お城に行こう!
その朝、私はちょっと早く起きて店へ降りた。
待合用の長ソファで眠る兵士様を覗きに来たのである。2階には客用の布団があるし、そこで寝てくれと言ったのにガンとして受け入れなかったのだ。
毛布にくるまる、大きな身体。ダンより頭一つ高いから、軽く180はあるのだろう。足がソファからはみ出ている。
クッションを枕がわりに眠る隊長様は、実に無防備だ。
「エッヘッヘ、なんだその顔は。イケメンにもほどがある」
ちょいちょいと精悍な頬をつつくと、もにゃもにゃ言いながらうつぶせになる。
すっきりした襟足があらわになる。
「はー…私天才…この襟足超芸術品…」
まだ意識がはっきりしていなさそうなのを確かめて、触る。
じょりじょり、しょりしょり。さわさわ…
「たまんない…はァ~…幸せ…」
「何が幸せなのだ?」
「ふあっ!」
私は自分でも信じられない力で飛びのいた。床に転がる。
ディーズさんはさっさと立ち上がっていた。
「いつから起きてました?」
「頬をつつかれた時だ。あとは様子を見ていた」
気配を感じれば目が覚めるそうだ。兵士としての心得らしい。
「えーと、朝食ができたからお呼びしようと…」
目が泳ぐ。ひたすらに平泳ぎ。
「上にはいかないぞ。失礼だからな」
寝起きだから前髪が全部降りてしまっている。いい…
少し幼く見えるのがイイ…
ああ、私はなんて罪な生き物なんだろう。
上から簡易テーブルを下ろし、トーストにハムエッグ、そしてコーヒーを出す。
「これは、パンか。形が珍しいな」
まだ前髪全おろしのディーズさん。ダンもちょっと笑ってる。
「ディーズさんっておいくつですか? 俺はハタチなんですけど」
トーストにかぶりついた彼は、もぐもぐした後に言う。
「たしか、数えで28になる」
「ああ! じゃあ姉ちゃんとだいたい同じですね」
「そうなのか。サギリはもっと若いと思っていた」
やっぱりな。この国の人は西洋っぽい顔立ちをしている。そのクッキリハッキリした顔からすれば、平たい顔の私たちは幼く見えるのだろう。
(というか…)
「ダン、数えってどういうイミ?」
「ゼロがないんだよ。生まれた時点で一歳。誕生日は関係なく正月にみんな年を取るんだ。姉ちゃんはにじゅう…」
そこで弟の口をふさいだ。
まてよ。ということはディーズさんはこっちの数え方だと26か7ってこと?
考えたくない…考えないでおこう…
そんな複雑な思いを抱える私をよそに、彼はコーヒーをすすっている。
「砂糖が入っていないほうが、俺は好きだな」
朝食を片付け、私たちはソファとスツールに座って膝をつき合わせた。
「さて、昨日のアレ…ですが」
店の隅に置いてある剣。やはり光っている。
「信じられん。普段あの魔物…『グド』は数回叩かないと倒せない。胴にうまく当てれば一回で死ぬが、運しだいだ。それが、あのひと振りで全部…」
「真空なのかなあ」
しんくう?
「空気を斬ったことで鋭い刃が…ってあんまり根拠がないか」
「なんにせよ前例がない」腕を組んでうなる隊長。
「魔力の強い部下も何人かいるが、戦闘には使えないのだ。どういうことなのだろう」
男二人はしばらく黙ってしまった。
原因を考えているみたいだけど、私にもさっぱりわからない。
でも考えるのは無意味。それだけはわかるぞ。
「ねえ!」私は二人の顔をそれぞれに見た。「前例がないんでしょ?ほかにこんな力を持つ人はいないんでしょ?」
「ああ」
「ということは、ディーズさんは『超・兵器』になったんだよ!だって一人で魔物を全部やっつけたんだよ?」
私はスツールから立ち上がる。
「こんな力、国がほっとくわけないじゃん!」
私は演説を始めてしまった。「あんなヤバイ魔物がうようよいて、国の人は怖くて夜も歩けなくて。ディーズさんの部下は何人も命を落としたんでしょ。そして、途中でリタイアした人もいる。
みんなみんな、この力で解決できるかもしれないんだよ。
お坊さんなんかになってる場合じゃないよ。
お城に行って、話をつけよう?」
私を見るディーズさんの瞳が、だんだんと見開かれる。私はその肩に触れた。すこし、揺らす。
「今ならあいつ、べヴェルもやっつけられる!」
緑の瞳に力が宿るのを見た。
「俺は…俺は、この国を守れるのか」
私とダンはできるだけきちんとした服をえらんだ。
全ての鎧を身に着けた隊長さんだったけど、兜はうまくかぶれず置いておくしかなかった。
掟破りの3人、いざ、城へ。