燃えつき星
メリクールの近衛隊は三日後帰国することが決まった。カーディナル国内も落ち着き、王都の復旧にもめどがついたからだ。
本当はもう一日早めてもよかったらしいけど、アスファル王が是非もう一日いてほしいと言ったのだ。
「明日は燃えつき星だ。一緒に眺めてもらいたい。メリクールでは夜空を見ないと聞いた。ぜひこの国の夜空を思い出に」
燃えつき星とは、流星群のこと。カーディナルでは先祖をしのぶお盆みたいなイベントになるらしいんだけど、今回の内乱で亡くなった人は大勢いる。一緒に見送ってほしいのかもしれない。
そして、この世界でも天体の動きを読める人がいるんだなあ、って思った。
「俺らの世界でも星の動きは古代から大切にされてたんだよ。季節が分かって生活に役立ったからね」
ダンが言う。なるほど、方向も分かるってアズーも言ってたっけな。
お城のベランダは、とても広い。王族が国民に対し挨拶をするために大きく作られているんだろう…と思ったんだけど、
じゅうたんを敷いて宴会準備している人々を見ているとお酒のためなんじゃないかな、と思う。お城の人がお酒や食べ物を大量に運んでいる。
それはそれは、多種のお酒が並んでいる。
「おいしそうだなあ」
「だめだ。サギリは酒に弱いだろう。飲むのは一杯だけだ」
ディーが隣で見張っているつもりらしい。以前酔っぱらったのがよっぽどトラウマになってるんだなあ。
そして私のグラスにはさっさとジュースが注がれ、そのピッチャーを握って構えている。だめだ、完全にお酒が飲めない。そこかしこにつまみになるお肉が並んでいるのに…。
「ウエエン」
「泣いたフリをしてもダメだぞ」
「姉ちゃん、俺だって遺伝子同じだからジュース付き合うよ」
「ダン…隣の妙に明るい人は誰…?」
ペティちゃんがケラケラ笑っている。
「私~、いつも外の仕事で…ぜんぜんダンといっしょじゃなかったよね~?帰ったらお店付き合ってもらうからね!」
笑い上戸。そして絡み酒だ。
「ペティはいつもこんな感じなんだ。家に送るとメイドさんたちににらまれる…」
「これ、私と同じくらいやばいんじゃないの?」
「いやあ」
「サギリはもっと酷い」
ディーとダンは二人できれいに手を振る。自分がわからないだけに、怖くなってきた。
「ダンがペティを送ってきたとき、私がすぐに出て説明しているんですけどね。ペティは勧められなくても自分で先に飲むんだって」
エルドリスはお酒に強いっぽい。さっきからお酒をあれこれ試している。
「エルドリスはさすがだねえ」
「ええ、酔ったふりもできないのでしんどいですわ」
もっとすごいのはアイギスちゃんである。すでに向こうでルーフスと一気勝負を始めている。
わんこ酒? 小さい器に酒を入れ、サシで飲む。どれだけ器を開けたかは双方でカウントしているらしい。
「俺はあのお嬢ちゃんに賭けるぞ」
「いやいや、どうみたってルーフスの勝ちだろ。身体の大きさが…」
商人さんたちが二人を囲んで話しているんだけど…ここはお城だぞ。
「ほらほら、もう燃えつき星が始まるぞ。王の前だぞ、少し静かにしろ。星に祈ったら、騒いでいいから!」
アズーが方々を回って注意している。そして、彼は奥を見やった。王と王妃が座っている。べったりしてるけど。
「まったく」新しい宰相は頭をかく。どいつもこいつも、って感じですね。
しかし彼はふと、声を出す。
「そうだ。サギリの故郷では燃えつき星は願い事が叶うらしいぞ。そんな文化もよくないか。先祖を敬うのと同時に、未来を願ってもいいのではないか?」
へえ~、と二つの国の人が私を見る。
「あ、でも流れる前に願わないとダメだから難しいし! やっぱ願うより自分で努力しなきゃだよね」
私はあわてて手を振る。しかし皆、いいね、楽しい、と笑った。
「始まるぞ」
アズーが上を向く。スマホが夜9時を示した。流れ星がスーッと一つ、二つ…ぽつぽつとしていた流れ星はやがて、雨のように、また滝のように流れていく。
特にメリクール側が声を上げていた。
「すごいですわね…!私たちは夜空なんて見ませんもの。こんなに美しいなんて」
「いずれ国に魔物がいなくなったら…」
あ、何気にグラインさんが隣にいるぞ。彼はエルドリスを立たせ、向こうへ行ってしまった。
「素晴らしい夜空だと教えておいたのだ」
ディーが耳打ちした。だよね。私たちも二人っきりで見たもの。彼女たちも二人で見た方がいいよね。
さすがにどうにかなってほしいんだけどなあ。
「ダンん…すごいねえ…お星さまってこんなにきれいなんだね…」
「ペティ…そんなに寄りかかられると」
大きな体を必死で支える我が弟。がんばれ、彼女に恥をかかせてはいけないぞ。
「すごい空だねえ」ちょっとお酒が入ってるクリス。「僕はカーディナルの本を読んだけど夜空には星座があって、それぞれに逸話があるらしい。空を見上げるだけで物語を思い出せるなんて、とてもいい国だ」
用意していた楽器をつまびき始める。
「いつかメリクールでも星の話ができるといいよね」
楽器の音に周りの人が口笛を鳴らし、気をよくしたクリスは音を大きくした。
カーディナルの人々が立ち上がって踊り出す。へえ、こっちの人はプロじゃなくても踊るんだ。
男女で組んで踊る感じだったが、ヴィオラが王様をつれて入ってきた。
「アガるね!最後の夜だもん、踊ろうよ!」
二人の美しさと高貴なオーラに周りがビビっていたが、やがて二人を囲うようにダンスを再開する。
メリクールには人々が踊る習慣はないから、カーディナルの人に手を取られてもあたふたするだけ。でもしばらくすると見よう見まねで楽しみだす。
「私たちもおどろ!」
「え…俺はちょっと」
ディーが立ち上がってくれない。おおきなかぶを引っ張るようにふんばった。
「王と王妃が踊ってんだから、付き合わなきゃ!」
高度なダンスではない。手をひらひらさせて回りながら時々相手と腕を組んで、手を叩くだけだ。
「あははは! ディー、もう少し早く回ってよ」
「こ、こうか?むずかしいな」
「うん、いいよ。で、手をたたく」
二人で手を合わせると、ディーの顔がほころんでくる。
「そうそう、いい感じ!」
ディーはずっと私を見てた。回っても手をとっても。いつものカタい顔が解放されていく。
「たのしいね!」
私が笑うと、彼も子供みたいに笑った。
ああ。やっぱり、ディーの笑顔スキだなあ。
笑うことが少ないけど、だからこそ、貴重で。
私の胸に、ほんやりと温かさが伝わってくる。
私が彼を好きになったのも、彼の笑顔からだもの。
クリスの曲がいったん終わった。彼に歓声が送られ、ヴィオラはアスファル王に抱き着いた。
ディーも私を抱きしめる。
あー、こっそりお酒飲んでたな?
「こんなに夜が楽しいとは思わなかった。俺はもっと、メリクールを平和にしたい」
「うん。ディーならできるよ。私も協力する」
私もきゅーっと抱きしめる。夜空にはまだ星が流れている。
カーディナルもこれから国を立て直していくけど、メリクールはまだ魔物がうじゃうじゃいるんだ。
私たちには、帰る場所がある。