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歌い手…さん?

 今日も月が二つ。くっきりした青空が広がっている。

 ベランダで大きく伸びをした後、布団をベランダにかけた。風で飛ばないよう固定すると、ふーっと息をついて布団に顔をうずめる。

「なーんか、気~抜けちゃったな~」

「ハラハラドキドキワクワクの連続だったもんね、特に姉ちゃんは」

 ダンが双眼鏡を持って出てきた。

「あんた、双眼鏡まで持ってたの?」

「まあね。もう一個あるから使う? 今日、街でなんかあるらしいよ」

 そういえば街の様子がいつもと違う。

 いつもは石畳の道を人と馬が行きかうだけだ。でも今日は道が道の役目をはたしていない。少しずつ人が集まりだして流れが止まっているのだ。

「もしかすると今日は俺らの世界でいう日曜日なんじゃないの?」

 なるほど。毎日行きかう人々は、今日はその用がないってことか。

 キャー、と女性たちの声が上がる。

「ん?なんだなんだ?」

 ダンから双眼鏡をもらい、覗く。集まっていた人だかりに、穴があいた。その中心に進み出る人がいる。

「派手な服着てるなあ。お、イッケメーン」

「ほんとだ」私もその人を見た。金に縁どられた赤と緑の衣装。そして赤いストールを首にゆったり巻いている。

 金髪だ。日の光に透ける金髪をゆるくみつあみにして前にたらし、地につく分はくるりと下で巻いている。

「たしかにイケメンだわ」まつ毛はとても長い。目は…青?細面のイケメンさんだ。

「姉ちゃんはああいうのはタイプじゃないんだよね」

 双眼鏡を一度はずし、ダンはこっちを見て笑う。「ディーさんみたいなコワモテ系がいいんだもんね」

「バッカ!! 何言ってんのよ!」

 私はとっさに声を上げてしまった。「そ、そうじゃないよ。だって向こうのイケメンさんは私がいじる余地ないもん。悔しいけど、長髪があんなに似合う人初めて見た」

 そうなのだ。めちゃくちゃ金髪と長髪が似合うのだ。イヤミがないし、髪の重さも気にならない。細くて少ないんだろう。

「そうだな…ゲームの美形そのものだよな」

「あんな人、いるんだねえ」

 それにしても何するんだろ。街の人たちはあの人目当てっぽい。

「なんかギターみたいなの持ってるな。弾き語りかな」

 ほんとだ。でも私たちが知ってるギターとは少し形が違う。

 大きな実を半分に割ったような半球状のものに、細く長い板をとりつけてる。三本くらい、弦がある?

 その人は楽器をポンポンと弾いて音を調節し、そして右手を胸にあてて頭を下げた。

「クリス様ー!!」

「よっ、色男!」

 男女問わず声が上がる。

「姉ちゃんあれは近くで見たほうがいいかも」

「そうだね!」

 私たちはここ数日ようやく近所を歩けるようになった。街の人にも挨拶してるし、向こうも理解し始めてくれてる。

 ルームウェアだったので着替えて店を飛び出る。

「ここの人、みんなでっけえなあ~」

 観客の壁が立ちはだかり、まったく前が見えない。でもウチにいると音は聞こえなかったかもしれない。

「おお?」長い帽子の人が私たちに気づいた。「城で見た異国の方か」

 その人はお城の文官だという。いわゆる事務のひと?

「クリス殿の『噺』を聞くのは初めてかな?」

「はっ、はい!」

「では私の前に。君らの後ろでも私はかまわんよ」

「ありがとうございます!」

 少しだけ中心に近づいた。クリスと呼ばれたパツキンのイケメンさんは、石畳に胡坐をかいて膝の上に楽器をのせた。

 シャラシャラシャラシャラ…

 楽器は思ったよりも高い音を奏でる。始まったらしい。ファンらしい女性たちの声が一斉に消えた。


──ああ この世ははかなく

  生まれ落ちた命もはかなく

  何を求め 我は生きる?

  祈れ その身に 祈れ その地に──


 美しい声だった。歌は道に、石造りの街並みに反射して帰ってきて、また彼の声と共鳴した。

 一度歌い上げると、彼は頭を下げた。

「ありがとうございます、わが友よ。本日もともに、祈りを捧げましょう。

さて、異国の地、砂漠の国の話でございます…」

 立ち上がり、楽器は置いた。「とある男と、とある娘がおりました。二人は愛し合う仲だったのです。

しかし男は争いのために遠い地へ行かねばならなくなりました。

失われる愛…」

 そこで、サンダルの足がとん、と石畳をたたいた。彼は左を向いた。

「ユリウス様、ユリウス様…あなたのいない日はつらく長く感じますわ。できれば私もついてゆきたい。

この命、惜しくはありません!」

 突然女性役を始める。

 そしてまたトンと地面をたたいて、今度は右を向く。

「フィアナ、フィアナ…置いてゆく私を許してくれ。命を投げ出すなど口にしてはいけない。私は君と、民を守るために行かねばならない」

 左を向いた。

「ああユリウス様。私は祈ります。あなたのご武運を。そしてこの地が安らかになることを」

 これは…どこかで見たことがあるやつだぞ?

