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カッフェーの長い一時間

「これに、君たちの国の物語が入っているの?」

 つやつやの本にクリスさんが驚いている。

 この前のカフェ。今日は歌うわけではなかったのでクリスさんの服装は「多少」地味だ。深い青のチュニックに、麻のようなストールを巻いている。

 が、人形のような美しさが隠せていない。

「その本、読めますか? 読めないなら俺が対応しますが」

 ダンが言うと、「うん、読めない!」しかし美しい手を本にかざした。「これでなんとか…読めるかな? ハムレット? オセロ…?」

「わーすげー魔法すげー」ダンの口調が棒。最近魔法で滅多打ちだったからな。

「この国の人はみんなそうやって本を読むんですか?」

「いや? 僕は師匠からこの魔法を教わっただけ。異国の書物を読み解くのに必要だからね」

 とはいえ手をかざさないと読めないから、書き写すとのことだ。

「本当にありがとう。なんといっていいか。君たちは恩人だ」クリスさんは私たちの手をそれぞれ握った。

「そんな、一冊の本ですよ」

「いやいや、異国との往来は厳しいからね。これだけでも貴重なんだ。どんな宝石もかなわないよ」

 魔物が多いからほかの国の人が来れないんだよね。

 何でも頼んでいいよ、と言ってくれたので、それでお礼が済むならと私はクレープみたいなものを頼み、ダンはマドレーヌみたいなものを頼んだ。お茶もたっぷり。

「キャッ、クリス様ですよね?握手してください!」

 店に入ってきた女の子たちがクリスさんを見つけてキャーキャー騒いだ。手慣れてるらしく彼は一定のスマイルで求めに応じている。

(うちの世界でいうアイドルだよね)

 街の規模は小さいみたいだから「会えるアイドル」みたいになってるけど、この美形っぷりなら日本だと武道館でライブ開ける。

「そういえば…よくわかってなかったなって思ってたんですけど、クリスさんは僧侶じゃないんですよね」

「僧侶だったらここにはいないさ。熱心な信者ってとこかな。礼拝には毎週行くよ」

 今日のクリスさんは冷たい飲み物を頼んでいる。きれいなピンク色なんだけど、何味だろ。

「とても宗教に熱心ですよね。信心深いというか」

「君たちはそうじゃないのかい。異国にも何らかの宗教はあるんじゃないの?」

 私たちはお互いの顔をみて苦笑する。お正月は神社に行き、結婚式は教会、お葬式はお寺、ハロウィンしてクリスマスして…日本人はいい加減だから話したら怒るかも。

「でも、亡くなった人のことは向こうで元気にしていたらいいなって思ってます」母さんのことを考える。

「そうだよね」彼はニコッとした。

「寺院は相変わらずですか」ダンが切り出す。石を扱っているから、気になっているんだろう。

「そうだねえ。また一つ、建物を作るらしいよ」

 私は変だなと思った。「でも僧侶の人が作るんじゃないですよね」

 あの人たちはただ祈っている。

「僧侶の立場では何もできないね。教えを説く資格があるのは『僧正』たちだ。彼らは貴族でないとなれない。僧侶はいつまでたっても僧正にはなれないんだ」

(それは生臭坊主ってやつじゃないかな)ダンがこっそり言った。

 努力しても上に上がれないものだろうか。それはおかしいな。お坊さんに位があるなら自由に上がっていいし、むしろ位などなくてもいいかもしれない。

「そういう人たちの部署があるんだったっけ…?」ディーと同じくらいの地位がある人たち。

「そ。建物や像を作ることが祈りより尊いと思っている人達だねえ。僕はおかしいと思うね」

「うん」「まさにその通りだと思います」

 私はその僧正という人たちを見たことはないけど、クリスさんや寺院で祈っている人たちのほうがよほど教えを知っている気がする。


 すると、バン! と音がした。

 昼なのに魔物出た? と窓を見たのだが、

 そこにはそれよりおっかない存在が張り付いていた。


 ボディーアーマーを身に着けた、近衛隊隊長さまである。



 鬼のような形相の隊長様は、店員の挨拶も無視し私たちのテーブルまでやってきた。

「サギリ、ダン!!」

 ドシン、とテーブルをたたくから、皿もカップも飛び跳ねそうだった。

「何をやっているんだ! 店に誰もいないから心配したのに、よりによってのんきに茶など!」

 私は少々ムカっときたので立ち上がった。

「なあによ! ただお茶飲んでるだけじゃない! それに、跡つけてきたの? ストーカーじゃん!」

「ストー…?」ディーは眉がぐにゃぐにゃした。

「うん、ディーさんちょっと姉ちゃんに粘着じゃない?」

「ダンまで。しかしな、お前たちはまだ…」

 弟にたしなめられ、首に手を当てる。焦っているみたいだ。

 するとテーブルのもう一人が声をかける。「いいじゃあないか。隣に座りなよ、ディー」

 ん?

 「お前はクリームティーとホットケーキが大好きだったっけ。食べるかい? 僕がおごるよ」

 クリスさんは立ち上がり、窓際へ座る。そして、空いた席をゆずる格好。

 ディーが深いため息をついて眉間に手を当てた。「そう、なぜあなたがここにいる」

 そしてテーブルに手をついて小さな声でこう言ったのだ。

「フラフラ出歩くのをいい加減やめてください、兄上」

 その時私には見えた。見えたよ。

 自分が吹っ飛ぶほどのまばゆい光が。

 クリスさんがディーのお兄さん?

 つまり第一王子で、次期国王ってこと?



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