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職人さんに会おう!

「俺も今のところは忙しいわけではないが…ダンの頼みに関してはいろいろ手を焼いたぞ」

 城の近衛隊詰め所。兵士たちは練習場に出払っていてほとんどいないそうだ。ディーだけがデスクであれこれ書類にサインをしていた。

 おお、ビジネスマンだ。

「まず魔法師団。べヴェルは追放され、エルドリス殿が師長となったのだが、彼女は忙しい」

 砂糖菓子の呪いがべヴェルのものだとわかり、あのおっさんは遠い遠い土地に軟禁されているらしい。

 魔法の解析は非常に難しかったらしいが、エルドリスさんが努力の末に証拠を探し当てたそうだ。状況証拠だけでは罪に問えないからね。

「そして、俺たちの武器と防具を作る職人衆。この前から練習台をいくつも壊しているから、非常に機嫌が悪い」

 ああ、バラバラの台をリヤカーに乗せてった人たちだな…

「最後にこれが難儀だったぞ。この国にある石材を集める?どれだけ種類があると思っているのだ。とりあえずこの近くにあるものだけ集めたぞ」

 ディーはデスクで手を組んだ。「お前は、姉と違う力を持っているとでもいうのか?」

「いや、俺のは神がかった力じゃないと思うんですが…とりあえず職人さんの工房へ連れて行ってください」

 応接セットのテーブルに並べられた石を見て、ダンはニコニコした。



 「お久しぶりです。私もあの日見ましたわ。素晴らしい力…私も魔法であのようなことができたら…」

 エルドリスさんの髪の毛は再開しても見事。この前は花の形を作っていたが、今日はローブの後ろで羽が生えたようになっている。

「今日も素敵だね、その髪!」

「ありがとう。妹には変だと言われているんだけど」

 私の手がいらない人、二人目だ。

「エルドリス殿、すまない…いや、申し訳ない。二人の話を快諾してくださって」

「あなたに奇跡を起こした人たちですもの。私だって興味がわきます」

 あのべヴェルの下にいたにもかかわらず、この人からは清らかな雰囲気しか感じない。そして、上司の罪を暴いたということは単に地位が年の差だったというわけだ。

 城には地下があって、そこが職人さんたちの仕事場だという。金属をたたく音がしきりに聞こえる。

「耳栓をしたほうがいい」入り口にコルクが用意されていた。

 会話できるのかなと思いながら耳にはめて奥に進むと、いろんな部屋が見える。どこもドアはない。

 やはり鉄を火に入れて柔らかくして、その間に金槌で打っている。これはこの世界でも同じなんだな。

「地下で火を起こしてよく平気だなあ」

「あれは私たちの作った魔法の火です」

 だから煙も出ないし窒息もしないという。

「おう、また壊しに来たか近衛の野郎」

 奥から男性ががに股でやってきた。背はダンと同じくらいだが、肩幅がものすごいことになってる。

「お前らのおかげ様で、馬車馬のように働いてんぞ。その分金はいただいてるが、使うヒマがねえ。なんてことしてくれるんだ」

「まことに申し訳ない、トトキア団長殿」

「親方と呼べ。かゆくてしょうがない」

 兵士のように高い場所で結んだ髪はぐるぐるとまとめられ、絶対肩から下へはおろさないみたいだ。ほかの職人も同じ。

