貪欲は終わらんのだよ
ポンメルさんが言った通りだった。
一週間もしないうちにお城から連絡があった。会議するから来てほしいって。
私とダンは以前も入った会議室に通された。王様を中心に右大臣左大臣、王子二人、エルドリスや親方など各部署の偉い人がテーブルについている。
椅子に座るとお茶が出され、目の前にお菓子がいっぱい積まれているけれど、全く食べる気になれない。
だって、私の席が王様の真ん前なんだもの。ディーが見かねて私の隣に来た。
「ディー、なんなのこれ…怖いんだけど」
私は彼氏の手を握る。
「うむ、私もひととおりしか聞いていなくてな」
ディーも少々顔が青い。
王様は部屋を見渡した。「皆集まったな。会議を始めよう。ではプルーナー、お前の話を最初に」
クリスが立ち、宗教の噺を5分ほど。これは以前、貴族たちが集まるときモメないために作ったシステムだ。心穏やかになれば変な気も起こさない、むしろ起こしたらまずいよってわけ。
「祈りましょう」
噺を終えたクリスの声に従い、みんなで目を閉じて神様に祈った。
こういうとき、目を開くタイミングは何故か同じだよね。クリスはそれを見てにこりとする。
「では父上、どうぞ」
「うむ」王様は胸の前で手を組み、私たちを見た。「今回のカーディナル内乱であるが、近衛隊、そして魔術師団、鍛冶衆はよくぞ働いてくれた。放置しておけば火の粉が我が国に降りかかる可能性もあったろう。そして、カーディナルとの結びつきは強固なものとなった。
…しかし、カーディナル王都炎上の原因が我が国の魔術師であったことも事実である」
そうだ。べヴェルは二回も脱獄してるんだもんな。お金を渡されてほいほい出しちゃうなんてまずいよ。
「私は死刑についてカーディナルの法を学んで考えもした。しかしプルーナーが国教に反すると絶対に許さんようだ」
「私は、カーディナルの法律はカーディナルで生き、この国はこの国の法律で生きねばならぬと思います。なにより、人間の命の話ですから。私たちが裁いていいのか、これは長い長い時間が必要だと思います」
私も、べヴェルには死んでもらっちゃ困ると思ってる。
今もどこかの牢獄で苦しみ続けているのだろう。死ぬよりその方がいい。
「ただし、べヴェルのような者を二度と出さぬため、魔術師団では呪いの一切を禁じるべきと私は考えておる。エルドリス、どうだろう?」
「それはもっともですわ」王様に対し、エルドリスは答えた。「そもそも呪いは外道のすることです。ただし、外では使う国もあるでしょう。呪いに対し解除と防御のための知識は必要ですわ」
カーディナルはべヴェルを欲しがったのだから呪いに長けた魔術師はいないのだろう。でも…国はもっと他にあるんだもんね。
「エルドリス、君のような聡明な者であれば取り扱いは任せられるが…第二のべヴェルを作らぬため、何ができる?」
「そうですわね…まずは私だけで管理することにいたしますわ。そして私がこれから扱える者を見定めるということでいかがでしょうか」
今日のエルドリスはいつも通り。赤いローブにくるくるとしたステキなつけ毛。とても懐かしい姿だ。
そしてエルドリスはなんでか私たちを見てほほ笑んだ。
「サギリの力も、ディーズ様が見極めた兵士にしか与えていないと聞いておりますから」
ああ、そうか。
「うむ。その通りだな。現在この国で『神の手』の力が暴走しないのは近衛が慎重だからだろう」
王様は私とディーをそれぞれ見て頷いた。
「ではそろそろ軍の再編成について話をしようと思う。サギリ、何故私がそこに座らせたか、わかるかな?」
「いえ…私頭悪いんでぜんっぜんわかりません…」
すると王様は左に目をやった。見た目が長老の左大臣、コンシールド様が長いひげを撫でた。
「近衛隊についての立て直しをしようと思っておる。そもそも『近衛隊』は国王を護る国王に近き軍隊であるのに、現在は魔物討伐、さらにカーディナルまで足を延ばしてしまう。これでは名前の意味がない。そして、ディーズ様も窮屈であろう」
左大臣はここで、巻物をテーブルに広げた。
「わしが若かったらのう…ぜひとも加わって魔物をバッタバッタと薙ぎ払っていきたいものじゃが…とりあえずサギリ殿とディーズ様には自由になっていただきたいと思ってな」
んん?
「ええと…たしか今までは国全体を警備する第一軍と遠方を守る第二軍、そして近衛隊があったんですよね」
ダンが図を見て恐る恐るつぶやく。
えっと…近衛の隊長はポンメルさんだ。第一軍、第二軍については変わりない。
ディーの名前はどこ?
