受け皿
あっ、これはインスタ映えするやつだ。
石造りの外観だったのに、店内は木造アンティーク調。柱も天井も細かい彫刻がしてあって、メルヘン!という感じだった。
「なんでも頼んでいいよ。ケーキもある」
それは僕のポケットマネーだから、と片目をつぶった。
この人、誰にでもこんな感じなのかな。
私はお言葉に甘えてお茶とケーキ。ダンはクッキー。
クリスさんはお茶だけだった。
「わー。たしかにこの匂いは紅茶に似てる」
「私のはハーブティーかな。ケーキも甘くっておいしい!」
異世界にきて初めてのお菓子かも。
以前ディーの詰め所でサンドイッチをもらった時以来だ。
この事をディーに話したらなんていうかなあ。
あんまり迂闊に人とかかわるな!とか言われるのだろうか。
「どうしたの?」
そんな表情を読み取ったようだ。美しい人が美しく頬杖をつく。
すごい。窓からの光で金髪も衣装もキラキラしてる。
「あの…私たちまだこの国に来たてだから、近衛隊隊長に守られている立場でして」
「あの隊長さんかあ」ニコッとする。「遠征の列を見たよ。そういえば髪を失ったのに僧侶にならなかったとか。
まあ…あの寺院にいてもいいことはないだろうけどね」
青い瞳がかげった。
「お金のこととか言ってましたけど」
「そーなんだよねえ。僕が稼いでいるのはちゃんと寺院にお金がゆきわたらないからさ。建物や庭はどんどん増えるのに祈る人たちの生活がままならない」
どこの国も同じだな。
「僧侶たちはもちろん質素な生活をしなければならない。だけど最近質素の度を越えていてね。祈る人がのたれ死んだらどうなっちゃうのさ」
クリスさんはカップをあおり、給仕さんに差し出した。「おかわり」
私はこの国の宗教に抵抗がある。
私の仕事と真っ向対立してるからだ。
この国の人は一度髪を失ってしまうとチャンスがない。
でもこの人は、その受け皿を守ろうとしている。
そもそもの受け皿に欠けがあるから。
「上の人たちが何とかしてくれないの?」
「本当はそうあってほしいけど、僕にできることはこれくらいさ。僕はただの噺手だからね」
二杯目が出され、細い指が取っ手にかかる。
「国の教えは、ままならぬことを受け入れること…手を尽くしたら、あとは祈ること」
私とダンはじっと彼を見てしまった。とても深刻な顔をしていたからだ。彼は慌てて手を振った。
「やだなあ! ちょっと真面目なこと言っちゃったね。ゴメンね? 僕はさあ、イロイロあってさ。ほんと、教えに救われたとこあるんだ。だから、恩返ししているだけなんだよ」
そしてすかさず、ぴっとこちらに視線を合わせた。
「それよりさ。君ら異国から来たんだろ?見たことない服、見たことない恰好をしている。すごいや」
前のめりになる。
「いろんな物語を知っているんだろ? 聞かせてくれたらうれしいな。参考にして噺づくりに役立てたいんだ」
私はダンを見た。「それならダンのほうが詳しいかな?」
「いやー、俺は文系ニガテだからなー…」
うちのリビングには漫画しかないし。ギャグ漫画ばっかりだし。
しかししばらく考えた後ダンは切り出した。
「ちょっと時間をください。思い当たることがあるんです」