「で、試したいこと? そのお嬢ちゃんがか?」

「いえ、私ではなく弟の…この子です」

 私は一歩下がった。ダンが頭を下げる。

「細っこいガキだなあ! お遊びなら帰ってくれよ?」

「いえ、できるだけ成果を見せるつもりです。俺が考えてることが正しければ。

──武器と防具と、そして練習台の強化です」

 親方さんは目を丸くした。私も初耳だ。



 作業台の上に、さっき集められた石を並べた。

「金属じゃねえな。どこでもいくらでも見る石だ」

 親方がつまらなそうに言うが、ダンはその中から比較的白い石をとりあげ、ルーペで見る。

「たぶんこれがケイ素の多い石ですね。エルドリスさん、この中から水晶の部分だけ取り出すことは可能でしょうか」

「それは私たちがガラスを作るやり方だわ。石だけは多いから、崩して原料にするのよ」

「おいおい、ガラスならいくらでも作れるしこことは工房が違うぞ。花瓶が作りたいならそっちに行け」

 親方はイラついて耳をほじっているし、ディーも心配そうに見ている。私はガラスがこの石からできてるのかすごいなーくらいしか考えていない。

 しかしダンははっきり言った。「ガラスの精度も上げたいなとは思っていますが、これで刃物や防具を作ろうと思うんです」

「はあ?!」「何?」「まあ…」

 三人の反応はさまざまだ。

 うん、私もさっぱりだ。ガラスはもろいイメージだし。お客さんに出すグラス、何度割ったことか。

「親方は魔法使えるんですか? 俺は全く使えません!」

「魔術師に火のおこしかたを習うのが鍛冶職人としての初歩だ。そして鉄に時々は火を移して細工することもある」

「すばらしい!」まずほめるパターンみたい。「しかし、例えばガラスをものすごい火力で熱することはできますか?」

「ふん?」親方の表情が少し変わる。「何だそれ。やったことはねえが、一体なにを作りてえんだ」

「そうですね」ダンは頭をかく。「だいたい俺らの国だと二千度なんですけど…そのくらいの高熱だと電気の力も必要かと思って。それでエルドリスさんをお呼びしたんです。ガラス…厳密には違うんですけど、例えばガラスがダイヤモンドくらい硬くなったら、どうしますか?」

「そんなバカな! できたら苦労しねえし、俺は大金持ちだぞ」

「そんなきれいなものじゃないんですけどね」

 そして私に近づいて小声で言った。「セラミックってわかる?」

 あ~。なんか聞いたことあるぞ~。


 というわけで、四角い陶器にガラスの原料が入った。ダンはそこに黒い石とかいろいろ混ぜていた。

「結晶はこのようなイメージなんですけど」ダンは三角をたくさん書いた紙を渡す。「でもこういうのよりも、ただひたすらきれいなものを作ろう、と思って高温加熱するのがいいかもしれません」

「電気とは稲妻のことなのですね。やってみましょう」

 エルドリスさんは持っていた杖を構えた。

 この世界の不思議なところなんだけど、魔法使いは攻撃力を持たない。彼女たちは主に、人の魔力を調べたり、魔物の居場所を探ったり、そして鍛冶職人と一緒になって「レンキンジュツ」を行っているらしい。金を作るのが目的らしいんだけど、それ、無理なのでは?