私がうなっていると、左大臣のしわしわの指が真っ白な場所をとんと叩いた。
「ここに、新しい軍を作ろうと考えたのじゃ。将軍はもちろんディーズ様、貴方です。そしてサギリ、ダン、「力」のある者を中心に集めて魔物を討ち、遠方で何かあれば速やかに動く。場所にとらわれない、メリクールの先鋭隊となるのです」
左大臣の目が光った。「軍の名前は、いかがなさいますかな?」
ディーがガタっと立ち上がった。図を見つめ、そして周りを見渡した。「とんでもない。私が、将軍など」
そして私の肩にそっと手を置いた。「私はサギリの力がなければただの一兵士でございます。王様、このような特別扱い、そして贔屓はおやめください」
「贔屓などしておらんよ」王様は息子に座るよう促した。「さすが、マティック家の血筋だ。カーディナル行きを自分で決め、サギリを守り抜きながら兵を動かした。近衛隊もこの上なく善良で気高い。それは、お前が善良で人徳があるからだ」
「そんな…」
「私も、ディーには早いうちに将軍になってもらいたいね。私が王になった時、支えてもらわなければ」
クリスもにっこり笑って頬杖をついている。王子としてそれはどうなんだ。
「皆の者、異論はないな?」
会議に参加した人は、何も言わない。右大臣は口をふさがれている(少々かわいそうだが)し、僧正長ももはや何も言わない。
ただ、親方が手をあげた。
「あのよう。俺たち、そっちについてもいいか? 俺は別に、こんなたいそうな位はいらねえんだ。そっちでダンと一緒にあれこれ作りてえんだが」
「そうですわね。私たちもすでに鍛冶衆とはごっちゃですし」エルドリスも。
「いやいや待て。それは困る。君たち、自分の仕事を少々忘れているな? 武器やそれに準ずる道具の発明もいいが、道路や街の整備も任せているのだぞ。…しかし、たしかに魔法師団と鍛冶衆についてはこの先統合が必要かもしれぬ」
王様は眉間にしわを寄せた。この辺がディーそっくりなのだ。「だがな、ディーズの軍は自由なのだ。トトキア、エルドリス。君たちはいつでも彼に協力していいことになっている」
二人は目を少し輝かせた。
「今回の編成は、私と軍を少々離す目的もあるのだ。これから私はカーディナルとの貿易で忙しくなり、魔物の襲来や動乱があっても判断が遅くなる。だから、ディーズの一存ですぐ動けるようにしておきたい。私はなにしろ、カランビットのことで鈍さを露呈してしまっているからな…私の許可なくとも横の連携ができるようにしたいのだ」
王様の話を聞き、エルドリスと親方はにまっとして私たちを見た。
「さて、サギリ」王様が少々私に近づいた。「そなたはディーズの軍に入ってほしい。まだまだこの国の問題は山積みだ。兵士だけでなく、あらゆる人材に『力』を分けてほしい。もちろん人材は見極めての上でだ。この国の繁栄に力を貸してもらえぬか。軍の詰め所はそなたの店のそばに作るつもりだぞ」
えっまじ? すぐにディーと会えちゃうじゃん。
ちょっと顔がゆるんだけど、私は、すっと息をした。
──でも、それはね、ダメなんですよ。
私ははっきりとした声で言った。
「王様。私は…この力はあまりにも大きくて、手に余るんです。悪用されることもあるとわかったし。そして、なにより私は美容師なんです。ただ、人をステキにしたいだけなの。
私は、軍に入るのは違うかなって思うんです」
「そうか…無理強いはせぬが、しかしそなたの身はこちらで守りたい。それはわかるかね」
「あの…それで…実はですね、実はカーディナルの人たちと美容師の学校を作ろうと思ってるんです! もう向こうとは話つけてあるんですよ。美容師を増やしてこっちも向こうもステキにしたいんです! 私、そっちの方がやりたくって!」
「えっ?!」
王様は一瞬ぽかんとし、そして爆笑した。「参ったな! そなたはどんどん先を行く。ディー、サギリはしっかり捕まえておくんだぞ」
「言われなくても、そのつもりです」
ディーは私の肩を自分に引き寄せた。エルドリスたちが笑ってるよ~。
「よしよし、その調子だぞ。それから、学校の話は貿易にかかわる話だな。私も尽力しよう」
「ありがとうございます!」
というわけで私は自由な身分のまま。美容師のままでいられることになった。協力したいときはする、それだけだ。
ダンは軍に入ったことになるけど、生活的には変わりなさそう。ペティちゃんと近づいたのはいいよね。
グラインさんについてはまあ『副将軍』という扱いになるそうだが今回みたいに別の隊として動けるらしい。
第一軍、第二軍はあくまで人に対する取り締まりの軍隊であり魔物に対しては叩くことしかできない。これからはディーの軍が駆け付けて対応ができるわけだ。
一方でノバフルームはグラインさんより年長のスカンジさんが中心になって防衛任務につくことになる。スカンジさんの方がしっかりしているなあ、とダンは思ってたんだって。