責任
チートとは「ズル」のこと。本来はゲームのバグを利用した裏技のことをさしていたらしい。
でもしばらくすると少年漫画の必殺技などに使われるようになり、ダンが見せてくれた「異世界転生小説」のお約束になったんだそうだ。
私にその力がやどり、二人にその力を与え、私はただ喜んでいた。
ところがそうもいかないんだと思っているところだ。
やはり油がたっぷりついていて、シャンプーは何回も念入りにやらなければならなかった。頭の形は…少し後ろが平たいかもしれない。髪は思った通りかなりやわらかい。
「グラインさんは、年はおいくつですか?」
「え、はあ、数えで25です」
やはりちょっと年下だ。若いのにもう副隊長なら相当できる人ではないだろうか。
シャンプーを終えてスタイリングチェアに。クロスを巻いて頭のタオルをほどく。
赤毛が、肩のあたりで広がった。
「まったく。そこまで思い詰めているとは」
あきれているディーに私は振り返った。「これは、グラインさんのせいじゃないよ。私が、ひきおこしたことなの」
ダンが上からコーヒーを持ってきた。「さあさあ、二人ともこれ飲んで落ち着いて。グラインさんはお気に入りでしたよね」
ディーには砂糖なし、グラインさんにはたっぷりの砂糖とミルク。
二人はふう、と息をついた。
それじゃあ、始めるか。ブロッキングを終えたところで私はワゴンからがっつりと機械を取り出した。
スイッチを入れると、重いモーター音がする。
「えっ、それはなんですか…?」グラインさんがそれを見て青くなる。
「それは俺も使われたな。最後だったが」
私はニヤリと笑った。
「さあ、覚悟はこれからです。本当に、よろしいですか…?」
「えっ、あっ、あの、え?! あっ、あー!!」
少々高い悲鳴が上がった。ディーはコップを落としかける。「あんなことをされていたのか?」
床にはどっと赤い髪が落ちた。
「はあ…びっくりしました。こんなに、後ろがスカスカなんて」
グラインさんは自分の襟足を撫でた。ディーのツーブロックなんて控えめなもんで、今回はそれをがっつりいかせてもらったのだ。
絶壁の人は思い切り刈り上げてしまうのがベスト。
ただし、グラインさんは若い。それにイケメンさんである。
「これからが本番ですよー」
後ろを丁寧に仕上げるため、ハサミを入れる。
柔らかくて、細い髪だ。上は戦いに邪魔にならない程度でギリギリの長さを残す。あとはふくらませるようにカットを施す。
──この人の覚悟が、うまくつながりますように。
私のせいで思い詰めてしまった人を、どうか、救ってください。
「これが俺ですか…隊長とも、ポンメル様ともまた全然違う」
マッシュ系のショートだ。うしろもサイドも刈り上げているけど、上は長くワックスで毛先を遊ばせている。
うちの世界ならまずモテるんだけどな。それは確実だ。
「いかがですか?」
「はい、シャンプーも気持ちよかったし、この形…俺に似合っている気がします」手鏡を自分で持ち、あちこち角度を変えて見ている。
「これで力が与えられなくとも」
「いや、そうはいかないみたいだぞ」
ディーが長い武器を持ってきた。金色に光っている。
「ああ…ああ…!」
槍を手に取ったグラインさんは、涙をにじませた。
後日、王様は城内と別に、兵士の訓練場を作ることになった。
毎度毎度中庭を壊されてはたまらないからである。
街のはずれに、囲いのない練習場が即席で作られ、存分に力をふるえるようになったそうだ。
ちなみにグラインさんが得た力は「稲妻」。
一直線に電撃を飛ばし、また柄を回すことで自分にバリアを張れるとのことだ。
夜はあっという間にやってくる。夕食を食べて動画見て、私はマネキンで練習したりして(驚くことにこの子の髪は一日たつと元に戻るのだ!ちょっと怖い!)
そしてスマホが12時を示したら寝ることにしていた。
「はあ~」
布団に転がって、右手を上に伸ばして、天井にかざす。
「チートは必ずしも人を幸せにしないんだね…」
「人と人の間に大きな差ができたら比べてしまう人はいるよ。自然なことだ」
ダンも横に布団を敷いた。私たち姉弟はずーっと個人の部屋なんかなくて、いつも一緒に寝ている。
「しかも、それが自分に刺さっちゃうんだね」
「だね。まじめな人ほど自分を追い詰める」
私は弟のほうを向いた。「私さ、こっち来て男性の頭しかさわってないじゃん?でも女性客だってほしいよ。いろんな色の髪の人いるし、結うのも巻くのも楽しそう。でも…女の人は男性より厳しそう」
「どんなチートがつくのかも不明だよね。今のとこみんな兵士だしさ。もし兵士なのに料理の力に目覚めたら?とか考えたことある」
「それはもう、その道にいくしか…でも本人にしてみたらしんどいよね」
ダンも布団に入った。「でもさ、その前に解決しなきゃいけない問題があるよ」
そうだね。
グラインさんが『覚悟』を決めなきゃいけなかったのは、この国の戒律があるからだ。
髪を一度失ったら僧侶になって祈るしかないなんて。
私たちの世界にもお坊さんはいるけど、お坊さんになるのにはその人の意志なりなんなりあるわけじゃん。まあ、後継ぎが多いってきくけど。
「宗教って、変えられないのかな?」
「姉ちゃん、宗教はそれこそ千年二千年のレキシがあるんだよ? そんなにおいそれと」
「でもさ、私はもっと仕事したいよ!」
上半身を起こして布団をたたく。「男性も女性も、みんなキレイにしたいしかっこよくしたい。楽しんでもらいたい。っていうか、あたしは切りたい!もー、ひっつめの頭みるの、飽きた!」
ダンが布団で笑い転げる。「やべえ、自分の欲だけで神に歯向かってる」
「でもさでもさ」もう一回たたく。「今チートの人が増えて魔物がいなくなったら、今の宗教は合わなくなるよ。そもそも髪の毛で首を守るのは合理的じゃないよ。もっといい方法あるんじゃないの?」
「姉ちゃん、なかなかいいこと言うじゃん」ダンは立ち上がり、自分のデスク(小さい)から本を持ってきた。
げ、英語書いてある。何の本?
「こっち来る前俺が研究してたレポートの資料なんだけどさ。この世界で気になることがあるんだ。どうにかして上に話つけらんないかな」
「ほおお?」私はダンの輝く目に驚く。
「あんたも、欲あるんじゃん」
「いやいや、姉ちゃんほどではございません」
私たちはニヒヒと笑い合った。