仲良くしてっていうからさ
初老の男性は、ディーズさんを見るなり強く抱きしめた。
「お前が昨晩戻らないと聞いて私は覚悟をしていた。よくぞ、よくぞ」
「陛下、皆の前でございます。お戯れは」
「ああ…しかしよく生きて戻ってきた」彼は顔をくしゃくしゃにしながら離れ、それでもディーズさんの肩をつかむ。
今ここにいる誰よりも仕立てのいい服を着て、そしてマントを巻いている。つやつやした緑だ。
長い白髪交じりの髪をゆるやかに一つにまとめ、その頭には王冠がのっている。
私にだってわかる。あの人は王様だ。
ディーズさんは王様から少し距離をとり、ひざまずいた。
「数々の無礼お許しください。お目通りがかなわぬゆえ、このような暴挙に出てしまいました」
「なに? 私は今、庭を見ようと思ったところだぞ?」
王は後ろを見る。従者たちはみな、キョトンとしていた。伝達に支障があるみたいだ。
「おかしいの。今後は気を付けよう」
あくまでもあっけらかんとした言い方だったけど、目は笑っていない。
ちゃんとした人だ。
「それにしても…お前が今使ったのは何だ?」
「まだ、私にはわかりません。ただ…」
立ち上がり、私たちを呼ぶ。「この者たちをかばい髪を失った後、なぜか私の身に現れた力でございます」
(座ったほうがいい?)
(そのままでいい。頭は下げろ)
私たちはお辞儀をした。「隊長に助けていただきました!!私はサギリ、この子はダンです。異国から来ました!」
「そうか、ディーが面倒を見ているという」
王様はニコニコした。「どうか、ディーと仲良くしてくれ」
「はっ、はい…」
なんだろ、王様。いろいろ変だぞ?
「それにしても恐ろしい力だ。私は中庭の修理をせねばならん」
たった一人で練習台やら壁やら、ボロボロだ。
「申し訳ございません。しかし昨晩私はこの力でグドの群れを倒しました」
「一人でか」
「信じられぬと思いますが」
「…いや、私はこの目で見た。この力なら可能であろうな」
兵士たちが鉄くずを集めだす。別の服装をした男性たちがリヤカーを引いてやってきた。「なんてことをしてくれる!」彼らは怒ってる。
王様は、ディーズさんをじいっと見た。「その頭はなかなかに斬新だな」
「はあ。この、サギリが切ったのですが…」
「ほう」私をちらっと見る。一応結婚式に呼ばれた時のスーツを着てるんだけど大丈夫かな。
「異国ではそのような職人がいると聞く。よい仕事だ」
そしてディーズさんの頭をなでた。
「その能力をもちながら寺院に入られてはかなわん。むしろ存分に働くがよい。私が認めよう」
やった! 思わずガッツポーズしてしまった。
「隊長、このまま続けられるのですか?!」
「よかった…それに、これなら魔物たちなんてすぐ倒せるぜ!」
近衛隊の皆さんも大喜びだ。
しかし中庭の周りの人はさまざまな反応だ。喜ぶ人もいるし、宗教との間で悩む人もいる。これは仕方ないだろう。
ディーズさんがお坊さんにならなくて済んだだけで、十分だ。
ところがそこで、聞き捨てならない言葉が飛び出たのである。
「…で、彼女は妙齢と見たがどうなのだ、ディー」
えっ。
ちょっと。
「とんでもない!俺…私は仕事で精いっぱいでございます!」
真っ赤になるディーズさんに、王様は高らかに笑う。
「私はお前の年でプルーナーを授かったんだぞ。お前もプルーナーも全く結婚する気配がない。私の息子たちはそこが困るなあ」
え?息子?
はああ?
私がいろいろなことに驚いて口を開けてると、ダンが隣でつぶやいた。
「姉ちゃんまだわかってなかったのかよ。俺はピンと来てたぜ?」
つまり、王子様?