 べヴェルみたいな呪いも使えるが、あれは外道のやることだそうだ。

 彼女は呪文を唱えた。原料が一瞬でドロッと溶けた。

「おおー」

「こんなの、窓作ってるやつらの初歩だぞ」

 そして、もう一つ魔法を加える。金色のピリピリした糸のようなものがぐるぐる渦巻き、そして少し浮いた。

「うーん…」

 しばらくすると、エルドリスさんは汗をかき始めた。二千度の高温なんて私たちにはとても出せないし、想像を絶する力だ。

 大丈夫かな。

「よし、熱を出すのは俺がやる」親方が手を出した。

「あんたはカミナリをかけ続けてくれ」

 エルドリスさんがホッとして魔法を一つに集中させる。

 工房の人たちが手を止めてこの光景を見つめている。溶けたガラスが電気で宙に浮き、ぐるぐる回っているのだから当然だろう。

 回転が速くなった。「美しく…ガラスの粒をそろえる感じ、かしら…だとするともっと回したほうがいいみたい。いらないものを取り除く感じ…」

 ダンはずっと黙って見つめていたが、自分でうなずいた。

「これを一気に冷やせますか?」

「やってみましょう」

 ガラスのドロドロは突然氷に覆われた。ゆっくりと作業台に降りる。

 氷が蒸発すると、ガラス…? とはとても言えない黒いものが現れた。炭みたいだ。

「じゃあ、これをハンマーで打ってみてください」

「まだ、熱いな」親方が軍手でそれを鍛冶の台に乗せて固定した。そして、愛用らしきハンマーを振り下ろす。

 ハンマーが、金属部分ごと砕けた。



「馬鹿野郎、先に言え! 俺の相棒までおシャカじゃねえか! しかしこれは、なんだ?」

「うちの国ではファインセラミックといいます。ガラスなどの原料を高温にして精製すると、おそろしい強度になるんです。しかも、軽い」

「たしかに。さっきひょいと持ち上げられたな」

 ダンはこっそり胸をなでおろしていた。一か八かだったんだな。

「硬いので、一度結晶化させると加工はしにくいと思いますが、最初から形を作るつもりで熱するといいと思います。研ぐときはこれ同士、もしくはダイヤモンドで」

「なるほど。イメージが大切ってことですわね」

「エルドリスさん、ガラス職人はガラスを糸にできたりするんでしょうか」

「糸?考えたこともないからやってみたことはありませんけど…毛糸くらいの細さには、私ならできます」

「それで十分です」そしてダンはディーに言った。「俺らの国の防具はセラミックのプレートをとある繊維に包んで作るんです。でもその繊維はこちらだとムリ…かと思うんで、ガラスで作った鎖帷子を提案します」

「金属でない鎖帷子?」

「ガラスの糸をもっと細かくできれば、布のようにもできます。これは燃えないカーテンも作れますし、今後セラミックや金属を混ぜることで強化もできるでしょう。首に巻いて保護もできる。今の鎧はいらなくなります」

 親方がドン、と弟の背中をたたいた。

「坊主! おまえ…とんでもねえな! この国は石ばっかりで鉄資源に乏しいんだ。たたいて伸ばすのも好きだが、鉄くずを回収し続けるよりずっといい!」

 工房の人たちが声を上げたが、当のダンはむせていた。

 ダンは工房に歓迎された。魔法師団が職人に電気の魔法を教え、ともにセラミックづくりを研究し始めたのである。



 ダンは工房に就職したことになり、毎日出勤していくのだが、帰宅するたびハア~とため息をついている。

「なんなのよ、工房でいろいろ命令してた時はドヤドヤしてたくせに。行くたびに落ち込んでるじゃん」

 外で買ってきた鶏肉みたいなものをソテーして夕食。おいしい。野性味と弾力がある。

「だってさ、見てよ」ダンはこの前の本を見せた。

 ああ…英語で書いてあるうえによくわかんない図がある。タンクの写真とかその中身についての図があるけど頭が捻挫しそう。

「俺らの世界では、こういう機械でファインセラミックを作るんだ。魔法を使えばイケるかな、と思っただけなのに、毎日毎日精度も規模もすごくなる…『カタいものを作るイメージ!』だけで大丈夫なんだってさ…あの人たちみんな、チートだよ。チートすぎる」

 私たちの世界にないセラミックもできちゃったんだそうだ。ガラス糸どころかセラミック糸ができそうだとか。よくわからないけどありえないそうだ。

「魔法…使いてえなあ…」

 ダンはテーブルに顔を置いて、またため息をついた。


 一か月後、ダンの活躍で兵士用ボディアーマーが完成した。鉄の刃を滑らせても切れない布にたたいてもびくともしないセラミックプレートを入れ込んだもの。見た目がゾンビ退治ゲームのキャラなので異世界らしさがなくなってしまったけど、重さが全然違うので兵士たちは大喜びだった。

 とくにボディーアーマーを身に着けたディーの破壊力がすごかった。アクション映画に出ててもおかしくない。

 うちにおもちゃの銃でもあったら、握らせてみたいくらいだ。



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