「落語だな、姉ちゃん」ダンがぼそっとつぶやいた。「一人で何人も演じ分けるんだ。でも上手いよな、美形だから女役をやっても無理がないし」

 クリスという人はそれから愛し合う二人のほかに、軍人や親たちを演じ分けた。いわゆる悲恋ものだね。

「ひとりでやるのはどうしてなんだろ」

「昔の娯楽ってのはだいたい一人でやってたんだよ。まとまってあちこち歩くようになったのは日本でも鎌倉時代からなんだ」

 なるほど、身軽ってことか。

 ユリウスは戦場で死に、知らずにいるフィアナは祈り続ける。訃報が届いても祈り続ける。

 それは彼のためではなく、世界のために…

 すると、ユリウスは奇跡的に戻ってくるのだ。

 よくある話だなーと腕を組んでしまったが、観客はみんな涙している。

「祈りましょう、朝に夕に、この地に安らぎを届けるために。個人の欲ではなく、広く世界のために…祈りましょう…」

 クリスの『噺』は歌で終わった。

 街の人々はワアアと声を上げた。

「よかったぞ!新作だな!」

「ステキ!」

 女の子たちがクリスの前に集まって花束やら贈り物を渡している。大人たちはクリスのおつき?みたいな少年の持つ箱にお金を入れていった。

「大変な世界だよな」ダンも腕を組んだ。「寺院でみんな祈ったりしてたけどさ、そーいうのに頼らないとやっていけないのがこの国の現実なんだな。だから娯楽にも宗教っぽさが入ってくる」

 祈りの力がなんとかしてくれる!って話になってたよね。

 そういう形のないものをよりどころにしないといけないんだな。

 

 すると、事件は起こった。

「あれ? 君たちは噂の異国の人かな? お城でいろいろあったと聞いたけど」

 周りの目がズザッ!! と私たちに集中した。

 後ろにいた文官さんがうなずいた。「彼らが近衛隊隊長に奇跡をもたらしたのです」

 言わなくていいのに!

 クリスさんはシャラシャラと音を立てながらやってきた。ストールや袖口に鈴がついてるみたい。

 彼の細い手が目の前に差し出された。

「こんにちは。お目に書かれて光栄だな。僕はクリス。メリクール国教の講談師さ」

「は、はあ…」握手する。そしてダンも。白くてキレーな手だった。

「ズルーい! あの人たちクリスに気に入られてる」

「異国人だからってなによ!」

「まあまあ。嫉妬は何も生まないぞ? クリスが前の噺で言ってたじゃないか」

 遠巻きにしていた女の子たちはおじさんたちにたしなめられて名残惜しそうに帰っていった。

 普段通りの道が戻っていく。

 残されたのは私とダンと、そしてクリスさん。文官さんは仕事の合間に来ていたということで城へ戻ってしまった。

「よし、その箱に蓋をして、袋に入れて寺院に戻りなさい」

 男の子の頭を撫でた。その子はだだっと走っていく。

「あれは、寄付金ですか?」

「そうだね。僕の仕事は歌い、宗教の話をすること。宗教の話は小難しく、飽きる。僕の師匠がこのやり方を考え出したんだ。異国の吟遊詩人に影響をうけたという。僕はまだ、会ったことないけどね」

(でた、吟遊詩人)ダンがつぶやいた。

 ゲームに出てくる…んだよね?

「寺院にはお金がないんですか?」

「うーん」クリスさんはきれいな指をきれいな顎に当てる。

「なんていうのかな~、ちゃんと使われていないっていうかな~」

 そしてクリスさんは指をさした。

「あれが君たちの家だろ? 少し突っ込んだ話になる。もしよければその続きを話してもいいかな」

「うーん」「どうしよっか」

 『前例』があるからなあ。

「僕みたいな下賤のものはダメ?」

「そうじゃなくて。以前いろいろあったので」

「なら! カフェに行こうか!」くるりと向こうを向いた。

「あの辺がいいお茶を出す」

 私たちまだここのお金持ってないんだけど…といっても彼はニコニコしていた。これは手ごわいぞ?


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