「何なの?なんで私だけ知らないの?しかも王子って。王様にディーって呼ばれてて。
どんだけエラいの隠してんのよ!」
私たちは近衛隊の詰め所にいた。城の一角にあり、近衛兵が寝泊まりする場所だそうだ。
その「隊長室」には大きなデスクがあり、デスク前の応接ソファにどっかり座る。
「俺はディーさんが『妾腹』と言ったとこでエライ人の息子だと思ったよ」ダンは向かいのソファに。
「王子とは思わなかったけど」
ダンはそう言ってデスクを見る。
隊長は慣れた椅子に座り、指を組んだ。
「そう。俺の母は…貴族ではない。軍人の娘だ。父上と愛し合ったが婚姻は認められていない。父上には王妃様がいらっしゃる」
お母さんは遠くの実家にいるそうだ。
「そして、俺には兄と弟がいる。どちらも正妃様の嫡子だ。俺に王位継承権はない。むしろ、この隊を任されているのが奇跡なのだ」
そんな。ちゃんと仕事してるっぽいし、部下にも慕われているのに。
「若いのと、やっぱり王妃の子じゃないのが気に入らない人いるんですよね?だからあんな邪魔が入ったと」
「だろうな。ほかの軍ならまだしも、近衛だからな。俺の部下はみな、貴族の生まれだ。子爵男爵の次男三男だが」
なんだか難しいな。「でもさあ、もうディーがあの力手にいれたんだから、誰も文句言えなくない?」
「ディーさんの力やべーよな」
私たち姉弟がうんうんうなずきあうと、ディーがムッとしていた。
「お前たち、なぜ俺をディーと呼ぶ?」
「だってさ、お父さんが呼ぶならその方がいいじゃん」
「仲良くしてくれって言われたし、正直『ディーズ』は呼びにくかったんで」
「う…ぬ…父め…あれほど子供の時の呼び方をやめろと言ったのに」
ディーはデスクに突っ伏した。「好きにしろ」
耳が真っ赤だ。かわいいな。
「それでさ」ダンは部屋を見まわした。「ここ静かだし、ちょっと確認したいことがあるんです」
「なんだ」デスクからソファへ移るディー。
「ディーさんの、とんでもない力についてなんですが…ディーさん、あれから自分の剣を誰かに持たせたりしましたか?」
「そういえば、皆が不思議そうにするので渡したりはしたが」
「光ってましたか?」
「いや。そういえば、何もなかった気がする。それに、あの剣を扱えるのは俺だけだ。あれは重く使いづらい。部下たちはもう少し刀身の細い剣を使う」
「じゃあ、ディーさん専用ってことだ」
私たちが触っても光ってたけど、そもそも重すぎて運ぶのすら無理だ。
ダンは、ククク…と笑い出した。とても変だ。
「これは…キタかも。これだよ、俺が異世界に求めてたのは!」
「え、やだダンがキモい」
「キモい? キモくて結構。そもそも姉ちゃんが引き金なんだからな、これ!」
立ち上がり、ダンが天井に向かって大きな声で笑い出した。──キモすぎる!
「お約束、キター!!」
大きく腕を上げ一回叫んで、そそくさとソファに沈み込む。
「よく聞いてくれ。姉ちゃんにはチート能力があるんだと思う」
「チート…?」私とディーは顔を見合わせた。
「まず、この国では人は髪を切らない。で、姉ちゃんはここに来てしまった。ディーさんの髪がちぎられて、世をはかなむしかなくなった」
三人の距離はどんどん近くなる。
「どうせならと美容師の姉ちゃんがディーさんの髪を切った。その途端、剣が光った。そしてあの力。わかる?」
「わかんない」
「姉ちゃんはすげー力を持ってるんだよ。姉ちゃんが髪を切ると、その相手に能力を与えられるんだ」
私の頭の中で、宇宙がキラキラしていた。
すごい、ダンが何いってんのかさっぱりわかんねー…
「タイミング的につじつまは合うが」
ディーも首をかしげる。
あたしに能力? チート? そんで、ディーにもチート?
「やっぱ異世界転生にはチートがないと。トラックがあったのにチートがないの不公平だと思ってたんだよな~」
「とらっく?」今度はディーが宇宙に突入していた。
「でも私、あんたの髪はここにきて何度も切ってるよ。なんでダンは何ともないの」
「そりゃ俺はこの世界の人間じゃないし」
「だいたい、ディー一人じゃ私の力かどうかわからないでしょ」
それはそうなんだけどさ…とダンは頭をかき回したが、
「そうだ」ディーに詰め寄る。
「ディーさんの先輩で、同じように髪を失った人がいますよね」
ディーはダンの勢いにのけぞる。「ああ…おそらくゲンタシン寺院にいらっしゃると思うが」
「試してみればいいんですよ!」
そうか!私は膝をたたいた。