切り出した。「私は美容師の仕事がしたい。この国ではおきて破りかもしれないけど、でもずっと、何年も仕事してきたんだもの。前にディーは針子やれって言ったけど、ムリ! 老若男女問わずみんなの髪を切ったり染めたりしてみたい!」
思わずこぶしを握ってしまう。
「俺はあとはいろいろ勉強できればいいから、姉ちゃんの夢をかなえたいな」弟が私の肩をもつ。
「ううむ…しかし」
「ディーも現実ばかり見ていないで、思ったことを言っていいんだよ。これは『きまぐれ』なんだから」
ディーは自分の新しい防具を見た。「…可能性は二人によって広がった。俺もカーディナルへの道は開いてみたいし、魔物を減らして人々を安心させたい。そして…ポンメル様のように仕事を失う方も、グラインのように思い詰める者も出したくない」
王子は手をポンとたたく。
「いいねいいね、これぞ若者の夢だよ。僕たちは国と国教に守られて生きているけど、だからこそ古いことわりを切り開くことにあきらめがあったんだ。ねえ、少しずつなら叶えていけると思わないかい?」
「え…?」
「まあ…」
「兄上?」
王子はパッと腕を開いた。「まず、カーディナルへの道を開く。先に黄の籠を叩いてみよう。僕が父上に掛け合ってみる。そしてもしうまくいったら、交流ができる。
カーディナルの人々は宗教が違うから、髪の短い人が多いらしいんだ。国民も刺激を受ける。さらに今、防具が強くなっているのなら、戒律の意味もなくなる。
宗教はすばらしいけど、時代に合わないものは変えないと。夜も出歩ける開けた国にしようよ」
これは。
なんか、すごいぞ。
国王の長男であるプルーナー王子、彼は動ける人なんだ。
「兄上がそんなに欲深いとは思わなかった」
「やだなー、僕は街を見回って、窮屈で矛盾しているとずっと思っていただけさ。王になる者としては、国をよくしたいもの」
カラカラと笑ったけど、ふと自分の弟を見る。「そして、お前の力は存分に使いたい。頼りにしている」
ディーは右手を胸にあてていた。たぶん無自覚だ。でも、とてもうれしいんだと思う。
「変な詮索をされると困るからぶっちゃけるとね、僕は一刻も早く僧正たちを何とかしたいの。石が加工に使えるなら寺院も像もいらないさ。国民を縛らず、国民を幸せにする本当の教えを形作りたい」
そして、ゆるっと目を細めた。「僕の恩人である『師匠』の意志を継ぎたいんだ」
前に言っていたね。いろいろあったときに教えに救われたって。身分を隠して街で噺をしているのはその師匠さん?の跡を継いでるってこと。
きっとその人は素晴らしい方だったんだろう。
「ぜひ、お願いします!」私はぴしっと姿勢を正して、直角におじぎした。「私もできるだけ頑張るので!」
「そうだねえ。サギリはもっと働いていいんじゃないの? ディー、戦力は欲しいだろ? まず、教えの抜け道を作ってみるかな」
おおっ?!
まじ?
私は顔を上げた。
「サギリ、いい顔をしてるなあ。本当は僕の髪をいじってほし」
「ダメです」
秒で断った。