パレードがゆく
──ねえ。遊んで。
私はその大きな背中にしがみついた。
背中は、動かない。何も、動かない。
揺さぶっても、たたいても、何も反応しない。
その背中は、ただひたすら本を読んでいた。
──ねえ、あたしを見て。
私は叫んだ。でも何も返ってこなかった。
あたしは本を破いた。こんなものがあるからだって思った。
その瞬間、平手打ちされて私は床を二回転がった。
(久しぶりに見ちゃったな…)
この前の針子の夢よりはマシかなと思えるようになったけど、
もう何度見たんだろ。
布団から身を起こすと、弟はまだ寝ている。「作るかあ」
布団をたたみ、顔を洗って電気ケトルのスイッチを入れる。
トースターに食パン二枚放り込んで、フライパンを火にかける。何もつながってないのに水もガスも電気も使える。
ありがたいことだが、料金はどうなってるんだろう。
ケトルが沸騰を始め音が大きくなり、ダンがむくりと起き上がる。「ふあー。ありがとー」
「顔洗ったら自分のは自分で出してね」
あいよ、と後ろで声がした。
私はふと夢を思い出した。やだな。いやな夢を頭に残すと、いい一日が過ごせない。
「なんかいいことないかなあ」
ハムエッグをフライパンからお皿へ移す。弟がその皿を取った。
「またあの夢見たの?」
「…うん…」
ダンは私の分のコーヒーも入れてくれた。「忘れようと思っても逆に意識しちゃうと思うんだ。テキトーにゆるくやろうよ」
「ありがと」
いい子だ。
「それでさ、クリスさんの件なんだけど」
どさっと音がした。テーブルに本。「戯曲概論」と書いてある。
「は?!」
この世界の本じゃない。つるつるの紙でくるまれ製本された、私たちの世界の本だ。
「あんた、これどーしたの? 大学でこんなん勉強してたの?」
「まあなんていうか…とにかくこれをクリスさんに渡せばいいかなって思って」
いや、これはすごいよ。ロミジュリとか入ってるんでしょ?
「ただ、向こうが読めなきゃ俺が読み聞かすしかないんだよね」
私たちはなぜかここの文字が読めるけど、クリスさんたちはどうなのかわからないもんね。
朝食を食べながら少しだけめくった。
字は小さいし、絵も少ないし、私にはまるで分からないんだけど、クリスさんが読めるならきっと喜ぶだろう。
「役に立つといいね~」
すると、馬のいななきが聞こえた。ひづめが石畳をたたく音。いくつも、いくつも。
私はベランダへ飛び出した。
ぽつぽつ出てきた街の人が、兵士たちを見つけて声を上げている。
先頭を行く隊長が旗を翻していた。
「ディー!!」
兵士さんたちもみんな笑っているからこれは「うまくいった」ということなんだろう。
私は大きく手を振った。「おかえりー!」
ダンもジャンプしながら両手を振っている。
ディーは旗を隣の人に渡し、兜を脱いでこちらに手を振り返してくれた。
自分の使命をやり遂げた、安堵と誇りに満ちた笑顔だ。
あー、カッコイイ。
夢なんて、とっくのとうに忘れちゃったよ。