点と線
城に近づくにつれ、街ゆく人が増えていく。店も多いから、人出が多くなるんだろう。
そして、私たちの姿を見てざわつき、しかしすっと離れていく。
「噂の異国人だ」
「一緒にいるのは近衛隊長では?」
「しかしあの頭」「おいたわしい…」
失礼な。
城は少しばかりの堀に囲まれており、橋の前に兵士が立っている。が、門が開かれ知っている人が現れた。
「ディーズ様?! 街の者の様子がおかしいので見に来たのですが…そのお姿は」
グラインさんだ。隊長のすっきりした頭を見て真っ青になってる。
「これについては後で話す。その前に、お前たちは無事だったのか」
「実は、私たちは昨夜の巡回中、城へ召集されたのです」
「誰に」
「それが、城へ赴いたものの誰も『命じた覚えはない』と言いまして。私たちは何が何やら。再度外に出たものの、もう朝日が出ており」
隊長殿は深く息をついた。そしてグラインさんの肩に手を置く。
「お前たちに何もなくてよかった」
「もしやお一人で…? 何ということだ…」
涙ぐむグラインさんの腕をつかんで引き寄せる隊長。「昨晩のことについて王と直に話したいのだが、手配はつくか?」
私たちは小部屋に通され、数十分待った。椅子に座ったり、立って部屋を見まわしたり。
この世界の建物に入るのは初めてだったけど、石を切り出してレンガのように積んで作られているらしい。きっと地震のない土地なんだろう。窓にはやはり、ちょっとゆがんだガラス。木枠とのはまりが悪くて時々風でカタカタする。
それでもじゅうたんはふっかふかで、土足で踏むのは気が引けた。
王室に通されたらどんなじゅうたんなんだろ。
「なんで王様に会うだけなのにこんなに待たされるの?」
「お前たちの国に王はいないのか」
「んーまあ、王様っぽい感じの人はいるけどどちらかというと総理大臣が一番偉いってことになるのかなー」
「姉ちゃん、一般人が総理に会うとなればやっぱり待たされるし、普通会えない」
それもそうか。
しかしディーズさんも少々イラついていたようだ。
「俺が『職を辞する』話だと向こうが考えたにしても時間がかかりすぎている。やはり邪魔が入ったかもしれん」
「そういえばずっと疑問だったんですが」ダンが手を挙げた。
「近衛隊隊長というお立場はこの国でどの位の地位にあたるのですか?」
「そうか。まだ何も説明していなかったな」
小部屋には小さいけど高そうなテーブルがあり、メモ帳とペンがセットで置かれている。
「まず、国王だ」紙の一番上に字を書く。
そこから下に線を引っ張り、「その直下に右大臣と左大臣。国の在り方が偏らないよう、二人の宰相がいる」
その二人をつないで下に線を引き、右から字を書く。
「まず財務所。あのべヴェルのいる魔法師団、国教をあずかる僧正衆。主に町や村を守るのが第一軍、伯爵領など遠方を守備する第二軍。そして王都と王を守るのが俺たち近衛隊だ」
他にも商人や職人を束ねる部署はあるが…と言うんだけど、
いやいや、ちょっと待って。
エライ人っぽいと思ってたけど、めっちゃエライ人じゃん。
「姉ちゃん、つまり日本だと防衛省の」
「そのくらいはわかるよ! なんなの、もっとハッキリエライって言ってよね! めっちゃタメ口きいてたじゃん!」
「今はその立場もどうだか。それに…何故かお前たちとは普通に話したくてな…」
オールバックにした髪をなんとなくポリポリして、横を向いた。
(かわいいな、おい!)
キュンとしてしまうやろ!エラい人なのに。
「ふーん…」ダンはさっきの図を指でなぞった。「べヴェルとディーズさんは全く同じ地位ってことか。あいつにしてみれば全くうまみがない」
ダンはその上の線をたどった。
「そうだな。前々から、感じてはいたが」
ダンの指先に「右大臣と左大臣」がある。べヴェルはその手下にすぎないのか。
「嫌われてるように見えないのに、大変なんだね」
「お前は唐突に切り込むな…」
「これはさ、ディーズさんの人柄の問題じゃないよ。相手にとって都合がいいかどうか。それに」
ダンはちらっと隊長を見た。向こうも何か目でこたえたようだ。
「なんなの?」二人は何も言わなくなった。
ノックの音。グラインさんがおずおず入ってくる。
「申し訳ありません。陛下は今、会議中だそうです」
「昼まで待てということか」
「午後も大事な公務があると」
「もう一度、夜を過ごせというのか?!」
ガラス窓がびりびりした。「あいつら、今度は何をするかわからん」
それは私たちも予想がつく。もっと多くの魔物が差し向けられ、今度は街の人が巻き込まれるかもしれない。
「見せるしかないよ、隊長さん」
私は右手を握った。「城の中には、兵士が訓練したりする場所とかあるの?」