全開
少々バリカンを使って襟足を仕上げ、ドライヤーで乾かしながら頭に残ってしまった細かい髪を飛ばす。
ワックスを少々手のひらで伸ばして、前髪になじませてぐっと後ろに流す。でも、
「今日はこのくらい下ろしてもいいかな」
そして、クロスとタオルを外した。バックミラーを開く。「いかがですか?」
ダンはニヤリとした。ディーズさんはぼうっとしている。
あたしはバックミラーを動かし、彼が普段見ない後ろ頭を鏡越しで見せる。
「少々ツーブロックにしてあります。ディーズさんは襟足が上がっちゃうタイプなんで、刈り上げたほうがいいんです」
そしてミラーは閉じ、大きな鏡ごしに話しかける。
「サイド…横もすっきりさせました。兜かぶるし、汗もかくだろうし、あとはやはり威厳を出したいし。だと短いほうがいいんですよね。で、上なんですけど」
語る口が止まらない。
「せっかくのツヤっとした黒髪なんで、そこは生かしたくて。あえてここは長めに残してます。でも内部は結構量を減らしているんです。前髪はフォーマルな時は全部後ろにしたほうがいいと思いますが、普段はこうして片方前に下ろしていいと思うんです。でも短めですから戦うには邪魔じゃないはず」
「サギリ」
「は、はい?!」
しゃべりすぎた!性癖全開だった!
「すみません! めっちゃ私の好みに切りました!」
「いや…」彼は自分の髪に触れた。「これが、俺か」
そして首を振った。「とても軽い」
「そりゃ軽いですよ。あれだけ長い髪で生活してたんだから」
ダンも近づいてきた。「めっちゃ男前ですよ」
そう、めっちゃかっこいい。かっこよくしたつもり。
モトがいいけど、いいから、そのキリっとした顔に合うよう、仕事でも問題ないよう考えたつもりだ。
「うむ…」
でも…本人はどうだろう。
この国の人だもの、短髪なんて慣れてないし。
本当は、掟破りだもんね…
そんなことを考えていると、襟足の感触を確かめながらディーズさんは伏し目がちになった。
「なんと言えばいいのか。ただ、お前はすごいな。頭を洗うのも、はさみを使うのも、普段とは全く違う顔をしていた。
これがサギリの仕事だったのだな。今まで言えずにさせていて申し訳ない」
前に流れる髪を、指でいじる。「なるほど、こうすると顔の印象が変わってくるのだな」
すっと立ち上がる。そして、私をじっと見た。
そして。
「今までと全く違う自分を見せてもらった。感謝する」
笑ってくれた。
髪を引っ張っていない分目元はやわらかくて。
前見せた笑顔よりずっと素敵で。
胸のあたりがガツンと熱くなった。
「そうじゃないんです」涙が出そう。「違わないんです。隊長さんの、いろんな面の一つを引き出しただけ…」
ようやく仕事ができたこと。仕事のことを明かせたこと。喜んでもらえたこと。
もう、胸がいっぱいすぎるんだ。
「あれ?」
ダンの声。「なんか…あの剣、光ってないですか?」
「「え?」」
脱ぎ散らかされた防具と共に、店の隅に置かれた大振りの剣。
収められた鞘と一緒に、ぼんやり光っている。
──そして、物語は始まるのだ。